14
「なに、してんの」
上から降ってくるハルくんの声がいつもより低い。
怒ってる……?
「こんなとこで、一人で。何かあったら、どうする気?」
「……ごめんなさい。でも」
ハルくんが、目の前にいる。来てくれた。それだけで、もう……。
ほんとに、もう、いっぱいいっぱいで。
張りつめてたものが切れてしまって。泣きそう。
「場所、変えよっか」
ふう、と大きくため息をついてハルくんは言い、私の手を取って歩き出した。
こんなふうに、来てくれて。手をつないだり、するから。
だから……。
駅近くのカフェに落ち着き、向かい合って座った。
「俺が、来れなかったらどうするつもり?」
ハルくんの口調は堅い。
「でも、ハルくん来てくれたし」
「バイト、入ってたし。メールから、ずいぶん経ってたから、もういないだろうって思ってたのに」
それでも、無駄足になるかもしれないのに、来てくれた。
やっぱり、ハルくん、だから。
「もうちょっとだけ、って思って」
「……勘弁して。なんで急に」
「だって、下手したら、もう、春まで会えないから、だから」
会いたくて。
「俺も、その方がいいかなって、講義抜けてたのに?」
え?
「それ……ハルくん、わざと?」
ハルくんは、答えない。
答えないってことは、意図的だったってことだ。
なに、それ?
忘れさせようとか、そういうの?
「どうして?」
「やめといたほうが、いいかなって」
「だから、どうして?」
「彼女いるし」
「そんなの……知ってる」
「彼女から奪うとか、美緒は、そういうタイプじゃないくせに」
そう言って、ハルくんが少し笑う。嫌な笑い方。
タイプとか、そういうの、違うのに。奪うとか、そういうことじゃなくて……。
「美緒は、どうしたいの?」
なんでこんな風に、ハルくんは私を追い詰めようとするんだろう?
「彼女いても、いい? 俺と、付き合う? 付き合っても、好きになれなくても、いい?」
追い打ちをかけるように一気にハルくんは言った。
……違う。違うのに、言葉にならない。
私は、馬鹿みたいに頭をぶんぶん振った。
「やめよう、美緒」
ハルくんは、今度は優しく言う。
「俺、芹と明日から出かけるし。今度は、今までより上手くいきそうだから」
だから、ごめん、あきらめて、と。
泣かないように、泣かないように、せき止めて。
必死に耐えて。
「ハルくん」
「ん?」
なんでそんなに甘く、私を促すかな。
「好きになろうと思って、好きになれないのと同じで。好きでいるのをやめようと思って、やめられたりできない」
……できたら、いいのにね。
ハルくんは、また駅まで私を送ってくれた。わざわざ同じホームにまで来てくれて、一緒に私の乗る電車を待ってくれた。
アナウンスが、列車の到着を告げる。
「ごめん」
そう言って、ハルくんは、一瞬だけ私の頭を抱き寄せた。
滑り込む、列車。列車待ちの雑踏。
列車の扉が開くと、下りてくる人波が、スローモーションのように私たちを避けていく。
「気を付けて」
そうしてハルくんは、一番最後に私を列車に押し込んだ。
動き出す列車の扉の窓から、私はずっとハルくんを、見えなくなるまで見つめ続けていた。
ハルくん。
私、なんでこんなところで、泣いてるんだろう。
家路につく、夜更けの列車。あともう一回乗り換えて、それから、遅くなっちゃったから、駅からは、タクシーかな。
付き合ってもいないのに、別れてきたみたい。
なんだか、変だよね。
ねえ、ハルくん。
謝られても、突き放されても、嫌いには、きっとなれそうもないよ。
だって、前より、もっと。
好きになってる。
このまま、年が明けて、そして春が来るまで。
あなたに、会えなくても。
また、あなたのいるところを、ずっと探し続けるだろう。
ハルくん。
こんなに、好きで、届かなくて。
……でも、終わらない、
――――sweet pein.




