第五話:CLOUDY SKIES
先ほどまで澄み渡っていた空も、今ではどんより沈んでいる。
無数の天使達が、空を覆い尽くし、開戦の時を待ちわびているのだ。武器を掲げ、武具を纏い、ただひたすら一人の悪魔を殺すことだけを望んで。
先頭に立ち、刻一刻と近づく開戦の合図を待つは、この大軍を率いる、天使軍の大将、アレク・マーキュリーである。さらさらのブロンドの髪が、仄かに煌めき神々しさを強く感じる。美しく整った顔立ちは、天使の中でも一二を争うほどのイケメンであろう。
白を基調とした鎧は金の装飾品で彩られ、風に靡く純白のマントとも相性がいい。何といって背中に湛えられた巨大な一振りの大剣がアレクの強さを証明しているようであった。
「…風向きが変わった、か。そろそろ動く頃合いだとは感じていたが――」
奥深い声で、何かを見透かしているかのようにひとり呟くアレク。その時、彼の後ろで声が響いた。
「大将!1000m圏内で巨大な魔力を検出!目標は…九時の方向、地上にいる模様!」
索敵隊の一人が、"目標"を捕捉したようだ。アレクは表情を少しも変えず次の指示を出した。
「慌てるな、この辺りにいることはわかっていた。もう少しで始まる」
――やはり闘うというのか、レヴィア・エル・マクスウェル…。それならば、貴様が犯した過ちの代償は、きちんと支払ってもらうぞ。
強者と闘えるという高揚感と、同時に込み上げてくる怒りを力に変換しながら、アレクはじっと待ち続ける。
巨大な両刃をもつ剣をゆっくりと鞘から抜き、軽々と持ち上げると、
「――かかれ」
降り下ろすと同時に、彼は開戦の合図を口にした。
――貴様だけは消す。待っていろ
轟く雄叫びは、ビル群の間を幾度にもこだまする。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「空の敵に向かってどうやって闘えばいいんだよ…」
制服に着替えた嵩弥は、レヴィア――もう服は着ている――とともに、広い場所を探し家を飛び出したのだった。上空には、数えきれない程の天使が集まっている。そこに神々しさなどは微塵もなく、ただただ気味が悪かった。
「兎に角、広い場所を探してからにしましょう。市街地で、ましてや人が密集している住宅街で闘えば、巻き込まない自信はありません」
「あぁわかってる!!」
入り組んだ街のなかを右へ左へ、縦横無尽に駆け回り広い場所を探し回った。
かなり大きい高層ビルの近くを横切った時、レヴィアがいきなり足を止めたので、嵩弥も急ブレーキで制動をかけた。
「どうした?」
先程から変な胸騒ぎがする。本能が反応し、何かを伝えていきているかのような感覚に教われながら、嵩弥はレヴィアにそう言った。
その時だった。
「!?嵩弥様、危ない!!」
「――うぉ!!?」
空から何が降ってきている。それは流れ星のようでいて、だが明らかに違う何かだった。
尾を引くそれは、嵩弥を目掛け無数に飛来する。寸分の狂いも無く。
「流星を打ち落とせ――黒雷!!」
寸でのところで、レヴィアが発生させた黒い雷によって流れ星もどきは全て微塵に砕け、消え去った。反応が遅れていたら嵩弥自身が消し飛んどいたところだろう。
「大丈夫ですか?嵩弥様」
「すまん、俺は大丈夫だ」
格好悪く尻餅を付いて倒れた嵩弥は、差し出されたレヴィアの手を掴んで立ち上がろうとしたとき。
「――レヴィア・エル・マクスウェル、貴様の負けだ」
何処からともなく聞こえた声。
見たのだ。レヴィアの背後で妖しく煌めいた切っ先が、彼女の身体を斜めに切り裂く瞬間を。
――紅い返り血が、ブロンドの髪を濡らす様を。
ほんの一瞬の出来事だった。重力に引かれ、力なく倒れてくるレヴィアの身体を、嵩弥は反射的に受け止めることしか出来なかった。
再び紅に染まった視界に、写る者は――。