51話 プレゼント
――翼の話を聞いてから既に一週間近く経っていた。
あれから互のことを喋り、そのあとはただ眠った。翼は次の日も特に何かを気にしている様子はなかった。本人の中では決着がついていることなのだろう。
ただ訓練に明け暮れる日々だった。僕は何かが変わったかと言うとそうでもない。飛ぶということを意識してもあまりしっくりこない。
とにかく考えていても仕方がないのでトレーニングルームに向かう。
「あれ和真君こんなところでどうしたの?」
後ろから声がかけられる。
そこで思い出した。今日からはロキとの戦いに備えるために休みになったのだった。
だから皆でどこかに行こうと思ったのだが……。まあ、結果から言うと無理だった。希美と翼は神の世界で得た情報を士希に報告。士希はそこから作戦を立てるために缶詰。
ということで結局暇になってしまったわけだ。訓練をしようにも、力が減っている時にロキが来たら目も当てられない。
「いや、訓練がなくなったの忘れてた……」
さてこれからどうしたものか……。
………………。
あ、そうだ――。
「なあ、これから暇だったりするか?」
雪はコテンと首を倒した後すぐ何かに気づいたらしく、ぐいと顔を近づけてきて元気よく答える。
「暇だよ! どこかに遊びに行こ!」
珍しくテンションの高い雪。
でも誘っておいてなんだけど特に行く場所を決めていなかった。はてどうしたものか……。
うん、まあとりあえず買いたいものがあるからまずはそれを買って、それが終わってからどこいくか考えよう。
というわけでショッピングモールに来たわけだが……。人が多い。もう人が多いと気持ち悪くなってくる。
「なんか買いたいものがあるんだっけ?」
雪が周りを見渡しながら聞いてくる。多分こういう所に来たことがあまりないのだろう。
「ああ、うん。雪にも選ぶの手伝って欲しくて」
白いワンピースとハンドバッグに水色のサンダルとカーディガン。僕はお洒落に興味がないからわからないけど、とりあえず可愛いと思います。
まあ眼福なのはたしかで嬉しいのだが、周りの視線がうっとおしい。
遠慮も何もあったものじゃない。そして当の本人は全く気が付いてない。気づいて下さい! というか危機感を持って!
とにかくここを移動しよう。
「えーとさ、翼になにか渡そうと思うんだけど何がいいかな?」
まあ、訓練のお礼ということでなにかを渡そうと思っていたのだが、何をあげたらいいのか全く分からない。女の子って何が欲しいものなの?
「うーん、ヘアピンとかどうかな? 前に前髪が邪魔だなーって言ってたし」
「なるほど」
じゃあ、ヘアピンにしよう。贈り物とかは慣れてないからどういうものを買えばいいかは分からないけどヘアピンならあっても困らないだろうしな。
とりあえずこのショピングモールで一番大きいレディースの店がすぐ近くにあったのでそこに入っていく。
中には服やら靴やら雑貨やらなんでもあった。でもね、男の居場所はないの。周りの視線が痛い。当然といえば当然だ。ここは女の人に対する店であって、男がいるのは不自然だ。それでも周りの人がすぐに僕から興味を失うのは近くに雪がいるからだろう。まあ、中には冷たい視線を送ってくる人もいるのだが、それは雪に僕が相応しくないとかそういう気持ちが出ているだけだろう。うん、はい。
「さて、どうしたものか……」
ヘアピンといっても沢山ある。こういうのってどう選ぶものなのだろうか?
「決まった?」
しばらく黙り込んでいると雪が顔を覗き好んできた。
「うーん、まだ決めあぐねてる。どんなのがいいのかな?」
それを聞くと顎に人差し指を当てて少し考えたあと手を小さくパンと合わせる。
「じゃあ、いっせーのーせで指差して? じゃあ行くよ。いっせーのーせ!」
僕と雪が指さしたヘアピンは同じだった。
「うん。私もこれがいいと思う。贈り物って気持ちが大切だし、これがいいんじゃないかな?」
あの後少し遊んで、とりあえず報告は終わったであろう時間になったので帰ってきた。
「あ、いた。翼ー!」
図書室で翼は本を読んでいた。ここには普通の本も置いてあって、僕も興味を引かれるものはあるので今度読もうと思っている。でも、ここの本ってどこから手に入れたんだろう……。士希かな? 士希だな……。
「なにを読んでたの?」
雪がひょこっと翼を覗き込む。
「ん? 写真集だよ。この写真集好きなんだー」
翼が読んでいたのは世界各国の星空を撮った写真集だった。
なんだか昔を思い出す……。小さい頃は空が大好きだった……。空を自由に飛びまわることを夢見てたな……。
「そういえば私のこと探してたみたいだったけど、どうしたの?」
ああそうだ、翼を探してたんだった。
「ああそう、よかったらこれから一緒に夕飯食べない?」
とりあえずプレゼントを渡そうにもタイミングが分からないので食後に渡すことになったのだが、誘うとなると緊張はしてしまう。
「食べる食べる!」
「じゃあ、僕の部屋に行こう」
翼と雪を引き連れ僕の部屋へ――といっても物はあんまりないんだけど。
あるものといえば元から部屋に有ったものと、着るものが数着と、ゲーム、本が数冊、あとは今日買った食材だ。まあ、椅子とかは足りなかったらテーブルを小さくして床に座って食うか、椅子を作ってしまえばいい。もしかしてものが少ないのってなかったら作れば済むからなんじゃ……。
「えーと、じゃあ私が作るから二人はゆっくりしてて」
部屋に着くと雪はすぐに台所に立って料理を始めた。
ごめんなさい。提案したのは僕なのに作ってもらうとは……。今度お礼をしよう。
横を見ると翼が目を閉じて鼻歌を歌っている。どこか遠い場所を思い浮かべる歌だ。僕も少しの間目を閉じてその歌に耳を傾ける。聞いたこともない歌のはずなのに、どこか懐かしく感じている。
ちらっと後ろを見てみると雪が包丁を持って、野菜を切っていた。タンタンという音と鍋のコトコトという音が歌と混じって心地のいい眠気が訪れる。
「よし、出来たよ」
雪が野菜などが盛り付けられた皿をテーブルに置く。台所を見るとまだ皿が沢山あったので、立ち上がり台所へ向かう。さすがに、全部任せっきりじゃ悪いしね。
「あ、私も手伝う!」
翼も立ち上がりトテトテと追いかけてくる。
ご飯も食べ終わり、片付けも終わった。だとすれば残るはプレゼントを渡すことだ。……渡すことなんだが、なかなか勇気が出ない。今はなんとか雪が翼と話して時間を保たせてくる。本当にすみません。時々、ちらっと雪がこっちを見てくる。その視線に全く非難の色がないのが逆に苦しい。
少し息を吸って、呼吸を整えてから立ち上がり、棚の中から小さい箱を取り出す。
翼は首を傾げてこちらを見ている。目を合わせると喋れなくなりそうなので視線を逸らしながら元の位置に座る。
「え、えーと……。こ、これ、えっと訓練のお礼ということで受け取って欲しいんだ。僕と雪からです」
緊張のあまりに、声が上ずってしまった。
「私に? あけてもいいかな?」
頷くと、翼は箱を開けて中にあったヘアピンを取り出した。
「綺麗……。星空みたい……」
ヘアピンは星空をイメージして作られたものだった。
「二人共、ありがとう!」
翼はへアピピンをつけると顔を綻ばさせて、本当に嬉しそうに言った。
あの後、しばらく喋っていると翼が眠りそうになっていたのでお開きにしようとしたら、翼が今日は三人で寝ようと言い出した。で、眠かった僕は判断力が著しく低下していたらしく承諾してしまった。
三人そろってベッドの中にいるんだけど僕だけが寝れないでいた。ていうか二人の寝息が聞こえてきて眠気も吹き飛んでしまった。
ふー、と息を吐き出して横を見ると翼と雪が幸せそうな顔で眠っていた。その顔を見ていたら緊張しているのがバカらしくなってしまった。目を瞑り、しばらくすると心地いい眠気に包まれる。
ここ最近は楽しいことが沢山あった。でも、こういうのんびりとした時間はあまりなかった。当たり前の暮らし。沢山遊んで、帰ってご飯を食べて、それでベッドの中で眠る。
当たり前の前のこと、当たり前の日常。でも、そういうものが大切なもののはずだ。
いや、最近ではあの忙しさも当たり前の日常なんだ。
でも、そんな日常でさえいつかは終わりを迎える。終わりのないものなんてこの世界には存在しない。
だからこそ今のこの時を大切にしよう。きっとこの時間は夢だ。すぐに朝が来て、夢から覚めてしまうんだろう。夢とはそういうものだ。だからこそ――――。
だんだんと、意識が遠のいていく。
今だけはこの夢に溺れよう。




