永遠のお別れを
どうやら考えるのに夢中になりすぎて、まったく周りが見えていなかったらしい。
いつの間にか、どこかわからない部屋で座らされていた。
「ほえ、ほほほほ!?(あれ、どこここ?)」
上手く喋れていないのは、なぜか口に体温計が咥えられているからである。
「気がついた?」
「へんは!?(殿下!?)」
隣についていた白衣の女性がわたしの口から体温計をすっと抜き取り、確認する。お熱はないようですね、と優しく笑いかけてくれる。
わぁ、素敵なお姉さん!お胸が大きくて気持ちよさそうですね!などと心の中でセクハラをする。
気持ち悪くはない?と聞かれたので、首を振る。大丈夫そうですね、と言って殿下に挨拶して部屋を出ていく。
「で、なぜ殿下がここに?先ほど永遠のお別れをしたかと。」
「……永遠のお別れはしていないと思うけど。君が頭を打って急に変になったら、心配しているんだよ。僕が原因だからね。」
「あぁ、気になさらないでください。あれはわたくしがいけないのですわ。殿下に図々しくべたべたとひっついて、会が始まってからずっと片時も離れずいたらそれは煩わしいですもの。」
そう、あれは誰だって嫌だろう。我儘放題で育った侯爵令嬢のわたしは、他の令嬢たちを睨みつけずっと殿下の腕にひっついていたのだ。
「なぁあんか、頭打って変わったな、お前。」
殿下の後ろに立っていたのは、殿下の腰巾着…いや、腹心のカタール=カルタゴである。もちろん、攻略対象者。ああ、お近づきになりたくないっ!
「まぁ、カルタゴさま。先ほどは失礼いたしました。」
あろうことか、わたしは先ほど、殿下のお付きであるカタールにまで睨みをきかせ、どっかに行ってよ、等と暴言を吐いていたのである。
ああ、今後の貴族の間の噂話が怖い。絶対嘲笑される!
「とりあえず、君がどこかに意識を飛ばしている間に、先ほどの医者に診てもらったが、小さなたんこぶはあるが、それ以外には外傷はないようだったよ。だが、先ほども言ったが、君が頭を打ったのは僕が原因だ。」
殿下は一呼吸を置いて、更に続けた。
「もし、なにかお願い事があるなら僕ができる限りのことなら、考えてあげるよ。」
考えてあげるって、叶えてあげるとは言わないあたりはさすがだわ。10歳とはいえ、王族だわと感心していた。
ん?待てよ?これはチャンスでは!?
「では、殿下。殿下の恩情に縋って一つお願いがございます。」
していいといったにも関わらず、わたしが「お願い」と言った瞬間に殿下は眉を顰め、これ見よがしにため息を一つ吐いた。
「どうぞ」
「では、絶対、絶対に、わたくしのことは婚約者に選びませんよう、お願い申し上げます。」
「はっ!?」
声を出したのは後ろのカタールだった。
「……婚約者に選んでほしい、ではなく?」
殿下が訝し気に、そう尋ねる。
「選ばないでください。絶対に。」
ゆっくりと、もう一度、意思を伝える。
「……。」
殿下には関わり合いにならないのが一番である。もしこのフラグを折ることができたら、バッドエンドが少しは遠のくかもしれない!
「なぜ?」
「死にたくないからです。」
はっきり言い切る。殿下とカタールは、更に訳が分からない、という顔をする。
「なに言ってるんだ、お前。」
とつっこんできたのは、カタール。お前、とか失礼ですね。
「うるさいですわよ、殿下の紅の守護騎士さま!」
これはゲームの中の彼のあだ名である。すっこんでてくださいませ、と睨む。
「殿下は素晴らしいお方です。今ももちろん愛くるしく、聡明な殿下ですが、将来、見目麗しく誰もが心奪われるような美青年になりましょう。そして今よりさらに多くを学び、才気あふれ、隣国との関係との回復に努め、国民からも愛され、国を統べるに相応しい方となりましょう。そして、真実の愛に目覚め、健やかに愛を育んでいくのです。わたくしなどに捕まっている場合ではないのです。ですから、殿下。」
そこで一息をつき、殿下の目をまっすぐ見つめて、これ以上はできないというほど笑顔を向ける。
「すぐにお茶会に戻り、素敵な出会い(身代わりの悪役令嬢)を探してくださいませ。」
そのタイミングで、王子にお茶会に戻るよう催促がかかった。
「では、これで永遠のお別れですわね。殿下、カルタゴ様、健やかに一生をお過ごしくださいませ。」
と挨拶する。
永遠のお別れ、願いすぎだろう、とカタールにつっこまれた。
いいんです!攻略対象者とのご縁は須く!悉く!切りたいのです!
わたしは平穏無事に生きたいのです!
高笑いなんてしなくていいんです!
これはあれですね。悪役令嬢ものでよくある、押せ押せだったのに急に引かれ、つい気になってしまうやつですね。王子というのは追いかけたい生き物なんですかね?
そして、エルリア、君、自分でフラグたててるよ?いいのか?