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雅覧堂  作者: 凪沙一人
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草原の風

 ちいさな画廊、雅覧堂。いつからこの画廊がそこにあったのか、僕は知らない。気が付いた時にはそこにあったんだ。工事をしていた覚えもないからずっと前から在ったのかもしれない。在るとわかるとどうも気になってくる。ある日、僕は意を決して店の扉を開いた。別に絵に興味があった訳じゃない。ただ、意味も無くその店が気になっただけなんだ。


「おや、お客とは珍しい。冷やかしでも構わんからゆっくりと見ていっておくれ」

 そこに居たのは画商でもあり店のオーナーでもあり、画家でもあるちょっと変わった叔父さんだった。別に冷やかすつもりで入った訳じゃないけど、何か絵を買おうなんてつもりも無かった。ちょっと叔父さんには悪い気もする。それよりも不思議だったのは飾られた絵…と言っていいのだろうか?ともかく僕の目には何も描かれていないキャンバスが並んでいるようにしか見えなかった。

「なんか気に入った絵でもあったかい?」

「えっ、あ、これ…」

 僕は一枚のキャンバスを指差していた。カードには『桜』と書かれている。

「ほぅ、目が高いじゃないか。そうか『桜』を選ぶとはね。それは日本の卒業生の涙に春風と希望を混ぜた絵具で描いたもんだ」

「日本の?」

 叔父さんの話しによれば日本の卒業生の涙は春を描く時に使うものらしい。確かに欧米では学年末は春じゃないから。

「しかし、お前さんの懐具合じゃ手が届かなかろう。隣の絵も見事だろ? その『冬』と云う絵はサンタクロースの鈴の音と粉雪の舞う音を北風に溶いて描いたんだ」

 最近は卒業生は涙を見せないし希望を抱く事もない。温暖化で粉雪も減ったしサンタクロースは信じないしで良い絵具が創り難くなっているのだそうだ。

「せっかくだ、この絵をあげよう」

 そう言って叔父さんは僕に葉書大の小さなキャンバスをくれた。

「どうだい、草原の風だけを使って描いたもんだ。見ているだけで嫌な事なんか忘れられる絵だろう?」

 不思議なものでそう言われるとそんな気になってくる。僕が暗示に掛り易いのだろうか? 結局僕はお金も払わずに雅覧堂の名画(と叔父さんが言っていた)『草原の風』を手に入れた。


 それから僕は風に助けられてきたような気がする。風に帽子を飛ばされたお陰で交通事故を免れたり野球部の試合じゃ相手の打球を風が押し戻したりファールにしてくれたり。常に僕の人生に追い風が吹いている気がしていた。やがて風に飛ばされた書類を拾ってあげた事が縁で知り合った女性と結婚し小さな家庭を持った。そんなある日、あの叔父さんが尋ねて来た。

「御無沙汰しています。よく僕の家が分かりましたね。お蔭様で幸せな家庭を持つ事が出来ました」

「お蔭様?わしゃ何もしとらんて。それより、ちょいと失礼」

 叔父さんはラベルの無い絵具のチューブを取り出して蓋を開けた。すると今まで潰れていたチューブがあっという間に膨れていった。

「叔父さん、それは?」

「あぁ、お前さんの有り余る幸せを少し分けてもらったのさ。これでまた新しい絵が描けると云うものさ」

 そう言って叔父さんは家に上がる事もなく帰って行ってしまった。いつの間にか『幸福色』のラベルの貼られた絵具を持って。

ジャンル設定に迷いが見えます(苦笑)

昔の作品ですが楽しんでいただければと思います。

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