プロローグ
――――空はひどく淀んでおり、太陽が頂上に昇る頃と言うのにも関わらず一筋の光も侵入することをゆるしてはいないでいた。
――――大地は枯れ、一体機の水分も残ってはいない。しかし、枯れ果てた大地からはすっかり干からびた木が生い茂っており、その木からは異質としか表現できない紫色をした泥のようなものが溢れ出していた。
そこは入魔の森と言われるところで、大陸一の大きさを誇る大森林でありと、一度迷うと戻ってこれなくなるほどである。気候は日に日に変化し、それは吹雪から始まり灼熱の砂漠にもなる。大気中の魔力濃度はとてつもなく高く、魔力が実体化するほどである。そうやって実体化された魔力は負のエネルギーの性質を持ち、この森に住む魔物たちの力となっていた。入魔の森は環境の厳しさだけでなく世界で一番魔物が強い場所とされており、命知らず意外は決して立ち入らない場所でもある。
そんな森に、少し開けた場所があった。
そこでは一人の剣士と一体の魔物が相対していた。両者とも既に満身創痍だった。
剣士は返り血や泥で汚れた武具に身を固めており、もはや本来の色を識別することはどきないほどだった。そして、多少の装飾を施している長剣を死闘を繰り広げてきた相手に向けている。
息を切らしながら剣士は言う。
「さすがは入魔の森の深部の魔物、そうそう楽には勝たせてくれないのだな」
頭頂部を覆い隠す防具から疲労に満ちた声が漏れていた。防具から漏れるその声は女とも男とも言えるような声であった。少なくとも、か弱い女や、屈強な男の声ではなかった。剣士の言葉は余裕を保っているが腕には限界が来ており、次の一撃で勝負を決めなければならなかった。
それは魔物も同様であった。
魔物――デスフォレストウルフ――は狼をそのまま大きくしたようであり、全長は5メイルもあり、その体躯に似つかないスピードで相手を翻弄でき、そのまま体を投げ出すことだけでもその威力は計り知れないだろう。さらに、魔力を体内の魔力変換臓器――魔臓器――で黒炎を作り、それを放射することで遠距離の攻撃も可能にしていた。その黒炎によって受けた傷は治癒魔法で治りにくく、幾多の冒険者を葬ってきた。
デスフォレストウルフは剣士からあちこちに傷を受けて、並の魔物であれば既に立つことさえかなわなかっただろう。しかし、入魔の森の魔物は並の魔物ではない。その瞳には確かな光が宿っており、目の前の剣士を力強く見つめていた。剣士の考えを理解したのか、一度身震いし、四肢に力を入れいつでも対応できるような態勢になる。
互いに硬直し、相手の様子を窺っている。目の前の敵以外はもはや認識していないだろう。
森はやけに静まり返っており、風の音さえも聞こえない。時が止まったかに思えるほどであり、その様子はまるで一つの絵画となっている。
剣士の手に力が入ったその時、一陣の風が吹いた。そして、その時を待っていたかのように同時に両者は駆け出した。剣士が剣を振り上げ、魔物は駆けた勢いそのままに相対する相手に向かって腕を振り翳す。
そして――――――。
プロローグです。
主人公との出会いは次話です。