53話 天花
空気が一瞬で凍りつく。
「なら仕方がない……。死ね」
手に持っていた剣を一振りする。
「オーディンがいるのなら六つ位は開けておくか……。――――第四の鍵、開錠」
ガキンという音と共に剣の炎が増大する。
人の作り出したもの。人類の繁栄に必要不可欠だったもの。
それは神から与えられたもの。
太古の時代、生き物は火を恐れた。それは無慈悲に命を奪っていった。
だが、人はそれを扱うようになり恐れなくなった。ただの道具として扱うようになった。
だが忘れてはいけない。人は扱うようになったが、完璧には扱えるようになってはいない。
炎は始まりにして終わりである。
「さあ――人よ、この世界の支配者よ、全霊を賭して世界を守れ」
あまりの炎の強さに視界がくらむ。熱い。炎には触れていないのに全身が焼かれているかのようだ。
一瞬でも気を抜けば意識が持っていかれる。
「アストラ!」
士希が槍を一振りすると数十もの巨大な魔法陣が現れる。そして、そこから一斉に星がロキに向かって放たれていく。
何百もの星屑は轟音を響かせながら爆ぜていく。
そこでふと我に返り、剣を構える。
多分あれでやられるような奴ではない、すぐに襲いかかってくる。
いつでも行けるように構えていると突然、笛の音が聞こえてきた。
その音は希美の武器、ギャランホルンによるものだった。青い模様があしらわれた角笛、その音色は様々な状態を付与できる。
防御力の向上、攻撃力の向上、速度の向上。さらに、温度の調整。やっとまともに息ができる。それに加えて力の供給もある。これならインペリウムをいつもより長く使えるはずだ。
「インペリウム!」
雪と翼も使ったらしく、髪と目の色が変わる。
「炎よ全てを焼き尽くせ」
ロキの居た場所が爆発して、士希の魔法陣を全てかき消した。
力量が違いすぎる。僕達があんなことをやれば一度で力尽きる。
だからと言ってこのまま何もしなければこっちの力が尽きて終わりだ。
思いっきり地面を蹴ってロキの目の前まで一瞬で到達する。そして思いっきり剣を叩き込む。
だが当たらないことは百も承知。
だがこちらに気を取られている間に翼が後ろから攻撃をする。
「まずは一人か……」
ロキはいつの間にか僕の目の前から消えていて、翼の後ろに立っていた。
もはや避けることは叶わない。ロキの持っていた剣が翼に向かって振り下ろされる。
「…………」
――だが翼にその剣が届くことはなかった。
ロキは瞬時に状況を理解して距離を取ろうとするが遅い。
「はあっ!」
一瞬の隙をついて雪が剣を叩きつける。
「チッ――」
だが驚異的な速度で剣を切り返し防ぐ。
ロキの反応速度が思った以上に早い。今の一撃は確実に取ったと思った。
翼のインペリウムの能力。身体能力の向上、そして傷がつかなくなる――言わば無敵状態の付与。
さらに雪の剣を繰り出す速さ。
これを活かしての攻撃だった。少しだけ翼の攻撃を早め、翼を狙わせる。だがロキがこの罠に引っかかる可能性は低かった。だから希美の能力で雪には気配の遮断、透明化を付与していた。さらに雪の姿を完全にコピーしたものを魔法で士希が雪の元居た場所に作っておいた。
こちらの考えを読んでいたのか、直感で感じ取ったのかは分からない。だが、この手はもう通じないことは確かだ。ロキは警戒心を上げるだろう。
正直、絶望的だった。ロキは恐らくまだ力を隠している。それがどの位なのかは分からないが、こちらにはもう時間がない。インペリウムを使っていられるのもあと少しだろう。ならば後先考えずに突っ込むしか――いや、それこそ終わりだ。
――どうしたものかと考えていると、周りが急激に冷えていくのを感じた。
炎があれだけ燃え盛っているのに寒いはずはない。それなのに冷たいと感じる。温度調節の魔法が掛かっていなかったら凍っているのではないだろうか。
隣を見ると、雪が腰を落とし前のめりになりながらロキを見据えていた。抜刀の構え。
轟々と猛る炎が遠くに感じる。いや、もはや切り離された別の世界の出来事にすら思える。
雪が降っている日のような静けさ。夢を見ているかのような現実味のない感覚。研ぎ澄まされていながらあまりにも自然。あまりにも自然な為、それが構えだと理解するのに時間がかかった。研ぎ澄まされた刀は優しく眠りに誘うかのような輝きを放つ。その誘いはとても心地の良いものだろう。だが一度眠れば、二度と覚めることはないだろう。
時間が凍る。自然によって作られた氷彫刻。完璧でありながら次の瞬間には消えるような儚さ。矛盾している。だがそんな矛盾等どうでもいい。
これは刹那の幻想。
「――――天の花はここに咲く。一時の間に消える無二の花。――――紫電一閃」
刀が一瞬だけ光る。
「――無銘天花」




