54話 現実と理想
――無銘天花。それは雪の全てを賭けた一度限りの絶技。
それを使ってしまえばもう立っていることすら出来ない。
だけど――それでも雪は刀を再び構える。
ロキは未だに健在だ。あの一閃を剣で防いだ。ただ完全に防げてはいない。体は深く斬られ、左腕は無くなっていた。
リーヴスラシルに斬られたものは治らない。だけどロキにとっては片腕があれば十分だ。奴の持っている剣はまだ轟々と燃えている。
対して雪はもう限界だった。剣は構えているものの目の焦点はロキに定まっていない。もうなにも見えていないはずだ。これでもう一度あれをやろうとすればその先にあるのは死だろう。
たった一度に全てを賭ける。もう力など残っていないはずなのにまだ戦おうと構えている。
それを黙って見ているわけにもいかない。
「――雪、もう休んでくれ……」
雪の傍に行き眠りの魔法をかける。
「――あとはおねがい」
雪は微笑みながら願いを託し、倒れた。
それを抱き止め、希美の所に連れていく。
「雪さん……。任せて下さい。雪さんは命に代えても守ります」
頷きで返してから、士希のそばまでテレポートする。
「おい、やめておけ……」
先程まで希美の近くにいてサポートに徹していた士希がロキの前に立って槍を構えている。
その顔に冷静さはない。僕、雪、翼が近接で希美と士希が遠距離。これが最適のはずだ。
そもそもこの戦い方を指示したのは士希だ。いつもなら冷静に考えを巡らせ戦略を練る。
でも、今は明らかに焦っている。ロキに突っ込んでいって刺し違えるつもりなのか。そんなことは無駄だ。刺し違えるつもりならあいつは倒せない。あいつはそんなものすぐに見破っていとも容易く士希を殺すだろう。
「そうか……。お前が全力で俺に挑むというのなら俺も全力で答えよう。せめてもの手向けだ」
ロキは剣を士希に向ける。
「――第一の鍵、開錠」
剣の炎が黒くなる。この黒炎は世界を滅ぼすためのものだ。触れたものすべてを消滅させる、破壊の炎。そこに発展はなく、あるのは滅亡のみ。
神々の中で《終える者》と呼ばれた神がいた。
今、その神がここに君臨する――――。
「あれは、流石にやばいな……」
ここまで来ると理解を超えていて笑うしかない。さすがにこれは僕の手に負えない。
今までも強い奴は沢山いた。でもここまで絶対的ではなかったはずだ。
ここに来てようやく、何を敵にしたのかを理解した。
人でありながら神に挑む。それは、あまりにも無謀であまりにも無意味なことだ。だってそうだろう? 勝てるわけがないんだから。
なぜ今まで僕は恐怖を抱かなかったのか……。いや、全く怖くなかったわけではない。ただすぐに切り替えて恐怖心は消せた。怖いと思うのなんて一瞬でしかなかった。
でも今は怖くて動けない。恐怖心が消えない。
ずっと死を怖いものだとも思わなかった。たぶん、心の中では死というものを恐怖の対象に入れてなかったのだろう。死ぬなら死ぬでいいとすら思っていた。人なんていつか死ぬのだからそれが今日なのかずっと先なのかというだけだ。人間の物語の最後に待つのはハッピーエンドなどではなく、デッドエンドのみ。
だからいつ死んでもよかった。そもそもこんな世界に未練などないはずだった。
「ロキ、これで最後だ……」
士希はもう飛び出す寸前だ。このまま生かせればそれまで……。それで御終い。二度と会うことも――――。
「和真、今までありがとう。僕は楽しかった……。これからのこと、お願い。じゃあ――――さようなら――――」
士希は笑いながら別れを告げた……。
「士希――――」
まだ、恐怖は残っている。怖い、怖い、怖い――そんなの恐いに決まっている。だって死んでしまったら皆と会えなくなってしまう。そんなのは絶対に嫌だ。誰も失いたくない。
だって初めてなんだ……。ずっと欲しくて、でもそんなものこの世界にはないと諦めていた。でも――それを手にしてしまったから――――。
「士希――――お前は世界を守るんだろう? だったらこんなところで死ぬなよ――――」
士希は微笑みながら優しく言う。
「でも、あいつは犠牲なしで勝てるほど甘くない……」
ああ、わかってる。いつもこの世界は犠牲を求める。なにかを捨ててなにかを拾う。それで拾った何かもまた捨てる。捨てなかったら他の物は拾えない。この世界はそんなもんだ。ああ、わかってる。
「――――わかってるよ。――ああ、分かってんだよ! この世界では大切なものを犠牲にして生きていくしかない! でもそれがなんだ! そんな犠牲がなければ成り立たない世界なんて守る価値もない! 無理だとか無意味だとか無価値だとかそんなのは聞き飽きた! やっと手に入れたんだ。それを捨てるなんて絶対に嫌だ!」
――――一瞬。一瞬だけでいい。あいつに隙を作る。
スキエンティア。イメージを形にする力。僕は飛び方のイメージが間違っていた。僕にとって飛ぶイメージなんてものは簡単なはずだ。ずっと思い描いていた。無数の星が輝く夜空の中を自由に翔ぶことを。僕にとって翔ぶということはもっと自由な事のはずだ。ずっと思い描いてきた。空想しろ――――翼を!
「-―――インペリウム」
――星空のような翼を思い切り羽ばたかせる。
例えあいつが《空を旅する者》だろうがあいつには空を歩ける靴があろうが、あいつに翼はない。あいつは空を歩いているだけで翔んでいるわけではない。なら、翔ぶということを分かっていない。
ロキはまっすぐに向かってきて剣を振るう。それを宙返りでギリギリよける。ロキは若干目を大きくしたが、にたりと笑ってすぐに追いかけてくる。奴が近くまで来て剣を再び構える。振りかぶろうとしたところで一気に減速して、奴が抜かした瞬間に一気に加速して背後を取る。
少しだけ笑みがこぼれる。僕の翼にはエンジンもなにもついていない。こんな減速も加速も不可能なはずだ。それができるのはこの翼が僕のイメージで出来ているから。だから少しでも現実的な思考で考えて無理という結論を出してしまえばこの翼は消える。でも、そんなのは杞憂だ。僕が見ているのは現実ではなく理想。だからこの翼は消えない。
すぐ近くまで行くとロキは剣を振り、こちらを見ないで思いっきり加速した。
迫り来る炎を思い切り上昇して避け、そこから一気に下降してロキの後ろを取る。
次の瞬間にはロキが振り返っている。こちらの剣が届く間合いだ。
――故に、次の瞬間で全てが決まる。
あいつが先か、僕が先か。
――――さあ、決着と行こうか。
残る力の全てを使って加速をして思い切り剣を叩きつける。ロキもそれをレーヴァテインで受ける。
炎が全身を包む。だけど士希が障壁を張って炎を防いでくれている。
「あああ、あぁぁぁああああ!!」
――――バキッという音と共にロキの剣が砕ける。
別に奇跡でも何でもなんでもない。ロキはこの剣に障壁を張っている。だから絶対に折れることはない。だけど、この剣は雪の《無銘天花》を受けている。雪の攻撃で受けた損傷は修復不可能。そして僕の剣は触れたもの全てを殺す。ならばこれは必然だ。




