表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

プロローグ5-受け繋がれた誓約-

 あの戦いから五百年が経っていた。

 瀕死の重傷でアヘルトが仕込んでいた『魔封窟』という捻りのない名前の魔窟へと落とされ、首と両手足には変わらずヴァシアムが作った『聖条の鎖』が巻きついている。


 魔封窟は名前の通りで、この竪穴の洞窟の中では魔力行使その一切が封じられる。それを果たしているのは、円柱状の壁面に膨大に埋め込まれているルーンの力だろう。その全てが様々な魔法体系に対応した対抗呪解のルーンになっている。

 

 聖条の鎖は魔力の吸収と、頭部と手先足先への魔力循環の阻害の効果を持っている。五百年前の戦いでは、壁面に無数に描かれた赤い紋様に魔法の行使を無効化された状態だった。その上で対応策も特殊な権能も持たないドラゴンであるクロウシスにとって、ブレスであったり爪先への魔力を集中させての肉弾戦が唯一残された絶対の武器であった。この忌々しい鎖はそれを大いに阻害してくれたというわけだ。おかげで最後の方は無理矢理にブレスやら魔眼やらを使って、顔の頭部の大半を失うことになった。


 改めてよく生きていたものだと、クロウシスは種族として恐ろしいまでの生命力を持って生まれたことに感謝した。

 そう思いながら、ズタボロの自分を今の状態に戻した装置、いや神器をクロウシスは見下ろした。

 中空に張り付けられているクロウシスの直下にそれはあった。

 一言で言えば、クロウシスの足元に鎮座しているのは恐ろしく巨大な水晶球だった。光の一切無いこの空間では、当然水晶には何も映りこむことはない。

 この水晶が効果を発動するのは、その表面に太陽の光が射した時だ。具体的な効果は、光を受けた水晶はその後最初に表面に映した魔力を持つモノの時間を、一時的に一定時間巻き戻すというものだ。

 

 神器の名前は時空晶球(ミラリオ)


 恐らくはクロウシスが魔封窟へと落ちる直前に、脱出するために何らかの手立てを講じていても、これを使って時間を巻き戻して手立てを講じる前の状態に戻すつもりだったのだろう。しかし仕掛けたのはヴァシアムなのだが、まさかクロウシスがそんな手立てを打たず瀕死の状態で落下してくるとは思っていなかったのだろう。おかげで瀕死の状態から一時的にだが、復活を遂げて生き長らえることが出来ている。

 気力が萎え始めている中でそのことを思うたびに、あの鉄面女神が仕出かした失敗を嘲笑するという人間臭い低俗な楽しみで溜飲を下げていた。


 クツクツとひとしきり笑うと、不意に冷静になる。


 五百年。

 もう五百年前の話なのだ。

 五百年前のまだ独りだった頃のクロウシスならば、まだ五百年と言っていたことだろう。

 人間の尺度で考えれば、あの時あの場にいた者の大半は生きていないだろう。長寿なエルフなど一部の種族はもしかしたら生きているかもしれない。だが、人間は確実に死んでいるはずだ。

 そのことがクロウシスの気分を重く暗くしていた。

 

 アヘルトに関してはかなりの手応えを感じた。消滅はしていないだろうが、しばらくの間――五十年は開門の能力を使えない程度の傷は負わせたと感じている。

 ヴァシアムに関してはダメだろう。あの像はそもそもヴァシアムの代行体のようなもの。いくら砕こうが消し粒にしようが、本体は精々『痛い』くらいにしか感じていないはずだ。それでも代行体を消滅寸前まで貶めたのだから、あの矜持の塊みたいな女神ならしばらくは人前に姿を出しはしなかっただろう。


 全ては予想。

 希望的観測。

 そうであって欲しいと思う、敗者の願望に過ぎない。


 アヘルトは言っていた。

 

 『我々はお前とお前の仲間を根絶やしにするだろう。これよりしばらくは地上界の浄化を行う。我ら魔族と神族によって、二度とこのような悲劇が起きぬように地上を平らげてやる』


 クロウシスを欠いた状態で神族と魔族に攻撃を集中されれば、地上文明世界は世界そのものより一足先に滅びるだろう。あの女神と大侯爵が主導しているなら、万に一つも地上に住む生物が生き残ることはない。

 自分がしたことが無駄などとは思わない。あの時、『身の破滅も辞さない覚悟』をした時に躊躇や迷いは捨てたはずだ。だが、それでも独りでなくなってからの孤独は随分と自分を心配性にさせたものだと、クロウシスは内心でボヤくのだった。


 彼らがもしあそこから逃げ延びることに成功していたら、クロウシスには一つの展望があった。

 彼らが自分なしで、もし再起することが出来るとしたら、それはクロウシスが根城にしていた峡谷の居城に秘匿された資料と魔導器を得たはずだ。

 

 クロウシスがいた居城の書斎には隠し扉があり、そこから地下へと降りると膨大な秘蔵書庫がある。そこには彼が数千年をかけて集めた禁書や、そこから抽出した情報をまとめた膨大な書が保管されている。

 無論内容の中には神族と魔族の種族別に研究した情報、世界各地に残る神器が安置されている古代遺跡の場所を記した地図、両種族の高位眷属以上の滅ぼし方に至るまで様々なことが載っている。

 さらに彼が開発していた手製の魔導器も多く置いてあり、神器には劣るものの非力な人間たちの手助けになるものは多いはずだ。


 最初に――生きてさえいれば、あるいは……と思った。

 百年が経ち――連中の言っていた百年を乗り越えられていれば、あるいは……と思い。

 二百年が経ち――百年前に行われたであろう『粛清』から再起していれば、あるいは……と思い。

 三百年が経ち――自分の居城にある『遺産』を見つけていれば、あるいは……と思い。

 四百年が経ち――力と知恵をつけて、再び結集することが出来ていれば、あるいは……と思い。

 

 そんなものは仮定を積み上げて、希望を塗り固めた――まるで砂で出来た城のように脆い考えでしかなかった。

 それでもクロウシスは人間たちと過した日々を懐かしく思う。数千年生きてきた生涯の中のたったの一年にも満たない期間だった。だが、あれほどに感情の起伏が激しい――時には本当に些細なことを皆で喜び合い、時には激情と呼ぶに相応しいほど烈火のごとく怒り、時に壊れてしまうのではないかと思うほどに泣き、時に馬鹿なのではないかと思うほどに笑う。

 恐ろしく不安定な感情を宿すその心は、誰もがいつだって綺麗なわけではなかった。

 むしろ愚かな場合の方が多いし、実際愚かな者も多かった。反吐が出るほどに醜く成り下がり、知恵を持つ分には獣よりも残酷で浅ましい醜態を晒すことだってある。

 だが、それよりもずっと多くの人間が協力し合い、自分よりも巨大で強大な敵に対して臆することなく立ち向かい。勝てば喜び、死者が出れば親兄弟が死んだ時のように悲しむことができる。


 クロウシスは思う。

 自分が知っている人間という種族に対する情報は、きっとまだほんの一面なのだろう、と。

 種族としての漠然とした性質や傾向は分かっているつもりだ。

 だが、それだけではない。

 彼らはそれだけではない。

 もっと計り知れないものを持っている。

 単純な喜怒哀楽だけで、あんなにも自分とは違うのだ。

 知りたい。この五百年という歳月で、クロウシスは渇望した。

 人間をもっと知りたい。

 人間になりたい。

 

 そのような考えに行き着いた時、いつも脳裏にあの少女の影がよぎった。

 根城で隠居していた自分に相対した少女。

 あの一年間、いつも傍らにいた。

 五百年前あの戦い前夜、美しい星空の下で誓いを結んだ。

 だが、誓いは互いに果たすことはできなかった。

 最後の最後まで逃げることを躊躇していた僧正巫。

 もう生きてはいまい。

 だが、あの最後の瞬間、魔封窟の奈落へと落ちていく中で声が聞こえた。


 ―――必ず、必ず助けに参ります。今度こそ約束を守ります。


 幻聴のはずだ。

 だが、それでもクロウシスはその声を今でも思い出すことができる。

 こんな考え、もう数百年と巡らせてきた。また眠ろうと、黄金の瞳を瞑ろうとした時にそれを感じた。

 

 ォ……ォォ………オン


 わずかに眼を開く。


 振動。

 だが、この死火山は時折地鳴りを起こすことがある。

 自分はそれを何かと勘違いして騒ぐほどに追い詰められてはいない。そう思い再びクロウシスが瞳を閉じようとした時。


 ゴォォォォォン!


 今度こそ眼を見開いた。

 今の振動は地鳴りではない。

 明らかに爆発による振動だった。

 萎えてきていた気力に鞭を打ち、顔を上げると周囲の異変に気づく。


「ルーンが光を放っている……だと?」


 壁に無数に埋め込まれている対抗呪解のルーンが次々と光を放ち始めている。本来これは魔封窟内で魔法を使用した際に、その魔法を打ち消すために適切なルーンが発動する用に出来ている。無論、クロウシスは今魔法を行使などしていないし、その兆候すら見せていない。ということは、これは外部による干渉を受けている可能性が一番高いだろう。


 ルーンは次々と発光していき、程無くして壁に埋まっているほとんどのルーンが発光して暗闇は随分明るくなった。

 この状況が何を意味しているのかと一瞬考えたが、すぐに答えを出すことができた。対抗呪解のルーンが何か別の対象を取り効果を発揮している今なら、魔法を使うことが可能かもしれない。恐らくはこれを外部から行っている者の狙いもそれだろう。


 だが、一つ問題があった。


 今のクロウシスは聖条の鎖を五百年間無抵抗で受けてきた為に、魔力を吸引され尽くしほぼ完全に魔力が空っぽの状況だった。ドラゴンが持つ内燃器官すらも脳から信号を飛ばしても音沙汰がないほどに、搾りかすとなっていた。

 この状態では、出来て外部の様子を見ることくらいだろう。

 クロウシスはすぐに外部の状況を見るための呪文を直上へと飛ばした。

 すぐに自分の眼に直接外の映像が送られてくる。自分のいる直上へと飛ばしたのだから、当然そこは五百年前に戦場となった神殿。


 クロウシスは自分の眼に映った光景に驚き、大きく眼を開ける。 

 改修されたようで、あの時に破壊された部分は元通りになり、相変わらず壁には無数の赤い紋様が浮かび上がり不快な光を放っている。

 だが、そんなことではない。

 クロウシスを驚かせた光景はそこで起こっている――戦いだった。


 青白い亡霊やら騎士姿のスケルトンやらが無数に蠢き、中空には(おびただ)しい数の黒の体色に赤い目をした悪魔の群れが飛んでいる。そして、その中心にいるのは、全身を黒いローブで覆い、巨大な黒い剣を持ち、目深に被ったフードから巨大な白い髑髏が冷気を放ち覗いている。やはり五百年前と変わらず、魔界の大侯爵アヘルトゲイズディは健在だった。


 魔界の軍勢は神殿中央を包囲するように展開していた。

 包囲された広場には巨大な盾を構えたオーガが円形陣の最外周として展開して陣形を取り、その後ろに槍を構えた半人半馬族(ケンタウロス)の騎士が陣取り、その後ろに弓をつがえたエルフが狙いを定め、その後ろに対呪文阻害の魔導器を身に着けた魔導師が呪文を詠唱し、その後ろで同じ魔導器をつけた神官たちが防御の魔法障壁を展開している。そしてその防御陣形に守られるように中央にいるのは―――たった一人の少女だった。


 違う。生きているはずがない。


 少女は手に持った杖を足元の、クロウシスがいるこの魔封窟の蓋である部分へ挿し込み呪文を詠唱していた。明らかにそれはこの封印を解くための行為だった。そしてアヘルトがそれをすぐに妨害しないのは不審に思うところだが、その理由もクロウシスには分かっていた。


 彼ら地上軍は力を付けたのは間違いない。クロウシスの読みどおり、彼らはあの後にクロウシスの根城であの部屋を発見し、そこにあった遺産を上手く活用したのだろう。今ならそれなりの魔族や神族相手でも遅れは取らないはずだ。

 だが、魔力の絶対量や扱える魔法のレベルには絶対的な限界がある。

 この封印も同じことだ。これは人間が解けるクラスの封印ではない。仮に破壊するなら、それこそ人間の身でクロウシスのブレスと同等の魔力を込めた魔法をぶつけなければいけないだろう。しかし、そんなことが出来る人間はいない――こともないのだが、恐らくこの神殿ごと破壊することが出来ても、この蓋だけを破壊する都合の良い魔法はない。解呪の類で正統な手順を踏んで開けるという手段も不可能だ。

 これをその方法で開けることが出来るのは、恐らくアヘルトだけだろう。そもそもあれを開けるには、人間の身では絶対に持つことが出来ないほどの魔力を必要とする前提があるのだ。


 だが、直接この『魔封窟』の事が記載された資料はなかったと思うが、こういったモノに類似したモノについての資料はあったはずだ。何より五百年の歳月を耐え忍び、自分たちと磨き上げてきた地上軍が満を持してここへ来たはず。手立てもなく来ているとはクロウシスとしても思えなかった。

 もうしばらく様子を見ようと『眼』に集中しようとした時、あることに気づきクロウシスの中にある何かが大きく波立った。


 呪文の一端が完成し、杖を大きく振った少女の首元で少女の手の平に収まりそうな大きさの黒い宝玉が揺れた。紐で吊られたそれは少女の胸元で少女の動きに合わせて左右へ揺れ、鉱物に程近いそれは見事な真円を描き、五百年前と何一つ変わらない深く底知れない輝きを放っている。

 魔法によって送られる映像を映す眼に、クロウシスは知らず知らずの内に力が入っていた。

 少女が杖を振り、呪文を唱え身体の四方に魔法陣を描いていく。その最中で少女が身体をまるで踊るように回転させた時に、少女の顔が――眼が見えた。


 見間違えるはずがない。

 クロウシスの数千年の生涯の中で見つけた、本当は彼が何よりも守りたかった美しい存在。

 それは変わらずそこへ存在していた。

 穢れなき黒。柔らかく優しい穏やかな黒い瞳は、今も変わらず澄んでいた。

 禍々しく攻撃的で金属のような自分の黒とはまったく正反対の色。同じ黒という色であるにも関わらず、その存在は天と地ほどに違うとクロウシスは思っている。だからこそ、レビと出会う前に見つけたあの宝玉をずっと手元に残していたのだ。


 彼女はレビ=ティアニカではないのだろうか? 顔立ちはよく似ている。年齢や体格も恐らく同じくらいにクロウシスは思えた。だが、生きているはずがないのだ。あの娘の性格からして不老不死や状況を放棄しての魔法による長期睡眠などをするとも思えない、ならばいったい――?


 その時、クロウシスの脳裏にあの時のレビの言葉が蘇った。


『私たち今を生きる者は過去を生きた人から得た教訓とこの身を糧に、未来へとこの一瞬の命を繋がねばなりません。繋ぎ続ける限り、たとえ私たちの命が一瞬の火花であろうと無駄ではありません』


 黄金の眼が見開かれる。

 生きているはずがない。それは正しかった。

 あの少女――レビ=ティアニカはもうこの世には存在しない。

 だが、レビ=ティアニカは自分の言った事を証明したのだ。確かに受け継がれている。五百年を経た今も、彼女の言葉と意志はその子孫と――この黒龍へと繋がっている。


 萎えていた気力が喜びと自身への怒りで漲っていく。首を持ち上げ、全身の休眠していた筋肉へと再起の意志を伝えると、ビリビリとした手応えとして返って来る。


(『もうしばらく様子を見よう』だと? クロウシスケルビウス! 貴様はいつからそんな腑抜けになったのだっ!) 


 数千年を生きた今までの生よりも、僅か一年の出来事が鮮烈だったにも関わらず、たったの五百年の穴倉生活でこうも腑抜けるとは、まるで人が老いを初めて自覚した時ほどにクロウシスにとってショックだった。


 両腕に力を込めて握りこみ、己の不甲斐なさを振り払うように首を垂直に、闇で見えないほどに高い蓋となっている天井を見上げながら、クロウシスは己に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「人間は五百年の時を繋ぎ、今誓約を果たすべくそこにあるのだ! ならドラゴンよ、貴様はどうする!? 失ったモノを取り戻せ、咆哮を上げろ! 薙ぎ払え! 貴様の誓約を果たし、奴らのアギトを食い千切れっ!!」


 まるで知性の低い原種のドラゴンのように猛りの咆哮を上げる。


 そして炯々と光る魔眼で周囲を見渡し、壁で今も外部――恐らくはレビの子孫によって強制的に発動し続けているルーンに眼を向けた。


「全てが発動状態であるなら、これを逆手に取ることは可能だ」


 繋がれている四肢に力を込めて、全身に張り巡らした『龍脈』を外部から魔力を吸収するために使用する。程無くして、クロウシスの身体が黒い光で明滅し始め、壁に埋め込まれ光を放つルーンから緑色の輝きを放つ魔力が吸い出され始め、それがクロウシスへと吸収されていく。

 すぐに魔力を蓄え始めたクロウシスに反応して、聖条の鎖が魔力の吸収を開始する。吸収する量と吸収される量が拮抗しては意味がないが、今吸収しているのは言わば『呼び水』だ。クロウシスは内燃器官に魔力が到達したのを感じ、一気に吸収する量を増やした。

 充填していた魔力はすぐに臨界点まで溜まる。本来、龍脈を使った魔力の吸収は瀕死の重傷などを負った時に一時的に身体を活性化させるために使う術だ。だからこそ、落ち着いた状態でしか使用することができない。

 貪欲に魔力を吸収し続けていると、やがて壁のルーンが次々と魔力を吸収され尽くし割れていく。それでもクロウシスは魔力を吸収することを止めず、すぐに全てのルーンが割れ砕け散った。


 魔力を十分に補給したクロウシスは、もう一度自分の状態とすべきことを自問自答した。


 今のクロウシスは割れた水瓶。いくらなみなみと魔力を注いでも、魔力はこの鎖によって漏れ出していく。まずはこれを破壊することが必要だ。

 そしてクロウシスには残された時間があまりない、ということ。

 神器時空晶球(ミラリオ)は、クロウシスの身体を癒したわけではない。ただ、あの五百年前の戦闘を行うほんの数分前に戻って、そこで時間を止めているだけだ。だから、ここからクロウシスが出た瞬間に、あの時の自分へと身体が戻ろうとするだろう。

 たった数分の命。

 その瞬く間の時間で自分に何ができるのか、その答えをレビ=ティアニカは言っていた。


『―――そして、私たちは短い生だからこそ、この生命を燃焼させてみせます。一瞬の火花ではなく、一瞬の閃光のように眩く……!』


「あぁ――燃え尽きてやろう。この数千年の生涯を終わらせる集大成だ、盛大に輝いてやろう」


 あの時はできなかったが、今なら強引な方法で鎖を外せる。

 龍脈から魔力を逆流させ、それに己の血液を意図的に混ぜ、体内で混合したそれらを魔力と共に鎖へと吸収させる。すると鎖はバチバチっ音を立てて腐食し始める。

 鎖はすぐに再生を開始するだろう、だから時間はやはりあまりない。

 だが、そんな事はもう関係ないだろう。


 腐食した鎖を容易く引き千切ると、クロウシスは上の様子を眼で見た。

 痺れを切らしたのか、アヘルトが眷属の陰気な軍団を動かし、地上軍は円形広場の南端へと後退させられている。そしてアヘルト自身が蓋の縁まで接近していることを確認した。


 レビは五百年をかけて誓いを果たした。

 自分も果たさなければならない。


 眼を本来の視覚へ戻し、翼を広げて一気に上層へと飛翔した。


 五百年の拘束から解放された黒龍は、最後の封印である魔封窟の蓋へと猛然と迫る。残された僅か数分の寿命を出来る限り輝かせるために、口内に魔力を収束させ―――解放する。


 収束されたブレスがついに天井を貫き、黒龍の咆哮が再び神殿に轟いた。


※修正情報

9月20日

・表現に一部手を加えました。

9月21日

・誤字修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ