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この世界で願いのために戦う僕の物語  作者: KOKOA
第六章 絶対者《ストゥルティ》
38/66

37話 間違った生き物なりに

 どんな生物でも命がある。そして命の重さは等しく重たいはずなのだ。だがどんな生き物でも生きるためには他の生物を殺さなくてはならない。

 この時点で生きるということは間違いを犯すということになるだろう。

 

 だが人間の場合、生きるため以外にも命を奪っているのではないだろうか?

 例えば虫がいるとしよう。放っておいても命に関わるようなことはない。でも邪魔だからと殺すのではないか?

 他にも人間は命を奪っている。

 例えば家畜。この動物たちは人間が人間のために作り出したものだ。育て、売る。また育てて売る。まるでモノのように。動物の一生を人間が利益の為に操作するのだ。

 命を奪う他にもやっていることは色々ある。

 例えば動物園やペット。動物達は一生を管理され、場合によっては殺される。人間は娯楽のために扱われるのだ。

 人間は生き物としても間違っているのだ。


 だったらこれ以上間違わないように、人間として間違わないようにするべきではないのか?

 僕は少なくとも間違わないようにしたい。

  

 じゃあ人間と他の生きものとの違いは何か。理性があるところだ。それは人間の武器だ。

 それがあれば考え、感情を抑えることが出来る。そしてそれは自分が成長することで操れるようになる。

 

 でも操れていないやつが多すぎる。

 自分のために他人に迷惑をかける。そしてそれを当たり前のことのようにやり、悪いことだとも思わない。自分が正しいと思い込み考えない。感情に流される。そこには正当な理由はあるのか? あるのはエゴじゃないのか?

 相手は同じ人間だ、なぜ同じ生きものに迷惑をかける? 他の生き物に迷惑をかけまくってんだから同じ生きものには迷惑をかけないようにしろよ。

 それに言葉があるのだから意思の疎通も可能だ。それなのに感情に流され考えることを放棄する。

 人間としては間違えないようにするべきだろ。

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