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それからハルくんと水族館を満喫した。
アシカショーを見て、笑って。イルカショーに手を叩いて。
お昼は海浜公園のカフェで軽く済ませ、海沿いのプロムナードを歩いた。
「けっこう、傷心だったりした?」
私が隣でハルくんを見上げると、
「うん。でも、おかげさまで癒された」
ハルくんは、風に吹かれながら真昼の海を見ていた。
「なら、いっか」
初めてのデートが、大好きな人と、なのに。なんだか少し、ほろ苦くても。
私と過ごしてくれて、それがハルくんに穏やかな時間をあげられたなら。
秋も、もう、終わる。澄み切って晴れ渡った空を映して、海もどこまでも青い。
「……そうやって、なんか許してくれそうな気がしたんだよね」
ハルくんは、小声でつぶやいた。
「俺、ずるいから」
好きじゃなくても、付き合っていたひとと別れたら、きっと胸には穴が開く。どんな経緯があったのかわからないけど、サークル内までゴタゴタしたら、なおさらだろう。
ハルくんは、決して傷つかないひとじゃない。
「付き合ってるからって、好きだとか、好きになれるとか、限らないよね」
気持ちを声に出してみる。
ハルくんが、じっと私を見つめる。
「美緒って、免疫なさそうなのに、しなやかだね」
「……どういう意味?」
「んー、そのまんま」
ハルくんは、きゅっと唇の端を上げて言った。
「最初は、話すだけでも妙に緊張してるし。手をつないだくらいで、真っ赤になって。でも、なんか、しゃんとしてて、格好いい」
「……かっこいいのは、ハルくんのほうでしょ」
「うん。でも、いいことばっかりじゃないけどね」
ハルくんは、自分の容姿がいいことをちゃんとわかってる。それでも嫌味がない。
「かっこいいのも、大変だね」
私がそう言うと、ハルくんは、鮮やかに笑った。
ハルくんの笑顔は、海の青よりまぶしくて。また、とくんと、想いが胸に降り積もる。
「みーお、昨日はどうだったー?」
いつものメンバーが顔をそろえてのランチタイム。そろそろ肌寒くなってきたので、今日は、学食の中。
千裕とさっちーに、講義室からハルくんに連れていかれたと聞いて、明日菜は話を聞きたくてウズウズしていたようで。
もちろん、現場を見ていた千裕とさっちーも、目が興味深々。ドイツ語のノートまで保証して送り出してくれたんだから、聞く権利は十分だ。
「ハルくんは、ちょっと癒されたかったみたい」
私はそう言って、ハルくんとの間に進展があったわけじゃないことを伝えた。
「癒されたい?」
「イケメンなりに苦労が多いんじゃない?」
私は出来るだけ軽く言った。
「だから、当たり障りのなさそうなとこで、私、だったのかな、って感じ」
軽めに聞こえるように気をつけたのに、やっぱりさっちーが怒り出した。
「それって、美緒がいいように利用されてない?」
「利用って。あくまで、恩返しってハルくんが」
できれば、そういう風に思いたくないし。
「でも」
食い下がるさっちーに、
「美緒がそう言うんなら、いいんじゃない?」
と、千裕がいなした。
「それで、美緒が納得できるなら」
千裕は繰り返した。
……納得って。そんなの、できるわけないのに。でも。
私に向いてないハルくんの気持ちを、すぐにどうにかできるわけもなく。
「どうしようもないじゃない」
ぼそりと吐き捨てるように、私は言った。心配してくれてる友達にたいして、失礼な言い方だったかもしれないけど。
「美緒……ごめん、泣かないでよ」
「泣いてないよ」
うつむいて、冷めてしまった食後のカフェオレを意味もなくスプーンでかき混ぜた。
「みおー」
うん、大丈夫。大きく息をして。顔を上げて、
「でも、昨日は、すごく楽しかった。水族館に行って、海浜公園を歩いて」
私は、幸せだったことを報告する。
「うわ、すごいベタ」
「カンペキ、デートコース」
さっちーと明日菜が次々に言う。
「初心者の美緒を思いっきり意識した選択だね」
「違うよ。ハルくんが行きたいとこに行くって」
「あー、はいはい」
「やっぱり、藤崎くんは、美緒には荷が重そう……」
そんなの、わかってる。だけど、好きになってしまったら、もう仕方ないじゃない?
「まあ、恋なんてバランス考えてちゃできないよね……」
「うん、まあ、がんばれ」
「なんかあったら、聞くし?」
最終的には、三人に口々に励まされたのだった。




