第七話:IRREGULAR
魔剣デュランダルによる強烈な横薙ぎは、確実に大天使アレクの、強靭な胴を捉えた――はずだった。
固唾をのんで見守っていた天使軍たちの誰もが、アレクの死を直感していた。本人さえ確信していたはずなのだ。
だがしかし、予想されていた展開になりえていない。
嵩弥の振る刃は、突如出現した一人の、謎の男によってその攻撃を妨害されたのだ。
「世の中物騒になったもんだなぁ。街中で、こともあろうに悪魔と天使が戦争してるってんだから…。ったく頭が痛くなるぜ…」
謎の男は、魔剣の一撃を手のひらで受け止めている。
嵩弥は、目を大きく見開いたまま、唖然としていた。力任せに、それも全力で振りかざした一撃だったので誰も止められないと高を括っていたのだ。
しかし目の前に突如現れた男は、平然とやってのけた。
「お前、レヴィア妃の眷属だな?」
嵩弥は問われた。何食わぬ顔で、当たり前のことのように嵩弥を悪魔として認識している。
「その剣を下ろせ。"元"人間のお前ならわかるはずだ、戦争が始まって、この世界が受けるダメージを。お前だって、何の罪もない人間を巻き込みたくないだろうが。」
言われてみて、はっと気づく。
何をしようとしていたのかを。この剣が起こす災禍を。
ゆっくりと、次第に体から力が抜けていく。握っていた剣はその姿を、再び異次元へと還した。力をなくした嵩弥は、その場に力なく座り込んだ。
「さてと…次は、天使たちか…」
天使の方へと体を向け直すと、
「聖天使ミカエルの名において命ず。負傷しているものも連れ天界へと帰還せよ。貴様ら天使の血で、聖なる人界を汚すことは断じて許さん」
現れた時のような飄々とした雰囲気ではなく、威厳溢れる、真の天使のような口調で告げた。天使達は口々に「まさか…」「ミカエルだと!?」と言っている。
やがて静まり、次々に天から地へと降りてきて片膝をついて頭をもたげた。
「――数々の無礼、申し訳ございません。ミカエル様の支配地とはつゆ知らず、我が独断でこのような…」
「黙れ。弁解なんてどうでもいい。早く人界から消えろっていってんだろうが」
殺気を、感じた。
神々しさとは裏腹に、邪悪な――悪魔のようなそれではないが――不吉なオーラに、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「はっ、早急に。負傷している者は、手を借りつつ撤退せよ!くずぐずするなよ!」
アレクな立ち上がると、てきぱきと指示を出し始める。
飛び立つアレクを、他の天使たちが列をなして追いかけていく。統率された軍隊は、徐々に嵩弥達から遠ざかっていった。
「黒瀬嵩弥、お前は今からどうする?」
唐突に話を振られ、嵩弥は顔をあげた。
「まずはレヴィアを助けないと…このままだと死んでしまいますから…」
「どうやって?人界にゃ人間を救う技術は有っても、悪魔を救う技術はないんだぜ?」
「それでも俺は、この子を助けなきゃいけない…約束しましたから…」
「…はあ。どけ」
レヴィアの横に立ちすくむ嵩弥をどかすと、入れ替わるように、男は座り込んだ。
胸ポケットに手をいれ、男はなにかを取り出す。取り出した何かを傷口に沿って貼り付けていく。術式が書かれてたそれは、お札のようだ。仰向けに横たわる彼女の、左肩から右肩、額から上半身にかけて十字を切る。するとレヴィアの身体から青白い光が発せられ、全身をおおった。
「何を…しているんですか?」
「これは俺の産み出した術式だ。もうじきレヴィア妃の出血は止まり意識を取り戻す。彼女を連れて今のうちに安全なところへ逃げろ」
男はたちあがると、
「天使達はまた必ずやってくる。その時にお前は、デュランダルを使おうとするな、あの剣はお前じゃあ扱いきれないし、斬れすぎる。力に呑まれ我を忘れる。そんなんじゃあレヴィア妃は守れない」
言い残し、歩き去っていく。
「ちょっと待ってください!!あなたは誰なんです?なんで俺たちを助けてくれたんですか!!」
「おいおい…勘違いするなよ――いつ誰がお前を助けた?俺は一言もそんなこと言ってねぇよ。お前が勝手に助かっただけだぜ」
「ありがとうございます…ミカエル様…」
目を醒ましたレヴィアが、力のない、か細い声でお礼をいった。
「目ぇ醒ましたか、レヴィア妃。――その少年、なかなか強いやつですよ。…だがまだ弱々しい」
「なら…あなたが嵩弥様を…強くしてはいただけませんでしょう…か?」
その一言に、ミカエルと呼ばれた男は足を止めた。
「全てを知る貴方だからこそ…頼めることなのです。どうか…お願いします…!」
「馬鹿言え…。俺は強くもないし、何も知らない。無知で貧弱で臆病なだけの元天使だぜ?こんなやつになに求めてるんだよ」
「いや…あんたは強い。あんな天使達とも比にならないくらいに強い…。だから――」
「俺を育ててください、お願いします!!!」