今日こそ鍛えた腹筋が火を吹きましてよ(未遂)
恋愛ものでこんなタイトルをつけていいのだろうか……
訓練場に呼び出されたクリスは既に満身創痍だった。
どうした、お前。
昨日会ったときはキラキラエフェクトかかっていたのに、今は黒い靄が覆っているようだ。
いつものイケメンオーラが縮小気味だぞ?
あちこち擦り傷があるし、ほっぺには絆創膏が貼られているし、ちょっと足を引きずっている。
なんか昨日事件があったのか?王子が襲われるようなの?ええー?でもそんなのあったらもっと大事件になっているよなぁ。
首を傾げていたが、その後の会話で原因はわかった。
「呼び出しって、なんだよ。カタール、ギース、そしてエド、だったな。」
「まぁとりあえず、報いを受けて死ね。」
カタールがサムズアップした手をし……、あ、それ以上は言えません!教育上良くないからね!アウト一つだカタール!
「ちょっと待て!カタール、お前は既に昨日真剣勝負して一応僕が勝っただろうが。」
あ、そのケガ、カタールと対決したからなんですね。
しっかし、昔からあんたらは無茶をするよなぁ。訓練なんだからケガするまでは止めておけよ。
「一応、だろう?(エルリアとの件を持ち出すなんて)汚い手を使ったんだから無効だ。そして、今日は三対一だ。絶対に殺る。」
「ちょっと目が本気なんだけど!?三人とも!」
……これはあれだろうか?私のために争うのはやめて!とかなんとか冗談を言ってちょっと場を和ませるべきなんだろうか?
言ってみるか。
悪役令嬢がそんなことをのたまうお馬鹿な姿を見たら、きっとみんな気がそがれるはずだ。
ええ、すごいナイスアイディアではないか、さすがエルリア!
そうと決まれば。
あーあーごほごほ。声を整える。
「みんな!私のために争わないで!」
わざとらしいくらい、科をつくって声を上げた。
しーん。
よしよし。
少しは空気が和らいだな。だいぶ恥ずかしいお馬鹿な姿を見せたかいがあったな!
沈黙のまま、四人の目が私に集まる。
……本当に、恥ずかしい。馬鹿すぎて、死にたいくらいに恥ずかしい。
これ悪役令嬢の矜持の方が瀕死だよ!やらなきゃよかった!
穴掘ってそこで暮らしたい!!
だれだ、こんなことしようと言い出したんは!?私だ!
さっきまでの自分!なにがナイスアイディアだよ!全然ナイスではない!というかさっきこんな結果になることに考えが及ばなかった自分がさすがだよ!さすがのお馬鹿さだよ!
なんか目に汗かいてきたよ!
羞恥に打ちひしがれていたら、焦ったようにクリスに怒鳴られた。
「エルリア!なんで今、煽るような発言と表情するの!?」
え、煽ってないよ!?冗談だよ!?すこしは凪いだでしょう、空気が!
と答える間もなく、クリスが横に跳ねた。何かが地面に刺さっている。
あれは、もしかしてエドの暗器……では?
「エルリア、この男はいない方がいいよ。大丈夫、証拠隠滅は任せて。」
エド!?
いえ、護衛として守ってくれるのはいつもありがたいのだけど!
あれ、もしかして冗談と取られてない!?
まごうことなき冗談よ!?私の矜持をかなぐり捨てた冗談を受け取って!?
「大丈夫、義兄様に任せなさい。侯爵家の力のすべてでねじ伏せるから。」
義兄様!?
相手は未来の主君ですよね!?ねじ伏せたらダメなやつですよね!?
謀反ですか?下剋上ですか!?
乙女ゲームで下剋上成り上がり物語はちょっとついていけませんよ!?
「エルリア、待ってろよ。長い付き合いだ、クリスの弱点はわかってるから、今日こそ殺る!」
って、すっげー爽やかな笑顔でカタール!
あんたはクリスの『紅の守護騎士』でしょう!?
なんであんたがクリスを攻撃してしかも殺ろうとしているのよ!?
ちゃんと守れよ!
守護って言葉どこに置いてきた!?いつの間になくしたんだよ!?もっかい辞書に書いてやるからちょっと持ってこい!
……止める間もなく始まった乱闘を、私はどうすることもできずに、ただ茫然と見ていた。
……。
…………。
………………。
なんかよくわからんが争いごとを食い止めようと思ってした冗談が、まさかの開戦の発端となり無力さを感じるが、自分のせいではないと思いたい。そうだ、自分のせいではない。ああ、空が青くてきれいだなぁ。
……。
……まぁ、死人がでなければいっか!
ハードルをだいぶ下げ、明後日の方向に虚ろな目を向けた。
**********
しばらくすると三対一の攻防ではなく、それぞれの足を引っ張りあう三つ巴ならぬ四つ巴へと発展していた。
──あんたたちくっつきすぎなんですよ!
──カタール、お前は何度私のだって言ったらわかるんだよ!
──兄の立場利用してべたべたしすぎだろう!
──エド、君実は寝顔とか見てるでしょう?
──そんな不誠実な真似しません!……たまに警護の際に見えるだけです。
何やらぼそぼそと言いあいながら争い、……いや訓練をしている。
いいなぁ、男の子同士は仲が良くなるのが早くて。
そういや、結局、私友達とかできなかったなぁ。
おっかしいなぁ、悪役令嬢エルリアちゃんは取り巻きがいたと思うんだけど、私の令嬢としての評判が下がりすぎていてお茶会で会うご令嬢誰もに見下すような冷ややかな目を向けられるんだよなぁ。
私、侯爵令嬢だよね?
父様だって宰相やってる権力者だよ?
こんなんでも、偉いんだよ?
なんでこんなに私、だれにも勝てないんだ?おかしくない?悪役令嬢って、もっともっと、こう、威張って高笑えるやつだったはずだよね?
やっぱりどっかでしくじったのかなぁ。学園生活の前にもしかしてもう詰んでるのかな。
あー、ヒロインどんな子かなぁ。
同じく転生令嬢だったりするのかなぁ。ううーん。
「エルリア。」
どれくらいたったのか、目の前のことに興味を失って(というより逃避して)別のことを考えていたら、カタールに声をかけられた。
「お、訓練終り?おつかれ!」
「訓練というかなんというか。とりあえず、仇はうったぞ、ほれ。」
カタールが指さす方向には、クリスが倒れている。王子様撃沈である。うわぁ。
「生きてる?」
けっこうさらりと私もひどいことを言ったのは自覚がある。
「生きてる生きてる。初犯だからな。」
まるでクリスが犯罪者のような物言いである。
見ていると、確かにもぞもぞ動き出して、起き上がろうとして無理だったようで、仰向けに再度倒れた。
まぁ、生きてるからいっか!
「なんか、文句あるなら今なら言えるぞ?」
文句、か。なれば!今ならできるあのポーズを!鬱憤を晴らさせていただこうではないか!
私は颯爽とクリスの前まで歩いていき、立ちはだかる。
「クリス!昨日はうやむやになりましたが、今度の婚約披露のドレスの件でお話があります。いいですか、あれはない。まるで貴方にベタぼれみたいなドレス、私がどれだけ恥ずかしいかお分かり!?今回は時間もなく、あれを着るしかないのはわかっています!けれど、謝罪を要求するわ!」
そう、謝罪させて、それをみて高笑ってやるのだ!
さぁ!謝罪するがいい!
一国の王子様がごめん!と頭を下げるがよい!
私のポーズの準備は万全よ?腰に左手を当て、あとは右手で口元を隠して笑うだけよ!
そう、きっと私は今日のために腹筋を鍛えてきたのだわ。
長かった、長かったよ。さぁ渾身の高笑いを見せてさしあげますわ!
さぁ!
さぁさぁさぁ!
どや顔で見下していると、初めは目を丸くしていたクリスが、ふっと小さく息を吐いて勢いよく立ち上がった。
あれ?もしかして怒らせた!?調子にのってしまった!
私このまま追放とか投獄とかかも!?
背筋に冷たい汗が流れる。
が、すぐにクリスが足元に跪くのを見て、呆気にとられた。右手をそっと取られて微笑まれる。
「エルリア、ごめんね。どうしても、私のだってみんなに見せつけたかったんだ。私は、きみがす」
声が途絶えた、と思ったのは、急に耳を塞がれたからだ。と同時に、クリスがカタールに首根っこを摑まえられて、引っ張られていった。
え?
あれ?
私の渾身の高笑いは?私、まだ笑ってないよ?
「エルリア、危なかった。耳に毒を盛られるとこだったね。」
「危なかったですね。さぁ、帰りましょうね。」
ギース義兄様とエドが口々に言い、私の手を引いて帰り道へと誘う。
いや、だから、高笑いは!?
えええええ!?
今、千載一遇のチャンスでしたわよ!?
一回、一回でいいの!もはや夢なの!一回でいいから高笑いさせて────!
願いも虚しく、エルリアは今日も今日とて高笑いできませんでしたとさ☆
エルリア……(ノД`)・゜・。




