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雅覧堂  作者: 凪沙一人
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 私の住んでいる町に、雅覧堂と云う画廊があるの。もの心ついた時には、あった気がするな。小さな頃から、雅覧堂のウィンドウから、中のキャンパスを見るのが好きだった。お父さんは、

「白いキャンパスが好きなのかい?」

って言ってたけど、どうして、この絵が見えないんだろうって、いつも思ってたんだ。ある日、ふと気づいたら、私のお気に入りの絵の場所には、白いキャンパスが飾られていたの。売れちゃったのかなぁ。気がついたら、私は、画廊の中に入っていた。


「おや、お客さんかな? まぁ、ゆっくりと見ていっておくれ」

 それは画商で、店のオーナーで、画家だと云う叔父さんだった。私は、思い切って聞いてみようと思ったんだ。

「あの、ショーウィンドウに飾ってあるキャンパスなんですけど・・・」

「お嬢ちゃんは、あの絵が好きだったよねぇ」

「えっ・・・私を知ってたんですか?」

 叔父さんは優しい笑顔で、頷いた。とっても優しい笑顔だった。

「最近は観に来なかったけどね。前は、毎日のように観に来ていただろ。わたしも暇だからねぇ。覚えちゃったよ」

「あの絵、どうしちゃったんですか?」

 叔父さんは不思議そうに、私の顔を見ていた。

「あの『想い出』と云う絵は、お母さんの優しさと、お父さんの頼りがいに、子供の心の底からの笑顔を混ぜて描いた絵だからねぇ。最近じゃ、ちょっと描けない絵なんで、お嬢ちゃんの小遣いじゃ、ちょっと手が出ないよ」

 変なことを言う叔父さんだなとは、思わなかった。小さい時から、ずっと、あの絵を見ていた私には、叔父さんの言っていることが、判った・・・なんとなくだけど。

「それじゃぁ、この絵をあげよう。なぁに、わたしの絵を気に入ってくれたお礼だ。お代は要らんよ」

 叔父さんは葉書大の、小さなキャンパスをくれた。

「その絵は、失恋をベースに塗ってから、新しい恋を上塗りしたもんだ。どうだい、気に入ったかい?」

「えぇ」

 失恋したばかりの私は、思わず頷いていました。こうして私は『逢』と云う絵を手に入れたの。


 それから、いろんな人に逢ったなぁ。引っ込み思案だった私が、社交的って云うのかな。友達も増えたし、素敵な彼にも逢いました。その彼が、今の旦那様。そう、あの絵を貰ってから、いい出逢いが増えた気がする。そんなある日、あの叔父さんが尋ねて来たの。

「雅覧堂の叔父さん! 随分、御無沙汰しています。お蔭様で幸せな家庭を持つ事が出来ました。あなたぁ~、前に話した、雅覧堂の叔父さんよ~」

 叔父さんには、幸せになった私を見てもらいたかった。

「お蔭様?わしゃ何もしとらんて。それより、ちょいと失礼。」

 叔父さんはラベルの無い絵具のチューブを、三本取り出すと蓋を開けた。すると、今まで潰れていたチューブがあっという間に膨れていった。

「叔父さん、その絵の具は?」

「なぁに、お嬢ちゃんが好きだった絵があったろう。もう一度、あぁゆう絵を描きたくなってね。同じじゃないが、きっと良い絵が描けると思うよ」

「あの絵、もう色褪せちゃったんじゃありませんか?」

 私は、ちょっと気になって聞いてみた。

「そんな訳ないだろう。『想い出』は色褪せないもんさね」

 そう言って叔父さんは家に上がる事もなく帰って行ってしまった。いつの間にか『お母さんの優しさ』『お父さんの優しさ』、そして『優しい子供』のラベルの貼られた絵具を持って。

「叔父さ~ん、その絵が出来たら、私の子供にも見せてねぇ~」

 私たちは、三人で叔父さんをいつまでも、見送った。

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