32話 成長
微かに香るシャンプーの香り。意識しないように雪とは反対方向を向いて目を閉じる。
能力を使って寝てしまおうと思った時。背中に雪の手が優しく触れる。
「あの……今日は私が歩きたいなんて言ったばっかりに迷惑をかけてごめんなさい……」
「別に雪が悪いわけじゃないよ。あんなことになるなんて誰も思わないだろ?」
「ありがとう……。でもまた何も出来なかった。あの時と同じでただ見ているしかできなかった……」
雪の声は震えていて、今にも泣き出してしまいそうだった。
「あんまり自分を責めるな……。僕も最初は何も出来なくて雪に助けてもらってばっかだったし」
少し考えたあとアハハ、と笑って言う。そして一拍置いてからまた話し出す。
「でもさ、僕も最近は少しだけど戦えるようになった。人は成長できるんだよ。だから僕が雪にして貰ったように、雪が成長出来るよう僕に助けさせてくれ」
「ありがとう…………」
今まで我慢してたのだろう。後ろから小さく泣き声がする。
それから数分もすると泣き声は穏やかな寝息に変わった。
きっと雪は色々なことを我慢しているのだろう。それは普段からだと思う。色んなことを我慢して、抱えて、一人で頑張ってきた。
きっと一人で何かをするということはとても素晴らしいことなんだと思う。だから僕も昔は何でも一人でやろうとした。でも雪と士希に出会って誰かに助けてもらうことは間違っていないのかもしれない、と思うようになっていた。
僕は雪と士希に出会って変わった。だから、雪のことを助けたい。
さて、僕も寝るかな。
「和真君、起きて~。和真君、朝だよ~」
頭が少しずつ冴えていく。
目をゆっくり開けると、雪が僕の顔を覗くような大勢で座っていた。
「ッ――!」
ガバッと起き上がり周りを見回す。
ああ、そうか。昨日ユグドラシルに泊まったのをすっかり忘れていた。
「支度が終わったら会議室まで来てくれって士希君が言ってたよ」
「ああ、分かった、すぐ行く」
「じゃあ、また後でね」
雪が部屋から出ていくのを見送る。その後、洗面所へと向かい、歯磨きと洗顔を済ませる。
一応服も綺麗にし会議室へと向かう。
「おう、来たか」
会議室へ入ると既に士希と雪がいた。
「悪い待たせた」
「大丈夫。まあ、とりあえず話を始めさせてもらう。今回は吉良についてだ。あいつは危険すぎる。今回はこっちから攻めて、あいつを倒す。危険だが、野放しにしておくわけにはいかない」
士希は間を置いて再び話始める。
「恐らくあいつは二人を殺すために探しているはずだ。だから、まず、こちらで探索機などを使って吉良のいるおおよその位置を把握する。その後、二人にはその場所へテレポートしてもらい吉良が出てくるよう人気のない路地に行ってもらう。そして、吉良が出て来たのを確認し次第ユグドラシルの結界を手動で展開する。あとは普段と同じだ。頼んだぞ、和真、雪」
会議が終わり、指令室で情報を待っているとコンソールを使っていた一人の男性が士希の方を向き声を上げる。
「指令、目標を発見しました。モニターに映します」
士希が頷くと同時に中央のモニターが吉良の現在地を示す。
「二人共、向かってくれ!」
僕達は頷きテレポートする。
目を開けるとそこは僕の家の近くにある人気のない路地だった。
僕達は出来るだけ普段通りに歩く。
数分歩きその路地を出ようとした所で声がかけられた。
「昨日は逃しましたけど~今回は逃がしませんよ?」
振り向くとそこには吉良が黒いローブを身にまとい立っていた。
「やっと現れたか、吉良」
僕が声をかけると吉良の眉は少し釣り上げられた。恐らく不自然に思っているのだろう。
「私が来ると予想してわざとこんな道に来たんですか?」
「じゃなきゃこんな所に来るわけないだろ?」
「それもそうですね。まあ、殺してしまえば問題ないんで、いいんですけど」
吉良はそう言うとタナトスを顕現させる。
だが吉良の眉は釣り上がったままだ。
それもそうだろう。なにせ何一つ動いていないんだから。
「吉良、お前も能力が使えるならこの状態は知っているはずだ」
「ユグドラシルの結界……」
「そういうこと」
僕はそれだけ言うと口を閉じてリーヴを顕現させ斬りかかる。それを吉良はいとも容易く避ける。
だがそこに雪の剣が振り下ろされる。
「はぁ!」
「あら、白金さん。昨日みたいに震えててもいいんですよ?」
しかし、それすらも容易く避け雪の腹に蹴りを入れる。
雪は苦悶の表情を浮かべるもそのまま回し蹴りを繰り出す。
「当たりませんよ。あなたのような弱い人間の攻撃なんて」
だが雪は諦めない。何度も何度も攻撃を仕掛ける。しかしそれらは全て躱され逆に攻撃を受ける。
「雪! 一旦下がれ!」
だが、雪はなおも攻撃を仕掛ける。恐らく聞こえてないのだろう。
雪はもう肩で息をしていた。それもそうだ、一回の攻撃に力を普段の三倍近く使っているんだから。そこからも、雪が平静ではないとわかる。
何度目かもわからない攻撃を吉良は少しずれるだけでよけて、つまらなそうな表情を作り鎌を振り下ろす。
「しつこいです。死になさい」




