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触れぬ、触れられぬ、愛撫

エド視線です。

 



「帰ろうか。」


 日が傾き始めたころ、エルリアは顔を上げて、ワザとらしいくらい明るい声でそう言った。


「ええ。」


 僕の立場では、君を慰めることすらできない。

 エルリア、と名前を呼び捨てにすることを許されても、心の中に入ることは、認められない。


 ずっと膝を抱えて座る君の髪を撫でて落ち着かせることもできない。


 風で靡く髪その一房にすら、触れてはいけない。


 君が僕を視界に入れていないときに、じっと見つめることしか、許されない。



「あ!そうだわ!ドレスの文句全然言えなかったわ!後日正座させてきっちりと言い聞かせなきゃ。」


 無理矢理に楽し気に話す姿が痛々しい。


「そうですね。」


 どれもこれもを、当たり前のように行う彼らが憎かった。


「エルリア。」


 僕に許された、数少ない特権を使って、彼女を呼ぶ。


「なあに?」


 エルリアが、視線を寄こして返事をしてくれる。



 夕暮れ時のやけに赤い空が映り込み、いつも澄んだ空色をしている彼女の瞳は薄暗く濁っていた。僕を見据えようとするけれども、何かに怯え揺れて定まらない目。


 きっと本人は気が付いていないんだろうけど、鴉としての僕と会ってからよくその瞳をする。


 何に怯えているの?

 ……僕に?なんで?疑問に思うが、考えてもわからない。


 ああ、でも。

 流すように寄こしてくれる視線一つすら。

 僕に怯える、その感情すら君がくれるものならば。

 君がくれるものなら、痛みや苦しみすら、きっと嬉々として甘受してしまうだろう。

 そんな風に考える僕はおかしいと、自覚はある。



「いえ、帰りましょうか。」


 にこっと彼女を安心させようと笑って見せると、彼女はほっとしたように少し微笑んで、歩き始めた。


 そのすらりと伸ばした小さな背中に焦げ付くような視線を向ける。

 これほどの視線を向けても、彼女には届かないのだろう。

 気づかれては困るけど、気づいてほしいと、思う。






 君が僕にくれた最初の宝物は、僕を「尊敬」してくれるという想いだった。


 同じ孤児院の子どもたちを助けられる、それは僕にしかできないのであれば、やってやる。

 それがどんなに大変なことだって。


 そんな思いが甘すぎたことは、影として修行するようになって嫌というほど思い知らされた。


 毎日きつくて、辞めたいと、逃げたいとずっと思っていた。後悔しないなどと軽々しく口にしたが、毎日もっと別の道がなかったのか、考えてしまう僕がいた。



 修行に心が耐えかねた時に、褒美だと孤児院の仲間たちを遠くから見ることを許された。


 自分が守ったものを見て、己を奮い立たせろと。


 彼らは前より少しふっくらして、その顔にはあの頃にはなかった満面の笑みを湛えていた。笑いあって、みんなではしゃいで、駆けまわる元気な姿。



 僕は泣いた。嬉しかったからではない。




 『……なんでお前らは笑ってるの?』

 『……なんでおれだけ犠牲になっているの?』




 自分の喉元に迫り上がってきた、どす黒い気持ちに呑み込まれそうになったから。

 そんなことを考えたのは、たった一瞬だったと思う。

 仲間が元気にしていて、ほっとした自分も確かにいた。


 けれど───


 自らの指の間から、命を賭しても守りたいと思っていたものが滑り落ちていくのを、確かに僕は見てしまったのだ。



 一瞬でも自分の汚さを、身勝手さを、闇を知ってしまったら、()()はもう以前の『仲間を守りたい』気持ちだけのきれいな子供ではいられなかった。


 それからは、修行は汚い()自分への罰となった。

 あのときに迫り上がってきた自分の声を打ち消すために、なにも考えられなくなるまで、体を虐めぬいた。





 たった一つ、僕に残された宝物が、彼女のくれた言葉だった。




『あなたは立派だわ。』


『エドのその優しさと、強さを心から尊敬するわ』




 その言葉以外に、縋れるものはなかった。だから、エルリアのことだけを考えて、願って、溺れた。







 夕暮れ時に、エルリアの影が伸びる。


 そっと手を伸ばして、その影の髪に触れる。

 ふわりと前を歩くエルリアの髪から、彼女の気に入りのジャスミンの香が漂う。


 影の中の彼女の背中をゆっくりと、上から腰に向けなだらかな曲線をなぞる。


 背中をなぞられる彼女を想像する。


 ─── 頬を朱に染めて小さく声をもらす姿を。


 ─── 目を伏せて、やめなさい、と小さく、縋るように言う姿を。


 ─── その双眸に微かな欲情とそれを恥じるように当惑の色を浮かべる姿を。






 久しぶりに会った彼女は、ますます美しく成長していた。



 会いたかった。


 でも、会わなければよかった。



 ずっとずっと僕の夢のまま、そのままでいてくれればよかった。



 実際に、こんな目の前に、手を伸ばせば触れられる距離にいる彼女に、隣に立つこともできず、触れることも叶わず、ただ名を呼んで微笑まれる。





 それは、僕への罰なのか、褒美なのか。








 馬車にたどり着くまでに、黄昏時の空は去り、辺りには薄闇がおりていた。





 彼女の幸せを願う。



 半面、僕の所まで堕ちてきたらいいのに。



 ついそんなことを願ってしまう。







エドさんむっつり。書いててあああ!(恥)ってなりました。

読者の皆様、つき合わせてしまい申し訳ございません!このような作品にお時間を割いてくださる心優しい読者の皆様、本当に!心から!!ありがとうございます!!!!

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