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お姉さんは単刀直入だった。ちゃんと私たちの様子を見てて判断してる。
「はい。その節はお世話になりました」
大学まで来て、わざわざ私を探してた意図はわからないけど、できるだけきちんと答えた。
それから、やっぱり気になっていたので、いまさらとは思いつつ、
「高速代とかガソリン代とか、お返ししたいんですけど」
と、持ち出すと、お姉さんは、ぶっ、と飲んでいたお水でむせそうになった。
「ああ、いいのいいの。そんなのハルに出させとけば」
ひらひら手を振りながら言う。なんだかくだけた感じ。
「カードの利用歴チェックしてたら、ETC料金が結構してて。しかも往復したら時間だってかかりそうな感じじゃない? で、ああ、ハルが血相変えて車貸せって言ってきた日だなーって思い出して。ハルに請求がてら聞いてみたのよね」
お姉さんは流れるように話し、にっこりした。
「そしたら、学校で具合が悪くなった子を送って行ったっていうから、ああ、彼女? そんなに遠いとこからきてる子だったっけ? って何気に返すと、彼女じゃなくて友達だって」
……彼女じゃなくて、友達。確かに。いまさら、改めて聞いて傷つくなんておかしい。
お待たせしました、と私たちの前に飲み物が置かれる。千裕とお姉さんはコーヒーで、私だけカフェオレ。
「それで、私たちに何を聞きたかったんですか?」
千裕が静かに言った。
お姉さんは、コーヒーに少しだけミルクを垂らしつつ、
「彼女じゃなくて『友達』で、ハルがそこまでする子をちょっと見てみたかっただけ、かな?」
と私を見る。
「ハルね、姉の私が言うのもなんだけど、見た目がいいから。おまけに、よく気が付くし優しいふりをしてるから彼女が切れたことないの。……長続きしたこともないんだけどね」
……あれ? なんか引っかかるところがあったような。
「優しいじゃなくて、ふり、ですか?」
「うん。基本的に寂しがりで、嫌われたくないからね。見た目がいいと目立つし、やっかみとかもあるから、それなりに努力して、人当たりのいい自分を作ってきてる。でもね、誰にでもいい人っていうのは、やっぱり、彼女としては我慢できなくなっちゃうでしょ。だから、付き合っても長続きしなくて」
お姉さんから打ち明けられたハルくんの現実。
「でも。ハルくんは」
いつだってちゃんと好きになりたいと思って付き合っていると、思う。
「たぶん、まだ、本気で誰も好きになったことがないんだと思うの」
そうなのかもしれない。
「姉がこんなこと、でしゃばって言うのもなんだけど。母を早くに亡くしてるし、私とは歳も離れてるし。あんなに余裕のないあの子を見たことなかったから」
だからすごく会ってみたくなった、とお姉さんは言った。
「美緒ちゃん、ハルのことが好きでしょ?」
まっすぐに聞かれ、
「……どうして、って思いますけど」
と答えた。
「そうだよね、なんで、って思うよね。あんな、つかみどころのない奴」
お姉さんは笑って、
「でも、まあ。飽きるまででいいから、好きでいてやって?」
そろそろ夕飯の支度しなくちゃ、と伝票を持って立ち上がった。
「駅近いから、送らないけど、いいよね?」
「あ、はい」
「じゃあ。あ、私が今日、会いに来たこと、ハルには内緒ね?」
そう言って、お姉さんは店を出て行った。
残された私と千裕。私は冷めたカフェオレを飲み乾した。
「ごめんね、千裕。つきあわせて」
「ううん。面白かった」
そうして店を出て、二人で駅に向かって歩く。
「ね、美緒。押してみたら?」
千裕が言う。
「美緒のこと、気になってるんじゃないかな?」
「……彼女じゃなくて、友達なのに?」
千裕は、いじけた私の躊躇を無視する。
「今までは、どっちかっていうとハルくんから、声かけてもらってたよね? だから、美緒から、何かアクション起こしてみれば?」
「彼女、いるのに?」
「まあ、美緒が奪い取るっていうタイプじゃないのは、わかってるけど。でも、あきらめられるの? 好きなんでしょ?」
この気持ちが、なくなるなら。でも。
「素直に伝えるだけでもいいじゃない」
どうにもならない想いなら。
地下鉄との分岐路で。
「もうすぐクリスマスだよ、美緒」
千裕はそう言って、私に手を振った。




