逃げちゃだめだ
15歳になったので、一人称を変更しました。
エルリア 「わたし(会話中はわたくし)」だったのを「私」。クリス「僕」→「私」。
年齢をすっとばしましたが、エルリアも、クリス、カタール、ギースも各々がやるべきことに追われて忙しさに翻弄されており、あまり絡みがありませんでした。クリスは帝王教育と国王陛下の仕事の見習い、カタールは剣を鍛えるとともに殿下を知の部分でも支えるべく側近としての勉強、ギースも侯爵家(表向きも、影の部分も)を継ぐために父様から教材を積まれ仕事を与えられ、更に、学園にあがり、学業だけでなく学園という小さな社交界を舞台に活躍しています。恋はここからですよ!
お久しぶりです、エルリア=ウィスタンブル、15歳になりました!
そう、15歳といえばゲームの開始の年ですよ。
いやだー!
あの歌詞は逆ハーしちゃうぞ☆みたいな内容のくせに妙に耳に残るオープニング曲が迫ってくるよー!
ふふふんふんふんふふん、って鼻歌歌ってる場合じゃないのよー!
そして、入学を前に私とクリスの婚約披露パーティーが行われることになってるんですよ。
11歳の頃にも名ばかりの婚約発表をしたけれど、15という節目の年に再度(というよりこれが本番らしい。)パーティーでお披露目するらしい。
クリス様との婚約でバットエンドに一直線ですわほほほほほ、って嬉しくもないのに高笑えるかー!こんちくしょう!
はあはあ、ちょっと落ち着こう。
ビークールだ、エルリア。
そう、例え状況が目を背けたいものであっても。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。シ〇ジ君だって自分の心と向き合って立ち向かっていったじゃないか。私にだってできる。
昔の人は言った。心頭滅却すれば火もまた涼しと。滅却だ、心も頭もビークールだ!
オーケーオーケー!
さぁ、心を鎮めて目をかっぴらいて事実を受け止めるんだ、エルリア!
3,2,1……
そこにあるのは、クリスから贈られた婚約披露パーティーのドレス。
胸元が白くそこから裾に向かい薄水色にグラデーションが濃くなっていく。楚々として婚礼前の少女が着るに相応しい、初々しさを表した素敵なドレスだ。よく見ると銀糸で贅沢に刺繍が施され、動くたびにキラキラと煌めく。髪に編み込む大きなリボンの色は、絹でできているのだろう、とろりとした蜂蜜色だ。薄紅色の小さな髪飾りを髪に散りばめれば、ほんのりと甘く仕上がるだろう。
このドレスを身にまとった私を他人からどう見えるか。
「まぁ、これを身に着けたエルリア様は、全身でクリストファー殿下への愛を叫んでいるようなものですね!」
……リリア、トドメをありがとう。
クリスのアイスブルーの瞳と蜂蜜色の髪、それを着て彼の隣に立てば、どう見たってそうとしか見えない。
なんなんですか、このドレス!?彼色に染まった私☆とか砂糖口から吐けそうだよ!もし私が同じような(相手の彼色に染まったちゃった)女性を見かけたら、素敵ですわねっていいながらつい滅べリア充♪っで呪いの言葉を送っちゃうよ!
これを着てたら、皆に生暖かい目で褒められながら内心では『エルリア様はクリストファー殿下が本当にお好きなんだね、そんなドレスで牽制しなくても。淑女としてそこまであからさまなのは恥ずべきことだけれども、まぁ好きな人との婚約を披露できるのだ、ちょっとくらいは目をつぶってやろう。』とか思われちゃうのだ。ああ、見える!見えるよ残念な子を見る目が!
くっ!しかもあと一か月しかないから作り直しもできない。こんな辱めを用意しているとは!
「リリア、王宮に使いを出して。クリスに文句を言いに行くわ。エド、ついてきてくれるわね!?」
「はい、もちろん。私の主様。」
そうそう、エドが帰ってきました!
**********
遡ること一か月前。久しぶりに父様から呼び出しを受けた。
父様の呼び出しは怖いんだよ。前回は、いきなり領地の端にある、着くのに馬車で5日はかかる山岳の村に明日から視察に行ってこいとか突然言われたし。視察は勉強になったけどね。
そんなことを考えながら、父様の執務室のドアをノックする。
「お父様、エルリアです。入ってもよろしいでしょうか。」
「入れ。」
中からキリスがドアを開けてくれたので、そのまま入り、父様に一礼する。
「殿下との婚約披露パーティーの用意は進んでいるか?」
「嫌ですけど、はい。」
「まだ納得していないのか。お前も諦めが悪いな。」
父様が嘆息する。
「……お話は、その確認のためだけでしょうか、では失礼いたしますね。」
無理に下がろうとするが、父様に止められた。
「誰が下がれと言った。」
ちっ。声に出さずに舌打ちする。が、表情を読まれていたらしい。
「よし、エルリア、そんなに欲しいなら明日、新たに仕事をやろう。嬉しいだろう?」
「いりませんー!もう結構です!勉強と今与えられている仕事だけで手一杯です!無理です!」
父様の目が眇められる。
「……お仕事、がんばります、お父様。」
勝てん!ラスボスつええよ!こんちくしょう。次の仕事ってなんだこのやろう。腹の底で罵っていたら、こつん、と父様が机を叩いた音に、現実に戻った。
「婚約披露に際して、お前にプレゼントをやる。おい、鴉。」
鴉?と思った瞬間に、いつの間にか横から声が聞こえた。
「はい。」
え?そう思って、隣を見ると、鴉と呼ばれた少年が立っていた。年は同じくらいだろうか。背丈もそれほど変わらない、小柄な男の子だ。濡羽色の艶々した髪、瞳は赤い。
鴉と言えば、攻略対象者の、一人。暗殺者の“鴉”。ショタ系の見た目なヤンデレ。私が死ぬルートの。
似てはいるが、確かゲームの鴉は真っ白な髪だったはずだ。
あれ、でも、この黒髪、このルビーみたいな瞳は。
「……エド?」
「覚えててくださったんですね、エルリア様!」
ぱぁっと、明るく笑いかける様は、最後に別れた時に見た笑顔だった。
ゲームではいつも、ヒロイン以外には無表情だったが、これ本当に鴉なのか?
「お父様、えっと……?」
「鴉は秘匿名、影の中の呼び名だ。影としてはまだまだだが、お前の婚約披露に合わせ呼び戻した。これからお前に仕えさせる。主に護衛だな。連れ歩け。お前は、自分の役割は理解しているな、鴉。」
前半は私に、後半は鴉に目を向け、父様が言う。
「はい、グラード様。誠心誠意、エルリア様にお仕えいたします。エルリア様、どうぞよろしくお願いいたします。」
鴉は、改めてわたくしに跪きスカートの裾に口づけし、すごく幸せそうに微笑んだ。
「っ!」
ゲームの鴉は無表情か嫌悪の顔しか私に向けなかったはずだ。けど、その素敵な笑顔は見たことあるぞ。
……あれだ、悪役令嬢を殺した後の、笑顔だ。血を浴びて赤く染まった短刀を手に嬉し気に微笑むスチルあったわ。
背筋が凍るんですけど。なんですか、なにが起こっているんですか。
「……ええ、これから、よろしくお願いね、エド。」
鍛えてきた貴族令嬢の仮面をかぶり、引きつりそうな頬を叱咤して微笑む。鴉じゃない、目の前にいるのはエドだ。だから大丈夫死なないはずだよ!そう心に言い聞かせながら。
そう思い込まずにやってられるかー!
ビークールだエルリア!
エドが帰ってきたよ!鴉は、ゲーム中ではエルリアに無理矢理に影への道を決められ、孤児院の仲間を助けることができず、更にエルリアのせいで人殺しをするようにまでなり髪が白髪化してたよ。今は、黒髪のままです。
そして、会わない内にエルリアへの思いを着々と育ててたよ!辛い時も「エルリア」と魔法の言葉をはくとあら不思議、なんとか耐えれちゃうよ☆会えない内に育て続けた愛は重たいよ!というか愛というよりむしろ執着だね!もともとヤンデレ気質なんだろうか、結局病んだのかな……。