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第一章11-闇への追放-

 


 怒りに燃え滾る感情を腹に抱えて、ゼミリオは動体センサーが示しモニター上に表示された移動する光点を追ってアレスを操り、幾度目かの跳躍を繰り返す。

 ほぼ遅れることなく後を追ったにも関わらず、アレスの跳躍を以ってしても捕捉することができないその異常性にも、ゼミリオはほぼ頓着せずただ必死に追いつく為に、そしてヤツを殺すために後を追った。


 光点はゼミリオをアウレイス山へと誘導するかのように向かっていた。

 一見完全に怒りに我を忘れているかのようなゼミリオだが、その内心では自分が誘導され、敵の思惑通りの場所へと誘い出されていることに気づきながらも、敵に対してある確信(・・・・)を持っているがゆえに望み通りに追っていた。


 十年前に主を失って休火山となっているアウレイス山だが、十年の月日が経っても草木はあまり生えず周囲には硫黄臭が立ちこめている。この臭いに対して耐性のないゼミリオだが、幸い龍騎兵(ドラグーン)にはエアフィルターが付いているので、その強烈な刺激臭を嗅がずに済んでいた。


 モニターに映し出される景色は茶色い地面を剥き出しにしたつまらない風景と、跳躍毎に見える黒い空が繰り返し交互に映し出されていた。

 しばらくすると、光点が動きを止めた。

 そこまでの距離はゼミリオのいる場所から目と鼻の先であり、すぐに追いつくこととなる。


 追っていた相手が立っていたのは、山の麓に程近い場所にある広場のようになった場所で、アウレイス山にはここを合わせて三箇所同じような場所があり、それは火山の中へと通じる洞窟がある場所だった。そこはその中でも最も低い場所に位置する箇所で、サウルとゼミリオが反乱を起こす前はアレス城下の町に住む火龍信仰者たちが祈りを捧げに訪れ、亡き火龍の鎮魂と人間の犯した火龍に対する罪を嘆く場所となっていた。


 ここは二年前からゼミリオたちが立ち入りを禁止させていたはずだが、神殿へと続く洞窟前に石造りの祭壇には、そこへ置かれからそれほど時が経っていない供え物が置かれていた。

 恐らくは兵士の目を盗んで町の人間が供えているのだろう。その供え物を忌々しい目で見ていたゼミリオは、これが終わってから犯人を炙り出して殺すことを決めた。

 ゼミリオの価値観では、人間に殺されるような神など何の価値もない存在であり、そんなものにいまだに縋って祈りを捧げるような人間もまた反吐が出る存在だった。


 その祭壇の前に黒い人影――クロウシスは立っていた。


 遂にその姿をハッキリと視認したゼミリオは、その風体を見て一層気に入らないという感情を持った。

 一見若いように見えるが纏った雰囲気は見た目通りの年齢とは思えないものがあり、何とも年齢が掴みづらい人間だった。さらに目を引くのが黒色の髪。ゼミリオはそれを染めているのだろうと推理したが、王族の中でも特に特別な存在とされる黒色の髪をこけおどしにしている。そして何よりもゼミリオの目を引き癪に障るのが、落ち着き払った輝きを放つ黄金の瞳だ。

 その目を見るたびに二度味わった屈辱を思い出し、再びハラワタが煮えくり返るような怒りで頭が熱くなる。そして数十メートルの距離をとって対面した相手に対して、ゼミリオは口を開いた。


「ようやくお前とこうやって面をつき合わすことが出来たぜ……なぁ?」


「……」


 ゼミリオの呼びかけに対して、クロウシスは返事をせずに左手で持っていた剣を掲げて見せた。


「あぁ?」


 その行為が何を意味するのか分からず、不審に満ちた声を上げるとクロウシスはその剣を持ったまま歩を進めて、ゼミリオに近づいていく。


「セリス=ロルの意思だ。ゼミリオ=カウンディ、その龍騎兵(ドラグーン)とやらから降りて、騎士ならば剣で正々堂々と戦ってみせよ。そうすれば、せめて人間らしく死なせてやろう」


 その言葉を聞いてゼミリオはしばらくポカーンとしていたが、やがて手で顔を覆いクツクツと笑い始め、やがて大笑いとなり龍騎兵(ドラグーン)についている拡声器で周囲に大音声が響き渡った。


「いやぁー笑った笑った……お前は俺の想像ではもっと面白くもないクソ野郎だと思っていたんだが、俺の見込み違いだったみたいだな。面白い……いいぜ、やってやるよ」


 そう言ってゼミリオは操縦席に持ち込んでいる自分の剣を持ち、搭乗口を開けるレバーを捻るとゆっくりと搭乗口が開いていく。開いて外の空気が中に入ってくると、硫黄特有の刺激臭に顔をしかめながらも、ゆっくりと近づいてくるクロウシスを右手に剣を持ち搭乗口に左足を掛けて見下ろしていた。

 そして、クロウシスが丁度先ほどまで居た場所からゼミリオが乗るアレスとの中間に当たる地点に来たところで、表情を一変させていやらしい笑みを浮かべ、左手に隠し持っていたスイッチ式の射撃トリガーを押し込んだ。

 搭乗口の下に位置する火龍の口を模した発射口から、次々と火球を上回る威力を誇る炎弾が連射されて、その全てがクロウシスが立っていた位置に直撃し、爆炎がクロウシスを包み込み当たり一面を火の海へと変えた。


 呆気なく炎弾の直撃を受けて炎に呑まれたクロウシスを見て、ゼミリオはまたも狂ったように哄笑した。そして炎を指差してゲラゲラと笑いながら、大声で叫び始めた。


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁか! そんな勝負受けるわけねーだろ! 騎士道ごっこなんざ、馬鹿同士でやってりゃいいんだよ!! 今の時代、こいつが全てだ!」


 そう言ってアレスの搭乗口をバンバン叩き、燃え盛る炎に更に追い討ちをかけるように左手に持つスイッチを何度も何度も押す。それに呼応して、アレスは何発も何発も燃え盛る炎の中へと追撃の炎弾を撃ちまくった。


「テメェらみたいな魔道師の時代も、もう終わってんだ! テメェが砦で見せた強さの秘密なんて、俺にはとっくにお見通しなんだよっ! テメェが恐ろしく強かったのも、あれだけの大規模な魔法を操れたのも、テメェ自身の力じゃなく、あの馬鹿デカイ得物のおかげだったんだろ? そうじゃなきゃ、こんな時にあんなクソアマ共が持ってた柔い剣持って決闘だぁー! みたいなこと言わないもんなぁ? 笑わせんなよ、クソ野郎がっ!!」


 溜め込んでいたものを全て吐き出したゼミリオは、満足そうに死体も残っているか怪しいほどに燃え盛る炎の海に向かって唾を吐いて、操縦席へと座り搭乗口を閉めるレバに手をかけた瞬間――炎が不自然なほどに高く燃え上がり、そこに銀光が煌いたかと思った時には、左肩に凄まじい激痛が走った。


「ぐぁっ!」


 痛みに呻いて左肩を見ると、そこには今しがたゼミリオが馬鹿にしたセリス=ロルが持っていた細剣(レイピア)が根元まで刃が一切見えないほど深く刺さり、肩を貫通した刃が操縦室内の壁を貫いて、ゼミリオを操縦席に縫い付けていた。

 激痛に呻きながら細剣(レイピア)を抜こうと柄を掴んで引くが、その細剣(レイピア)はまるで強固な意志でそこに刺さり続けているかのように一ミリたりとも動かず、柄を持って引くたびにまるで毒でも広がるような激痛をゼミリオに与え続けた。


「――貴様ならば、こうするだろうと踏んでいた」


 その声にゼミリオはビクっと身体を震わせた。

 この細剣(レイピア)が飛んで来た時点で分かっていたことだが、それでも俄かには信じられず細剣(レイピア)の柄を掴んだままゆっくりと視線を上げると、いまだに燃え盛る炎の中から声が響いてくる。その声はまるで脳に直接響いてくるような恐ろしい声音と力を持っていた。


「――騎士として、人として死ねる機会を与えてやったが、貴様は愚かにもそれを拒否した……貴様がそんなにその不細工な棺桶の中で死にたいのであれば、好きにすればいい。ただし――」


 そこでゼミリオは見た。


「楽に死ねるとは思わぬことだ――我もまたこの人の姿を捨てた化物として、貴様をことさら(むご)たらしく惨めに殺すことにした」


 燃え盛る炎を侵食するように黒い霧のようなモノが噴出し、その中から――それは現れた。


 体表には黒以外の色を一切持たず、漆黒の身体は黒い霧によって構成されている。人間が四つん這いをしているような姿をしているが、その身体には長い尾と退化した翼のようなものが見受けられた。そしてその身体は龍騎兵(ドラグーン)アレスと同等かそれ以上の巨躯を誇り、頭部には背に向かって伸びた角のようなモノが生えており、その下で唯一黒以外の色――黄金の瞳がまるで濃霧越しに見た灯台の灯りのような、無機質な光を放ちながらゼミリオを見つめ、裂ける様に開かれた口から瘴気のような黒い霧が呼気として吐き出される。


 生まれて初めて見る魔物などとは次元の違う異質な化物を前にして、ゼミリオは呆然としていた。

 そんな様子などお構い無しに、クロウシスは咆哮すら上げずに四肢を動かし滑る様な速さでゼミリオの乗るアレスへと接近してきた。

 その異様さにゼミリオは慄きながらも我を取り戻し、右手で操縦桿を握って射撃トリガーを引いた。主の指示に従いアレスが炎弾を連発して放つが、クロウシスは炎弾の直撃を受けても一切勢いを弱めることすらなく接近を続けてくる。

 そこで初めてゼミリオは、自分自身で自覚するほどの明確な恐怖を感じて、叫びを上げながら逃げようと操縦桿を右手一本で操り、自由に動く両足でペダルを踏み脚部の推進機関に命令を伝えた。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 接近するクロウシスが腕を振り上げて跳びかかって来た時に、間一髪アレスの跳躍が間に合い山の麓に向かって上方へと跳んだ。

 一瞬安堵したゼミリオだったが次の瞬間、強い衝撃が機体を襲い前後に身体が揺さぶられる振動に対して、肩に刺さった細剣(レイピア)がまるで呪いの様な痛みをゼミリオに与え、激痛に呻き上げながら後方を映すモニターに目を向けると、ゼミリオは目を見開いた。


 ゼミリオが見たのは、黒い化物と化したクロウシスが右腕を伸縮させて空中のアレスを後ろから掴んでいる光景だった。そして今度は恐ろしいほどの力で後方へと引かれ、そのまま山の斜面に叩きつけられた。またも襲う身体を前後に揺さぶる強い振動に、肩に刺さった細剣(レイピア)が肩を裂くような激痛をゼミリオに与える。


「あぐああアァァァっあぁぁぁぁっ!!」


 言葉にならない激痛に耐えることができず叫び声を上げながら、肩に刺さった細剣(レイピア)を必死に抜こうとするが、どんなに力を込めてもその剣は僅かな動きすら見せることはなく、頑としてゼミリオに苦痛を与え続けることを止めなかった。


 その間にクロウシスは、斜面を転げ落ちて神殿へと続く洞窟の横合いに倒れ伏したアレスへと接近すると、容赦なくその足を掴んで片手で持ち上げる。

 ゼミリオは正面モニターに大写で表示されるクロウシスの黄金の瞳が放つ感情も理性も持ち合わせていないかのような無機質な光に恐怖した。そしてクロウシスは、ゼミリオが乗ったアレスの足を掴んだまま何度も壁に叩きつけ始めた。

 壁にアレスが叩きつられる度に恐ろしいほどに揺れる操縦席で、ゼミリオは気が狂うほどの痛みを何度も何度も容赦なく与えられ、上下の振動も加わったことで細剣(レイピア)が刺さった肩がデタラメな軌道を描く振動によって幾重にも傷つけられて傷口が裂けていく。

 十八回壁に叩きつけたところで、後ろに振りかぶった拍子にアレスの右足が千切れ、本体が後方に吹き飛んで地面を二度バウンドして止まった。


「あ……アァ、うぁ」


 血だらけになった操縦席で呻き声を上げることしか出来なくなったゼミリオの身体に、再び振動が伝わり恐怖にビクっと身体を震わせて恐る恐る震える顔をモニターへと向けると、そこには先ほど同じように伸びた黒い腕がアレスのまだ無事な左足を掴む映像が映っていた。

 

「まだこっちの足が残っているであろう……?」


 感情を感じさせない声と共に再び身体を浮遊感が襲い、それと共に壁に叩きつけられる衝撃と激痛が、まるで繰り返される悪夢のようにゼミリオを襲う。

 左足は二十三回壁に叩きつけたところで千切れ、今度は壁に叩きつけたところで千切れたことにより、ゼミリオが乗ったアレスは壁に叩きつけられたところで跳ね上がり、斜面に落着するとそのまま斜面を滑り落ちて広場の平坦な地面で止まった。

 合計で四十回以上壁に叩きつけられたアレスは、胸部から火龍の顔を模した腹部にかけてベコベコに凹み、造形的にはもはや原形を留めていなかった。両足を失い元々両腕と胴体から独立した頭部がないことも手伝って、アレスは随分小さく丸い形状に変化していた。そこへ這い寄ったクロウシスは、うつ伏せに倒れているアレスの背中に片足を乗せると、一気に荷重を掛けて潰しに掛かった。

 ミシミシと不快な音を立てて徐々にひしゃげていくアレスを見ながら、クロウシスは中でまだ生きているゼミリオに話しかけた。


「ゼミリオ=カウンティ。本来我は貴様のような弱く取るに足らない相手をいたぶる様な真似はしない。だが、我は人でありながら人ではない鬼畜な行いをしてきた貴様を、同様の立場で同じ手段を用いて殺すことにした。身動きが取れないまま嬲られ、絶望の内に死んでいく気分はどうだ?」


「ヴァアァァァぁぁぁアアァァぁぁぁっぁあっっ!! だせぇぇぇぇぇぇっダセェェェェェェェッッッ!!」


 アレスの中から狂ったような叫び声が聞こえてきた。

 その声を聞いたクロウシスは、アレスの身体から足を下ろしてそのままひっくり返して仰向けの状態にすると、今度は両手でアレスの前部装甲に手を掛けて、力ずくで装甲を剥ぎ取り抉じ開け始めた。


「ひっひぃぃぃぃぃぃぃ!! あぁぁぁぁぁぁァァァァッぁぁっぁぁぁっっ!!」


 まるで強姦魔が女性の衣服を剥ぎ取るかのように、アレスの装甲を剥ぎ取り内部の機械部分も躊躇うことなく引き千切ってむしり取っていく。ほどなく元々厚くもないアレスの機体前部は千切り尽くされて、操縦席に座るゼミリオが完全に露出した。

 血の海と化した操縦席の中で、ゼミリオは血と涙と鼻水と油汗で顔をドロドロにして、操縦席のシートは血でも汗でもない液体で濡れ、左腕は肩から脇腹にかけてチーズのように裂けていた。恐怖と痛みで埋め尽くされた顔でクロウシスの顔を見上げると、歯がガチガチと震えて涙が止め処なく溢れ出していた。


「た、たしゅ……たしゅけてくれ……」


「お前が殺した女たちがそう言った時、お前はなんと言った?」


「お、おねっおねがいだ……」


 クロウシスはポッカリと空いた機体前部の縁に手をかけると、そのまま持ち上げて引きずりながらすぐ側にあった神殿へと続く洞窟へと入って行く。そして洞窟をしばらく歩いたところで、通路の先に開けた場所があることを確認すると、アレスを持った手を振りかぶってそこに目掛けてぶん投げた。

 数十メートルを飛んだ末に、地面に落ちるとそのまま滑走して奥の開けた場所で止まり、その勢いで遂にゼミリオの肩が切断されて操縦席から外へ飛び出して地面に倒れ伏した。

 腕が千切れたことで大量に出血し、大きな血溜まりを作るゼミリオはしばらく震えていたが、不意にその肩が今までの震えとは違う動きを見せ、やがて大きな笑い声となって響き始めた。


「――くっクククくくっあーはっはっはっはっはっ! あひぃっはぁっはっはっ!」


 クロウシスがそこへ辿り着くと、周囲を見渡す。

 そこは火山特有の溶岩の噴出で空洞となった山の内部で、巨大な山に点在する広大な空間の一部であり、切り立った崖のような足場が広がり、その先にはポッカリと崖が広がってその遥か下には活動を休止させている溶岩流が流れていた。


 倒れたまま狂った笑いを続けるゼミリオは、首だけを動かしてクロウシスの異形を睨みつけると、大量の出血で青ざめた顔に狂気に染まった目と口で笑み貼り付ける。


「俺はぁぁぁぁここで死ぬぅぅそしてぇぇぇぇあの世でもぉぉアイツらを犯して犯して犯しまくってぇぇぇテメェにされたこと以上の苦しみぉぉぉアイツらにも味合わせてやらぁぁぁぁぁっ! ざまぁみろクソやろうがぁぁぁっ!! アーハッハハッハッハッ!!」


 勝ち誇った歪んだ顔で笑い続けるゼミリオに対して、クロウシスの身体に変化が起こった。

 黒い霧がザザザザッという大量の枯れ葉が擦れ合うような音と共に、化物じみた姿を取っていたクロウシスから乖離して空中に集まり滞留する。やがて、全ての黒い霧が空中へと集まり、人間の姿をしたクロウシスが広場に降り立った。

 なおも狂った笑い続けるゼミリオに対して、クロウシスは静かに呼びかけた。


「ゼミリオ=カウンディ。あの黒い霧のようなものは、我が本来持ち合わせないような矮小な怒りや憎しみが閾値(いきち)を超えると質の悪い魔力の集合体として発現し、我を途方もなく短慮な醜い化物とした挙句に虚空へと消えていくものだ」


「あはははははははっ! ひゃひっヒィーヒッヒッヒッ!」


「これには我にとっては理性を薄めて、短慮で暴力的な気質に変貌させるだけだが、我以外の者がこれに取り込まれれば肉体はすぐに打ち砕かれるが、精神は強制的に幽精体(アストラル)化されて無限の闇の中を彷徨いながら精神――魂が磨耗して消えてなくなるまで苦しみ続けることとなる」


「ヒャハハハハハッヒーヒッヒッヒ――ヒ?」


 欠片ほどには残っていた理性の欠片がクロウシスの説明を理解したのだろう。ゼミリオは笑うことを止めて、ゆっくりと眼球を動かして視線を上げると、無表情で自分を見下ろすクロウシスを目が合う。


「つまり――この黒い霧に囚われた者は、死ぬこともなく永久に痛みと苦しみを受けながら、人間にとって途方もない長い時間をかけて虚無を彷徨うわけだ」


 そこまで言うと、クロウシスがゼミリオを指すと、空中で滞留していた黒い霧がザザザザという、まるで大量の蟲が移動して獲物に群がるような音を立ててゼミリオに群がり、その姿を黒く染める。


「アァァァァァァァァァァァァッ! イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! アァァァァァァ――――」


 最期まで耳障りな叫び声を上げていたゼミリオ=カウンディは、限りなく純粋で邪悪な魔力――に呑み込まれ物質世界から消滅した。


 静かになった火山の内部で、クロウシスはゼミリオが乗っていたアレスに目を向けると、血まみれの操縦席に刺さっていた細剣(レイピア)が、役目を終えたかのようにその細い刀身がグズグズに砕けて散り、柄だけが操縦席の足元へと落ちてカランという乾いた音を立てて、そのまま地面に落ちた。

 

 敵討ちなどということは、ドラゴン族は――いや、クロウシスは――それを果たしたところで得るものなど何もないことを知っていた。まして今回の出来事は、約束を守れなかった末に助けることを誓った相手を殺した人間を、彼女の遺言とも言うべき意思に反して(・・・)惨殺したに過ぎない。


 懐から一つのペンダントを取り出すと、それを見つめてセリスとティリスの二人を思い浮かべた。


 ――姉を助けることを乞い願った妹。

 ――妹の幸せを祈り続けて死んだ姉。


 あれだけ惨い仕打ちを受けながらも、自分の憎しみを晴らす事に囚われず、ただ残してゆく最愛の者に対する気遣いと申し訳なさを伝えて逝った。

 彼女は誇り高く生きて、最後の最期まで諦めることなく妹の幸せを願っていた。

 その高潔なる意志は、まさに――クロウシスケルビウスが眩しく思った人間の姿そのものだった。


 ――ならば、どうする?


 今回の一連の騒動もドラゴンとしての価値観で言えば、国家という巨大な群集を形成し、そこに地位や階級や身分が設けられれば、人間でなくとも策謀や謀略を謀るものは出てくるの必然といえる。

 そして捕虜に対しての非道な行いも同じことで、これもまた人間に限った話ではなく異種間であればなおのこと筆舌に尽くしがたい苛烈な拷問や陵辱が繰り返されてきた。

 力ある者が力なき者を蹂躙するのは、良くも悪くも力関係に差異が生まれた瞬間そうなることはある種必然と言っていいだろう。形や様式に差はあれど、国という巨大な群集組織に意志の有無はともかく加わっている以上は、攻撃を受けて捕虜になれば本来命はないのが当然と言っていい。

 そして国には沢山の人間がいるからこそ、少数個体の命は軽んじられる。

 

 クロウシスもまた、種族としての個体数が激減した状況下の中で永い時を生きてきたゆえに、元の世界で人間たちの軍勢に加わった直後は、仲間が死にその死を悼む人間たちの姿を見て、種族として持つ繁殖力から考えれば一個体の死に対してその都度大勢の人間が憂い悲しむ姿を見て、何とも精神が非効率な構造になっているものだと、醒めた眼で見ていた覚えがあった。


 だが、彼らと共に戦う内に己の価値観が変わり始め、やがて小さき存在である人間の仲間が死んでも、何も感じることはない、などということはなく。その者が残した確かな足跡があることを理解して、その死と後に残った者に継承された志しを尊く思った。

 



 ――だからこそ、人の身でこの世界に降り立った意味。


 ――そして、この身に宿された人間によって殺された同族の意思なき力。



 その二つの事象に対する意味を問わなければならない、この世界に対して。


 ペンダントを握り締めて眼を瞑り、時間にしてほんの数秒間そのままその場で立ち尽くし、やがて眼を開けたとき、その黄金の瞳にはある決意が固められていた。


 上を見上げれば、遥か地下で流動する溶岩流の色で赤く染まった壁面が上へ上へと続き、空は見ることができないほどに高い山の中で、クロウシスは巨大な口を開けた火口へ向かって歩を進める。

 火口に近づくにつれてジリジリと肌を焼くような感覚が伝わり、頬を汗が伝うがそんなことは一切意に介さずクロウシスは遂に火口に切り出した崖の突端にまでやってきた。


 本来はもっと違う形で――そうありたかったが、今回のことで考えを改める必要があった。

 人は僅かなきっかけ、僅かな躊躇、そしてほんの僅かな時間で運命を大きく左右されて死ぬ。

 だからこそ、真に守るつもりであるならば、きっかけを見逃さず、躊躇せず、悠長なことは言わずに力を尽くしてやらねばならない。


 それがあの姫――クリシュにとって過酷な運命であろうとも、乗り越えてもらおう。


 あの姫にとってそれが残酷なものであろうと、それと向き合う為に必要な犠牲をこの島の民たちも、側に仕える騎士たちも十分に払ってきたはずなのだから。


 遥か眼下に見える紅蓮の流動に向かって、クロウシスはゆっくりと身を投げた。



                ◇◆◇◆◇◆◇



 深夜のアレス城の城内は、静けさに包まれていた。

 ゼミリオがあの悪趣味な狩り遊びに出かけ、城で見張りをする兵士たちも僅かに緊張感がなく、欠伸をしたり居眠りをする者までいた。

 その城内の四階は、代々城主がその家族と共に暮らす階層とされてきた。

 三部屋ある中で、二番目に広い部屋は元々クリシュの私室だったが、二年前からサウル=パンディアが私室として使い、部屋の内装はクリシュが使っていた状態のままでよいと、サウルの個人的趣向(・・・・・)でそのままにされていた。

 その部屋にある天蓋付きのベッドの横に置いてある趣味の良い彫刻が施された長椅子に座って、サウルは苛立ちながらワインを飲んでいた。

 その苛立ちは先日のゼミリオの態度が発端だが、確かにゼミリオが言うように兵士たちは自分に上辺では媚びへつらっているが、暴力による直接的な支配を行えないサウルよりも、それが出来るゼミリオを慕っているように思える。

 ここで慕う(・・)などと思える辺り、サウルもほとほと人間の感情の機微を感じ取る感覚がお粗末だといえる。


 今夜はゼミリオが地下牢で飼っている女騎士の一人を使って、例の悪趣味な遊びに興じているのを知っていたサウルは、あの変態的な嗜虐心を恐ろしいと思う一方で、クリシュを手に入れられず侍女に手を出すことでしか自分の欲望を満たせないでいる自分を酷く不遇に思えて仕方がなかった。

 だが、しょせんはクリシュを手に入れられるかどうかもゼミリオに頼らざる得ないという事実に行き着き、げんなりしながらも今の関係を続けて行くしかないという結論に辿り着く。


 苛立ちを深めながらワイングラスの赤い液体をグイっと飲み干すと、そのグラスを苛立ち任せにダンッと乱暴に机に置いた瞬間、凄まじい轟音と共に背後の窓ガラスが砕け散って爆風がサウルの金髪を乱暴に掻き乱し、その勢いでたたらを踏んだサウルはテーブルに足を取られてハデにこけた。


 城全体を揺さぶるような衝撃を受けて、窓の外の階下で兵士が騒ぐ声がしていた。

 頭を強かに打ったサウルが患部をさすりながら起き上がり、酒に酔った赤い顔で窓の外に目をやると、目に飛び込んできたあまりに衝撃的な光景を前にして、そのままの姿勢で硬直した。


 サウルの目に映ったのは、アレス城南方にあるバーンアレス島最大の休火山アウレイス山が噴火している光景だった。島と山の主である英霊精龍(カーディナルドラゴン)火龍バーンアレス亡き後、火山活動が弱まり休火山だったはずだが、それが突如として凄まじい勢いで噴火を始めていた。


 呆然と赤い溶岩を噴出させて、夜空を朱に染める火山の憤激と立ち上る噴煙を見つめながら、サウルはそのあまりの事態を呑み込めずにいた。だが、事態はそれだけに留まらなかった。


 頂上の火口から流れ出す溶岩流の後ろから、巨大な何かが姿を現した。


「う、嘘だ……そんなわけがない……」


 サウルは自分の目に映るモノが現実とは思えず、何度も目を擦った。だが、現実は非情なもので夢でも幻でもない事実として、それは確かにそこに存在した。


 紅蓮の体表は燃え盛る炎で形成され、途方もなく長く太い胴体が巨大な火山の火口の中で巨大なとぐろを巻いている。火口から姿を現している頭部は、激しく後方へと燃え盛る炎のたてがみに、燃える頭部の体表から真紅の角が二本突き出し、深く裂けた口の中には凄まじい高温によって白く輝いている牙が並んでいた。

 そして何よりもサウルたちの目を引いたのは、それが灯す瞳の色――その色は黄金。


「ルグォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 バーンアレス島の盟主にして、英霊精龍(カーディナルドラゴン)の一柱、『焦熱の火山』バーンアレスは復活の咆哮を上げた。


 

後書きを活動報告にて書いております。

よろしければ、本文読後にお読みください。


ご意見・ご感想はお気軽にお寄せください。

とても励みになります。

ありがとうございました。


※修正報告

2012/11/15

誤字を修正しました。

表現の一部を修正しました。

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