犠牲者
気配がした。
恐らく、強めの魔族だろう。俺からすれば、大した強さでもないがこいつらでは少しばかり、荷が重いかもしれない。
悪いが、俺は関与しない。物事を観察し、記録するだけなのだから。それに思い入れも何もないしな。
それにしても、興奮が冷めない。それどころかそれ以上に盛り上がる。
何がそこまで駆り立てるのだろうか。
「あらあら、こんなところに勇者様の御一行が現れましたわ。困っちゃったわね、私は魔族の中でも弱いのに」
...すごい。こんなあからさまな奴がいるなんて、思ったがこいつは確か四天王の中で唯一の女の魔族で、嫌なキャラだった。確か名前は...
「お前らがこの世界を滅ぼそうとしているんだな?俺たちの正義でお前らの悪を成敗してやる」
おいおい、お前も俺を邪魔するかよ。
覚悟とばかりに剣で斬りかかる。辛うじて持っていた魔物の骨で受け止めたように見えた。
圧倒的な力はすぐに分かるが、隠しているため勇者には分からないのだろう。これが全て演技で本当の実力はこんなもんではないことを。
「クッ。流石は勇者ね。本気をだしても、この数の勇者は無理かもしれないわ。なら、少しでも魔王様のために殺して見せるわ」
少しだけ力を上げた。剣と骨の打ち合いが苛烈になり、徐々に勇者が押され始めるが周りの勇者も参加し、攻守は反転する。
同時の攻撃。援護射撃の魔法で少しずつではあるが傷がつき始めてはいた。
一旦、距離をとった魔族は力を溜める。
「この一撃が耐え切れるかしら?」
「あれは奴の最後の一撃だ。全力で守りを固めろ。出し惜しみは無しだ」
ここでは攻めて技を出させる前に倒す方が良いのだろうがこいつらでは無理だろうから、守りに特化したのは良いのかもしれない。相手がこいつじゃあなかったら。
「ふふふ、耐え切れるかしら?」
力を溜め込んだ右手が振り下ろされる。
詰まっているエネルギーが辺りを破壊するためにその力を振るい、頑丈なはずのダンジョンも削る。
やがて、その力は勇者の陣営へと辿り着く事となった。
「た、耐えろぉぉぉぉ。相手はこれで身動き一つ取れないほど消耗するはずだぁぁ」
全員が全員、全力で守ることに力を注ぐ。魔族のエネルギーは凄まじく、あと少しでやられるところだったが間一髪で消失した。
「うっしゃ、頂いたぜ」
...誰だか知らないがやめとけ。
今まで目立ったことをしてこなかった男子がカッコつけるためか弱々しい魔族をとどめに刺しにいく。
「まさか、耐え切れるなんてね。避けようにも...あっぱれね」
観念したように俯いている。
最初に言っておこう。すまない。
カッコつけたい男子の剣があと少しで魔族の首に届き、胴と首を分ける。
「本当にあっぱれね。こんなに私のシナリオ通りに事が進むなんてぇ」
剣が届くその瞬間、顔をあげニタリと嫌な笑い顔を浮かべる。
「ま、待てぇぇぇぇ」
必死の叫びは誰にも届かず、ダンジョンに反響するだけ。
ボンッ。そんな音が代わりにその場にいた全員に届く。
血しぶきがダンジョンの壁、床にばら撒かれ、魔族は顔にその血を受けたまま、こう言った。
「あぁ〜。最ッ高、これだから弱いものイジメはやめられないのよ?ねぇ?驚いた?絶望した?恐怖したぁ?」
最初の犠牲者が出た。
だから、謝った。俺は何も出来ないのだから。
「次はぁ、威勢の良い君がいいかしらぁ?指揮を執る人間がいなければどうなるのかしらねぇ。まぁ、指揮する人がそもそも動いていないから変わらないわよねぇ?」
二人目。
身体が浮き、空中で爆散した。
近くにいた女子生徒は悲鳴をあげ、失禁する奴らが続出し、逃げようという感情がようやく生まれた。
しかし、足が動かない。腰が抜けて動けない。兵士の顔も青ざめ、夢だと思い込む奴らも多い。
「に、逃げなきゃ、殺される」
兵士の中でも身動きのできた奴から撤退を始める。それを見た勇者も逃げようとはする。
「逃がさないわよぉ?ちょうど玩具が不足してるから、欲しかったところでもあるのよねぇ?どれがいいかしらぁ?」
ダンジョンの壁が狭まり、逃げることすらままならない状況に置かれた彼らが出来ることなど多くはない。
「ど、どうか命だけは勘弁して下さいぃ」
命乞い。
「これは夢だ。これは夢だ」
現実逃避。
「もうみんな殺されるんだ」
諦めの表情。
そんな中でも闘志を燃やし、諦めないものが複数人いる。
「簡単に諦めないでよ、つまらないじゃない。敗北を認めた奴を玩具にしても面白くないのよ」
命乞いをし、土下座の格好をしていた三人がグチャっと嫌な音をして、潰れる。
五人が殺された。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
世で言うリア充だったのかは知らないが生徒が死んだことで復讐への道を走ることにした奴が恐るべき身体能力を発揮する。
刹那。女子生徒は既に肉薄していた。
剣の一振りは魔族であっても見えない速さで振り抜かれ、ポトリと右腕が落ちる。
「簡単には死なせない。苦しんで嘆いて後悔してもしきれないところで殺してやる」
なんか恐ろしい人間が出来たんだが?
「もう一本も貰う」
左腕が飛ぶ。
「これは想定外だったわ。中々に強いポテンシャルねぇ。意外よ、想定外よ。そして、こんなに嬉しいことはないわぁ」
とても嬉しそうに両腕を切り落とした女子生徒を見つめる。
「決めたわ、あなたはお持ち帰りね。それ以外はどうでも良いわ。運が良かったわね?」
「何を言ってるの?」
御託は終わりだと言わんばかりに左足を狙った一撃だったが、剣を砕かれ足を切り落とす事が出来ないことに気づいた女子生徒だったが、ならばとばかりに首に噛み付く。
「慌てなくても良いわよ。せっかちねぇ?んじゃ、勇者さんたち、またねぇ?」
首に噛み付かれても一切動じることなく黒い空間を作った魔族は光すら届かなそうな暗闇へと女子生徒と共に帰っていく。
沈黙が辺りを支配し、誰もが暗い顔を止める事が出来なかった。
やべ、一気に暗くなった。