最後の決戦 レイヴン
本当に遅くなって申し訳ない限りです。遅くしたくて遅くしたんではないんですけども…。
一人の狂った女子生徒は両手で握った剣で乱暴ではあるがとても正確に腕を切り落とす軌道を描いている。前回の女魔族の時もそうだったが、こいつは腕を切り落とすのが好きなのが知れない。
もちろん、剣を握って一年も経たない小娘に
後れをとるレイヴンではない。
軌道は下、ならばとばかりに足で丁度剣の腹を蹴ることで軌道を逸らす。そして、蹴った足が地に着くと同時に蹴りを女子生徒の顎に決める。
人の弱点というのはそれなりに存在する。その中の一つである顎はボクシングを見たことがあるならわかるのではないだろうか?
まぁ、テコの原理だったかで脳が揺れるらしい。
そんな剣士らしくない攻撃が通るが、なんとか女子生徒は耐えてみせる。しかし、それも予想の範疇であったレイヴンは追い打ちのために拳を握り、足を踏み出すが、直後に飛び退くことになった。
「あらあら〜、あまり壊さないで頂けますこと?結構な労力を注ぎ込んで作り出した作品なんですから。いくらレイヴンさまでもお許しは出来かねますわ」
レイヴンが飛び退いたのは、足下の異変からだった。飛び退いたその次には土地が盛り上がり、棘のようなものが飛び出していた。そのままでいたら串刺しになることが容易に想像できるほどに鋭利であった。
「僕らも忘れないで欲しいのですけどね?」
「ほんまにな、うちらは悲しいで?」
いつの間にかレイヴンの左右にはケイとマイと呼ばれていた兄妹がいた。
二人は着ている服の袖から糸をレイヴン目掛けて伸ばす。見る限り、服の糸を使っている訳ではなく、事前に準備はしていたものだろう。
レイヴンは余裕な態度で全てを躱すが微かにレイヴンの服に僅かに触れる。
「チッ、こりゃあ随分と強そうなことで。鋼鉄...いやそれ以上の硬度か?まぁ、切れればなんの問題もない」
すかさず、張られた糸を断ち切り、マイの方へと方向を変える。
「そこでか弱い女であるうちを狙うなんてあんさんも良い性格してまんな」
糸を大量に袖から出す。その糸が収束を始め、やがて一本の剣となった。
マイの武器が出来ると共にレイヴンは剣を振る。マイも次々と繰り出される剣技になんとか一撃一撃を対処していく。
「ふん、随分と余裕ぶっちゃいるがそろそろ腕の痺れで動けんだろ?」
「なんのことだか分かりまへんなぁ。そちこそ、息がそろそろ上がるんちゃうん?」
「人を老害扱いしてんじゃあねぇぞ。糞がぁ!」
剣の技と同時に手足の攻撃が参加する。
「っ!!」
しかし、またもやというべき横槍が入る。
「殺すっ!」
飛びかかってきた女子生徒を躱す。
「そろそろ当てってくださいませんか?レイヴンさま」
飛び出る棘を躱す。
「僕も忘れないで欲しいね。いや、ほんとに」
繰り出される糸を...躱すのではなく斬る。
いつの間にかマイはケイのすぐ隣にいる。
「こんなんに父さんたちがやられたなんて考えにくいね」
「能力も何も使いまへんもんなぁ」
「...勘違いしているようだが、俺は特殊な能力はなんも使えねぇぞ?俺が使えるのは叩き上げた技術だけだ」
そこまで言ったレイヴンは一度剣を鞘に収める。
「なんのつもりや?」
「なぁに、大したことないさ。必殺技と思ってくれりゃいい」
あれは抜刀術。居合とも言うが、レイヴンが強敵を仕留める時に使うことが多い。
普通に斬りかかった方が速いらしいが、レイヴンの場合はカッコつけたがる子供っぽいところがあるんでしょうがない。
片足を一歩引き、手を柄に置く。
「死ね(死になはれ)」
兄妹揃っての声に合わせ、大量の糸が視界の隅から隅まで広がる。
しかし、すでにそこにレイヴンの姿はなかった。ただの脚力がすべての糸を回避する。
次々と切らすことのない糸の攻撃はレイヴンの足を止めさせるには至らない。
「兄ぃ、止まりまへんな」
「だな、あれか」
肉眼では確認できないほどの細さの糸が辺りへ張られる。それは、レイヴンほどの速さで通れば、自分の速さのせいで切断は逃れられない。
それでもレイヴンは止まらない。見事に糸の隙間をくぐり抜け、残りは数メートルだが下からの隆起を目視できた。
...レイヴンは止まらない。土からの棘すらレイヴンの速さについてこれない。
そして、レイヴンは兄妹の間を通り抜ける。
俺の目には確かにレイヴンの剣が鞘から抜かれ、二人を斬り、すぐに鞘の中に戻るのが映っていたが周りから見れば、レイヴンが通り過ぎたとしか思えない。
「これは勝てないよね」
「無理やわ」
一目で致命傷だと分かるほどの攻撃。横腹の部分がぱっくり裂けている。
「あとは、お前らか...」
横を見れば、女魔族が女子生徒をベタベタと可愛がっており、見れば見る程ムカついてくるのでさっさと...殺してしまって欲しい。
へんな願望はあったがレイヴンとて殺さない訳がない。あんな何をしだすか分からない奴を放ってはおかない。
「あらあら、死んじゃいましたわね。レイヴンさまに勝つなんてあり得ないのに死に急いだんじゃないかしらねぇ。逃げて魔王さまが勇者を殺す時間さえ稼いでおけば宜しいのに」
女子生徒を可愛がるのをやめることなく、死んだ兄妹に目をやり、何か思いついたように口元を緩める。
「少し時間を稼ぎなさいな」
女子生徒がレイヴンへと襲いかかる。
「あー、面倒クセェ。殺しちまっちゃダメか?...まぁ、勇者共の我儘に付き合うのも師としての務めかね」
二つの剣がレイヴンへと次々と振るわれるがレイヴンは剣を使わない。指だけで対処する。さらに、隙ができた瞬間にデコピンを額に的確に当てて行く。
修行でもつけているつもりだろう。
「あー、お前さんの名前は知らんけどよ。一応、うちの勇者共が心配してるんだ」
反応はない。
「どうせ気づいんてんだろうに。そこであいつらを裏切るってのは違うんじゃねぇか?」
「...死ね」
「あの女魔族を殺さないのか?よくはしらねぇが仇じゃねぇのか?」
「...うるさい」
「勝てないなんて簡単に諦めてんなら、そりゃあ利口なことだ。所詮それくらいの想いだったってことだ」
「うるさい煩い五月蝿いっ」
「なら、さっさと俺に倒されて、気絶でもなんでもしてろ。そうすりゃあ全部終わってる。魔王も死んでるし、女魔族も殺し終わってる。そこから先はお前たちは帰れる。...胸を張って他の奴らには顔すら合わせられないだろうし、一生後悔はするだろうがな」
女子生徒の黒く濁ったは既にある決心をし、元の色へと戻り始めている。
「...私が殺す」
「...いい目だ。覚悟は出来てるな」
剣を納め、女魔族へと視線を移す。
「あらあら、そっちについたのね。レイヴンさまらしくないものね。まぁいいわ、新しいおもちゃはもうゲットしたもの」
女魔族の隣には死んだはずの兄妹が立っていた。
「おい、お前はただ一直線にあいつを斬れ。俺が全部止めてやるよ」
地を蹴り二人は女魔族へと駆け出す。
ケイとマイは糸を繰り出しながら、こちらに走り出し、迎え撃とうとする。
言葉の通り迎え撃とうとしただけだ。
迎え撃とうとした瞬間には首がなかった。腕がなかった。体がバラバラになった。
「気づかなかったか?死者を冒涜するようなことはあまりしたくは無いんだがな。お前がそういう奴なのはわかっていたからな。激しい運動をした瞬間にバラバラになるように仕掛けておいた」
女魔族との距離が縮まる。
「それでも私にその子の攻撃は当たりませんわぁ。あなたの攻撃には警戒させていただきますけどもねぇ」
土が盛り上がり、槍が女子生徒に向かうが無論、それは届かない。既に盛り上がった瞬間には砕かれている。
「ちょっと待ちなさいよ。あなたの攻撃は私に届かないはずよ。それなのにどうして来るの!いや、来ないで」
先ほどまでの強気はどこへ行ったのか、女子生徒にすら恐怖を覚え始めているようだ。
「来ないでぇー!」
その一言で周りの木から一斉に目には見えないほどの細さの針が大量に飛んで来る。
「数が多いんだよ。クソが」
そうぼやいたレイヴンの指の間には沢山の針が挟まれている。悲鳴をあげる事を止めない女魔族は一目散に逃げようとするが恐怖と焦りのせいかつまづいている。
恐らくこいつはこんな体験は初めてなのだろう。常に自分が上に立って支配する側だったからな。急に支配できなくなるとこうなるのかもしれない。
女子生徒から背を向け、走り出した女魔族。
辛うじて追いつき剣を振り上げた瞬間に女魔族は急に振り向き、
「掛かったわね!私があ、あんたなんて恐れる訳ないじゃ...」
恐れていないと言いながらもフルパワーで女子生徒を吹き飛ばそうとしたが、その笑みは驚愕へと変わる。
「残念だったな。俺だ」
レイヴンにそんな攻撃は効かない。
「飛んでけ」
フルパワーの攻撃を返され、後ろへと吹き飛ぶ。
「ふふふ。これはチャンスね。もう魔王様なんて放って逃げ...」
そこまで行った時に気付く。
「さよなら」
小さなつぶやきと心臓へと直進する無慈悲な刃に。
「そ、そうよね。あなたがいたわよね」
女魔族は死んだ。
「全部、全部終わったよ。これで私もそっちに...」
「いい加減にしてくれよ。折角生き延びたんだ。お前の支えが無くなっても惨めに足掻いて踠いて生き続けろ。終わっちゃあいない。お前も勇者の一人なら魔王を殺せ」
「で、でも」
「でももクソもねぇ。やる事をやってから死ねつってんだ。何も死ぬなって言ってるわけじゃあない」
「そ、そうだね」
「分かりゃあいい」
あー、これはレイヴン。心の中で
「似合わなぇ真似しちまったな」
とか思ってるんだろうな。
今年中にはなんとか完結させて新作を書きたいなぁと思っております。