1話 ユグドラシル
朝、顔を洗いふと顔を上げると眉まで伸びた真っ黒な髪に、同じく黒い目をした線の細い少年がこちらを見ていた。まあ、鏡に映った僕なんだけどね……。
目が死んでるせいなのか高校に入ってもう一ヶ月近く経つのに友達と呼べる人が一人もいない。
憂鬱な気分のまま歩いていると僕の通う、私立由不高等学校が見えてくる。周りには紺色のブレザーとズボンの男子生徒や紺色のブレザーとスカートの女子生徒が歩いていた。なぜか数人走っていたが。なんで朝ってようもないのに走ってる奴いるんだろうな。
学校につき机で寝てると教師が入ってきてHRが始まった。これから六時間耐えねばならない……。
だがボッチは時間を潰すのが上手いのだ! 授業が始まると同時、妄想を開始する。
それを繰り返すこと六回。授業も終わり放課後になったのですぐ帰る支度をする。
席を立つと、僕と同じくらいの背丈をした少し茶色っぽい髪と目の女の子のような顔をした男の子が話しかけてきた。確か名前は知与川士希だったはずだ。
「天野和真君だよね?」
「そうだけど何か?」
「うん、ちょっと付き合ってもらっていい?」
愛の告白か? 違うよね知ってました。
「どこにだ?」
「う~ん。とりあえず付いてきてもらえないかな?」
めんどくせぇ。でもこういうのって断っても明日とかになれば同じことを聞かれるんだよな~。
少し考えたあと、今付いていった方が楽だと判断し、首肯する。
校外に出てしばし無言で歩く。
「あの……」
声を恐る恐るかける。
「ん? なに?」
「どこに行くんだ?」
「付くまで秘密だよ」
それからまた無言で歩く。
「ここだよ。ついてきて」
言われるがままについていき古びた建物の中に入る。すると知与川はポツンと一つだけあるエレベーターの中に入っていった。僕もそれに続く。
扉が開くとSF映画なんかに出てきそうなモニターや椅子がたくさんある場所だった。てかなにここ?
そこには紺色の軍服のような服を着た人がたくさんいてコンソールをカタカタと操作している。
知与川に視線を向けると、奥にある扉へつれていかれ、しばらく歩いたあと少し小さい部屋に入れられる。
中にあった椅子に座り息を吐いた後口を開く。
「えーと、ここは何?」
「ここ? ここは公開はされてないけど一応国際組織だよ」と軽く言ってくる。
「ごめん、混乱してるのかも一から説明してもらえる?」
「まず国際組織だというのは本当だよ。で、ここは【ユグドラシル】といって《アンノウン》と言われる生物と戦う組織だよ。最後に天野を連れてきた理由だけどアンノウンと戦う上で君が必要になったからだよ――」
――僕が必要? 何言ってんの? こいつ。
「まあ信じられないのも無理はないよね」
「当たり前だろ」
「まあ、力を貸してほしいと頼んでるのははこっちだからきちんと報酬も用意するよ」
こいつ本当に何なんだ? とりあえずこうしても仕方がないので百歩譲って知与川が言っていることが正しい前提で話を進める。
「じゃあ知与川の言ってることが本当だとしてアンノウンて何なんだ? それとなんで僕なんだ?」
「長くなるけどいい?」
頷くと知与川は喋りだした――。
知与川が喋り始めてから一時間が経過した……。
「――というわけ」
知与川の話が終わる頃にはもう疲れきっていた。
確かに長くなるとは言われた、言われたが一時間はないだろ……。
とりあえず知与川の話を細かいところを省いたりしてまとめてみると、アンノウンとは地球に一六年前、姿を現した未知の生命体のことを言い、その力は圧倒的で物理法則を無視する。そんな力を持った奴らが来ているのに被害が一切ない理由はアンノウンの出現とともに空間と時間が保存され物を壊しても、人が死んでも、アンノウンさえ倒せれば全て元に戻るかららしい。
しかし例外もありアンノウンに対抗する力を持つ者は死んでも元には戻らないらしい。「らしい」ばっかでごめんね!だって分かんないんだもん!
次に僕が必要となった理由は、最近アンノウンの出現率が高くなり人が必要になったのと、アンノウンに対抗する力を持つ数少ない人間だから。
もし知与川の言っていることが本当なら、世界を守る力が足りないから、力となり死ねということなのだろう……。
と、ひとり暗くなっていると、知与川は話をやめ別室に僕を連れて行った。
そこにはひとりの少女がいた。僕より少し小さい背丈、腰まで届く綺麗な黒髪、髪と同じ色をした優しそうな瞳、色白で綺麗な肌。異常なくらい美しいのに少女には目をそらした瞬間消えてしまいそうな儚さがあった。
僕はこの少女を知っている。喋ったことはないが同じクラスの白金雪だ。
「こんにちは、天野君」
「こ、こんにちは」
いきなり話しかけられて「こ」を二回いってしまった。
「とりあえず天野には信じてもらうために証拠を見せるよ。雪よろしく」
そう言うと今度は僕に向き直り――
「これがアンノウンに対抗するための力だよ」
と言ってくる。
僕が白金さんの方を見ると白金さんが淡い光に包まれ床から三〇cmぐらいのところに浮いた。何かの比喩とかでなく普通に浮いた。浮いてるのが普通かは知らんが。
最初はマジックかもしれないとか色々考えたがその後に「マジックじゃないよ」とか、考えてることをことごとく当てられたので考えるのをやめて無心になることにした。
「どう? 信じてくれた?」
と知与川が聞いてきたので仕方なく頷く。
「わかったよ、手伝うよ」
そう答えると千与川は少し微笑んだ後すぐに真剣な顔つきになって口を開いた。
「ありがとう、でもこれはさっきも言った通り死ぬかも知れないんだ。それでもやってくれるか?」
そう言われ、すぐに頷く。
「ありがとう、君を頼って良かった。」
はっきり言って自分の命なんてどうでもよかった。世界のことなんてどうでもよかった。ただ少しでもこの退屈な世界が面白くなればと思って頷いたのだ。