42話 帰宅
僕は気恥ずかしくなってココアを一口飲む。
それからはなんということはない話しをしながら残っているものを食べていく。
そして残りはココアとアップルパイのみになってしまった。それを食べながらふとこれからのことを思う。
なんと言われるだろうか。多分、あの人たちは気にもとめないだろう。僕が居ようが居まいが関係ない。だが、機嫌が悪かった場合はダメだと言われるかもしれない。機嫌が悪いとすぐに僕に八つ当たりするから嫌になる。
まあ、今はこの幸せに浸かろう。この温かさは心地が良い。今、十分に温まっておけばこれからが寒くても大丈夫だ。
コトリとカップを置き、手を合わせる。
「「ご馳走さまでした」」
本来、食事を作った人はここで「お粗末さまでした」というのが正解だ。しかし雪はそれは食材に悪いからと言い、その言葉は口にしない。だから自分で作っていても食材に感謝を込めてご馳走様という。些細なことかもしれないけどこういうのは大切だと思う。そんな雪が作ったものだから僕も美味しく食べられる。家では食べるのは好きではないけど、こういうふうに食べるのはとても好きだ。
まあ……要するに食べ過ぎて動けないです。やばい、動いたらダメなパターンだこれ。
「じゃあ、片付けるね。和真君はゆっくりしてて」
雪は直ぐに立ち上がり皿を片付け始める。これはまずい。ただご馳走になって、何もしないというのは心が痛い。
「いや、片付けは僕にやらせてよ」
なんとか立ち上がり一言だけ言う。少し楽になったし大丈夫だろう。まあ、雪は絶対に僕一人ではやらせてくれないのだが。
「えと、じゃあ二人でやろ?」
まあ、こうなるな。
しょうがないからそれに頷き、二人で片付け始める。
とりあえずこれが終わったら家に行き速攻終わらせて帰ってこよう。
重い足をなんとか前に出して歩き出す。
ジリジリと日が肌を焼く。セミは騒がしく鳴き、夏を実感させる。
しばらく歩き家の前に立つとやはり緊張する。
扉を開け中に入る。リビングから話し声がするのでそこに居るのだろう。
リビングに入るとひんやりとエアコンの風が当たる。そして家族の目が一斉に僕へと向く。
「あなた、昨日どこにいたの?」
母さんが冷ややかな目を僕に向ける。それを真っ直ぐに受け止めはっきりと要件を伝える。
「昨日は友達の家にいた。今日からしばらくその家に泊まるからそれを言いに来ただけ」
出来るだけ冷静に言おうとしたが棘のある言い方になってしまった。
それに対して母さんがわざとらしくため息をする。
「勝手になさい。もう知りませ――」
「ふざけるな! お前ごときになんでそんな言い方をされなきゃならん! 泊まるのはなしだ!」
くそっ、せっかく母さんが許可を出そうとしたのに父さんがダメだった。
言い返したいのは山々だがここは堪える。
「もしそこに泊まるならもうこの家には帰ってこさせないからな!」
そして父さんはミスを犯した。普通はこれを言われたら大人しく家に居るのだろうが、僕はそうならない。
「分かった。もう帰ってこないよ」
それだけ言うと背を向けて歩き出す。許可は取れた。父さんは予想外の返しに何も言えないでいる。
僕は急いで家から出る。扉が閉まるときに少しだけ父さんの姿が見えた。
僕は出来る限り速く走りユグドラシルを目指す。
なんだか頭の中がスッキリしていた。やっと解放される。帰るとしてもそれはしばらく後だ。これからは楽しく暮らせる。やっとだ。やっと解放されたんだ。
ユグドラシルに着く頃には息も上がっていたが全然気にならなかった。
「あ、おかえり!」
エレベーターから出ると直ぐに雪が駆け寄って来た。そして士希も歩いてこちらに来る。
「おかえり、どうだった?」
「ただいま。大丈夫、許可は取れたよ。まあ、家に帰らせてもらえないらしいけど」
「それは大丈夫なのか?」
士希が心配そうな顔をするが、そんな心配することじゃない。
「大丈夫だよ。まあ、不安なのは生活用品くらいかな。財布忘れた」
そう言うと士希は首をかしげる。あれ、なんかおかしいなこと言った?
「和真、もう給料全部使ったのか?」
「給料?」
何それ初耳。うん、初耳なんだけどなんか聞いたことある気がする。なんでだろ? 忘れていただけだからです。
「一番最初に言ったはずだけど……忘れてた?」
「ごめん、あの時は色々考えてて完全に忘れてた」
そうだ、初めてここに来た時にアンノウンとかの説明が終わった後に聞かされたな。
確か、ユグドラシル専用のATMみたいなのがあるんだった。そこで自分の魔力を機械に少し注ぐと誰か確認して自分の口座が使えるようになるんだったはずだ。
とりあえず士希に、だったよね? と確認する。
「そうだよ。まだ使ったことないなら2000万円はあるよ」
「え、そんなに?」
「うん、一月1000万円で五月からだからね。支払いは月末だからもうすぐ今月分が入るよ。」
そういえば国際組織ってことを忘れてた……。
「本当はもう少し給料を増やしてほしいんだけどこれ以上は無理って言われちゃってね。ごめんね」
「いえ十分です。ありがとうございます」
これで遊んで暮らせる。もう何も怖くない。




