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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘶く回転木馬

作者: tea(緑茶)

馬好きの自分からすると、前半部分は書いてて心苦しくなった。

ちなみに、「嘶く」は「いななく」と読む。一応言っておく。

「ママァ、あれなあに?」

 鼻をたらした幼児が指を差した。

 メリーゴーラウンドだ。

 たくさんの人だかりができている向こう側には本物の生きた馬がメリーゴーラウンドの台の上にいた。

 経営難の裏野ドリームランドが客寄せの為に用意した新たなアトラクションだ。

 馬の脚は台に繋ぎ止めておくための固定器具に全体を覆われている。そのため馬は全く身動きできないでいた。

 五頭しか設置されていない馬に老若男女問わず搭乗希望者が殺到している。

 搭乗希望者は順番が回ってくると鞭を渡された。

 メリーゴーラウンドが愉快な音楽を鳴らしながら回り始めると、係員のギョロリとした目の中年男がマイクを使って声高らかに言う。

「さぁ、皆さん。目一杯、鞭を振るってください」

 搭乗者達が言われたままに鞭を振るった。鞭で打たれた馬の身体が痛みに反応して震える。搭乗者達がその反応に震え、更に鞭を振るった。それが何度も繰り返された。開園してから閉園するまでずっと。それが何日も続いた。

 馬達の身体には無数の傷ができ、日に日に弱まっていった。それでも搭乗希望者の数は減らない。むしろ増えるほどだった。搭乗者達は快感を覚えるように容赦なく鞭を振るう。馬達は初め苦悶の(いなな)きを発していたが、やがて何の反応もみせず、ただ鞭に打たれるだけになっていった。

 ある日メリーゴーラウンドが回っている最中、馬達が示しあわせたかのように絶命した。死因は不明のままだ。馬達の亡骸はメリーゴーラウンドのすぐ側にある空地に埋められた。

 その後、メリーゴーラウンドは通常の物に変わったが園はすぐに廃園になった。

 手付かずの廃墟になった園には夏になると肝だめしで若者達がやってくる。その若者達が口を揃えて言った。

「メリーゴーラウンドから馬の鳴き声が聞こえてきた」


 ゴシップ誌の記者、柳川篤(やながわあつし)は夏の怪奇特集の取材で廃園になっている裏野ドリームランドに来ていた。首にはデジタル一眼レフのカメラをさげている。時刻は午前二時を回っていた。

 園内を適当に回っていた柳川は退屈そうに欠伸(あくび)をした。何も起きないからだ。この廃園には様々な恐怖話があったはずだ。ネットで少し調べただけでも体験談が山ほど出てくる。取り壊しの計画もあったが、なぜだかその計画はことごとく中止になっていた。関係者が呪い殺されたという噂まである。

 柳川が園内に入って二時間が経っている。何の収穫もないと編集長にどやされるだろう。新米記者のくせに気合いが足らん、とよく言われている。柳川自身は頑張って働いているつもりだ。いつか編集長を見返してやるという気持ちもある。

 柳川は、「怪奇現象よ、来い」、と心の中で強く思った。

 ふと、寂れたメリーゴーラウンドが目についた。柳川はこのメリーゴーラウンドにいい思いを持っていない。幼少期に母に連れられて裏野ドリームランドに来たことが一度だけあった。その時に見た光景が今も目に焼き付いて離れない。生きた馬が台の上で脚を固定されており、それに乗った人達が悦楽の表情で馬に鞭を入れていたのだ。常軌を逸した光景だった。人はこんなにも残酷な生き物なのかと幼い心のどこかにしこりを残した。それは大人になった今でも消えることはない。

 風雨に晒されてぼろぼろになった木馬に柳川はまたがった。

 ヒッヒーン、ブルブル、と馬の鳴き真似をする柳川。深夜のテンションで少しおかしくなっているようだ。柳川は自嘲し、首にさげた一眼レフを構えた。

 ファインダー越しに見る前にある木馬の尻尾が綿毛のように揺れた。柳川は思わず視線をファインダーから外した。前にあるのは何の変てつもないただの木馬だ。

 柳川はもう一度ファインダーを覗いた。

 馬がいた。生きている馬だ。尻尾が元気に動いている。

 突然、メリーゴーラウンドがライトアップされ回り始めた。愉快な音楽が鳴り響いている。

 台の回転に合わせて前の馬が歩き始めた。馬の(ひずめ)が小気味良い音を鳴らす。

 気付くと、柳川の乗っている馬も本物の馬になっていた。艶のある馬の肌からは温かな脈が感じられる。

 柳川は初め驚いたが、すぐに一眼レフで動画撮影を始めた。

 これは大スクープだ。編集長の鼻を明かしてやれるかもしれない。鼻息を荒くし撮影に没頭する柳川は、こんなことならしっかりとしたマイクも用意しておくんだったと後悔した。

 メリーゴーラウンドの台が段々とスピードを増していくと、馬が台のスピードに負けまいと走り始めた。

 馬の走る動きで柳川の体が上下に揺さぶられる。柳川は激しい馬の動きに振り落とされないように、目を閉じ馬の首に必死にしがみついた。風を切る音が柳川の耳に入ってくる。どれくらいのスピードが出ているのか分からないが、このまま落馬するとただではすまないだろう。

 台のスピードがさらに増した。馬の息遣いが荒くなってきている。

 柳川はうっすらと目を開けた。前の馬と距離があきはじめている。後ろを振り向くと後続の馬がすぐそこに迫っていた。台の上には二頭が並走できるスペースなどない。このままでは激突してしまう。

 柳川の頭に一つの考えが浮かんだ。鞭を入れればいい。鞭の代わりならある。カメラストラップ。首にかけている一眼レフを腕の中に抱え、ストラップを外す。それで馬の身体を打った。猛り狂ったような(いなな)きをあげ、馬が猛然と走り出す。激しく突き上げられた柳川の腕の中からするりと一眼レフが落ちていき、後続の馬群の中に消えていった。柳川には一眼レフを気にする余裕などない。馬のスピードが落ちるたびに鞭を振るった。鬼の形相で振るった。馬群は一定間隔をあけてひたすら走っている。尽きることのない馬の体力は無尽蔵と思えるほどだ。

 やがてメリーゴーラウンドの台が止まりはじめた。それにともない馬の息も落ち着いていく。

 メリーゴーラウンドが完全に止まると、柳川はふうっと息を吐いた。足元に一眼レフの残骸がある。せっかくの大スクープが水の泡だ。また編集長の小言を聞くのか、そう思うと柳川の口からは溜め息が出た。

 馬たちはただの木馬に戻っている。不思議なこともあるものだと思った柳川は、馬から降りようとすると異変に気付いた。

 降りられないのだ。

 降りられないというより足が動かない。どこかで神経が切れてしまっているかのように足の感覚がなかった。柳川が自分の足を見ると、足が木造(きづくり)のおもちゃみたいになっている。それは足だけではなかった。胴も腕も全部だ。首から上だけがなんとか生身の部分を保っている。

 息が荒くなってきた柳川は首を必死に動かして、なんとか体も動かないものかと試みた。

 動くわけがなかった。柳川の体は木造(きづくり)のおもちゃになってしまったのだ。

 その時、柳川の顔に眩い光が射した。急な光に目を細めた柳川は女性の悲鳴を聞いた。肝試しに来ていた二人組の若い女性のようだ。

「おい、待ってくれ。助けてくれ」

 女性達はさらに悲鳴をあげた。最早、雄叫びに近い。遠くから明かりが二つ近付いてくる。どうやら女性達の連れのようだ。

「助けてくれ、頼む」

 女性四人が身を寄せあって、柳川をちらちら見ながらひそひそと話し合っている。その内の一人が恐る恐る柳川に近付いた。

「なにこれ? きっも」

 残りの三人が安全を確認したのか駆け寄ってくる。

「うわー、リアルー」

「え? ヤバくない? 人間やめちゃってるじゃん」

「やったぁ、リアルオバケ、初めて見た」

「リアルオバケって何よ? それオバケじゃないよね」

 柳川は目の前で起こっている談笑に理解が追いつかなかった。

「警察でもなんでもいい、誰か呼んできてくれ」

 女性達が顔を見合せ、ドッと笑い声をあげる。

「オバケが警察呼べだって。ウケるー」

「こんなんで警察呼んだらあたしらが怒られるでしょ」

「そもそも何これ?」

 柳川のおもちゃの体をコンコンと女性が叩く。

「体はおもちゃで顔は生って、どんだけ本気なんだよ」

「私は嫌いじゃないなー」

「いやいや、きついでしょ。わざわざ来るかも分からない人を驚かす為にここにいるんだよ? 他にやることあるだろって感じするわ」

 なおも続く女性達の会話に柳川の理性が切れた。

「早く助けろって言ってんだろ。殺すぞ」

 女性達の顔が凍りつく。柳川の顔には青筋がたち、鬼気迫るものがある。

 女性達は柳川に罵詈雑言を浴びせて帰って行った。

 一人残された柳川はどこからか馬の(いなな)きを聞いた。


 柳川が行方不明扱いになってから数日後、裏野市の各所で若い女性の変死体が四つ発見された。

 噂によると、裏野ドリームランドの回転木馬に乗る生首の人形に呪い殺されたらしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏ホラーの企画ページから来ました♪ 意外性がある上に読みやすかったです! 文章が滑らかで、余計なものが何もなく、必要な光景や主人公の状況がしっかり伝わってくるので、怖さもひとしおでした。 …
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