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第一章5-王女と火龍の首飾り-

副題は ―王女と火龍の首飾り(ガルフィネアス)― です。


前書きと後書きを活動報告にて書いております。

よろしければ、本文読後にお読みください。

 バーンアレス島はその本来の主である英霊精龍(カーディナルドラゴン)・焦熱の火山バーンアレスがその環境の全てを統治していた。島に七個ある火山も()の龍によって基本的には休火山にされていた。それは火山の無軌道な噴火によって、この島でバーンアレスを奉じているサーディアス皇国の民に被害を出さない為の、云わばバーンアレスの加護の一つだった。

 島に点在する七つの火山の中でも最も巨大な火山は北端部にあり、その火山の丁度正面に位置するのがアレス城だった。


 気候の穏やかなバーンアレス島にあるアレス城は、島の火山岩を主な建材としており皇国時代に栄えた石工職人と建城大工、そして魔道師によって作られた。これはこの城をここへ置くことを当時の皇子(性別不詳)がバーンアレスに願い出て、それを許可されたが故にただの城ではなくバーンアレスを奉るための神殿の意味も兼ねられ、建材には魔力が込められており耐久性や耐熱性がとても高いものとなった。

 堀と城壁は赤銅の石材が使われ、本丸は白を基調とした石材が使われており魔力による加工のおかげで火山灰を被ることもなく、城としての美を常に保っていた。

 だが、その見た目の白さとは裏腹に城の内部には薄汚い灰色の気配が渦巻いていた。その醜悪な空気を作り出しているのは、謁見の間で玉座に座している貴族風の男だった。

 

 貴族風の男は帝都出身の中級貴族で歳は二十八、名はサウル=パンディア。貴族であることを最も分かりやすく象徴する金の髪に碧眼、黙っていれば整った容姿をしているのだが、如何せん人を見下すことに慣れた目と、薄ら笑いを浮かべている口が見るものに与える印象の大半を占めていた。

 玉座に足を組んで腰掛け、税の徴収高が書かれている洋紙を面白くなさそうに見ていたが、書面から顔を上げて目の前で伏している男に問いかける。


「ねぇ、何これ?」


「こ、今期の御求め頂いた税徴収に対して、我々ができる精一杯のモノでございます」


 床に平伏した壮年の男が苦渋の上に出す声に、サウルは苛立たしげに洋紙を放って返した。


「税はいかなる理由が有っても減額しないよ? これは下等なお前らを栄光あるサーディアス帝国の領土に住まわせてやっている代償なんだ。お前らにそのことを名誉に思えるだけの知能があるなら、黙って払えよ――下衆」


「……」


 男は黙ってサウルの罵倒に耐えていた。

 


 このバーンアレス島は海上の孤島。北端部と南端部にアレス城とバーン砦があり、その周囲に城下町と砦に沿う形で僅かに住居があることを除けば、人工物は本来一切なく、島全体を密林が覆い自然の天国となっていた。だが、二年前にこの男たちが城を占拠して偽りの統治を始めてからというもの、島には大陸から移民船が度々送られてきて多くの人間が島へと半ば強制的に移り住まわされた。

 聞けば彼らは帝国に占領された国々の国民で、住む場所を追われた末に捕らえられて、最終的にこの島に送られてきたのだという。彼らには住む場所すら与えられず、それでいて税の徴収は免れないのだというのだから、まさに正気の沙汰ではなかった。

 武器になるという理由から、(すき)(くわ)すら与えられず彼らは生存するために密林へと分け入り、魔物に襲われたり病に掛かり多くの人間が死んでいった。それでも抗うことの出来ない力の前に、彼らは家族と仲間の屍を乗り越えて密林を開拓し、自分たちの住む場所を作り上げていった。元々の島民も黙って見ていたわけではなく、まだ畑で何も採れない彼らに僅かながらも食物を分け与え、密林での猟の成果を分け合い、漁猟のやり方を教えた。そして、作物がようやく採れ始めた時期に更なる変化が彼らを襲う。

 港に今までの移民船とは違う豪華な船が着艇し、多くの貴族がこの島へとやってきた。どうやらサウルたちは、この島を貴族たちの避暑地・別荘地にするつもりらしい。

 

 それからは輪をかけて悲惨だった。

 貴族たちをもてなすために金が必要となったサウルたちは、税率を払えるわけが無い額へと引き上げたのだ。最初に規定された税率でも、自分たちが食べるものが残るかどうかすら怪しかった上に無体をされて、島民と移民はついに怒った。

 だが、龍騎兵(ドラグーン)という帝国による侵略の象徴ともいうべき武力の前にはなす術もなかった。やがてサウルたちは、税が払えないのなら若い娘や幼い少年を差し出せと言ってきた。そして、抵抗も虚しく移民たちの娘や息子を連れて行かれた。連れて行かれた先で何が行われているかなど考えるまでもない。そして数日間の『勤め』を終えた子供たちが帰ってくると、その顔は絶望と悲哀に満ちていた。

 家族は抱き合って泣き、父は慟哭し、母は傷ついた子供たちを抱きすくめてただひたすら「ごめん、ごめんよ……許しておくれ」と壊れるほど泣いていた。

 自分たちに何一つ落ち度が無いにも関わらず、子が傷つき親が血を吐くような声で謝り続ける。そんなこの世の地獄がここに在った。



 城下町をまとめる長である男――オグロは、平伏し頭を地に擦りつけたまま唇を噛む。

 平和だった島を蹂躙する暴虐の徒。

 無能で私利私欲に満ちて、非道な行いを平然とやってのける鬼畜だ。

 

 だが彼には希望があった。

 それはこの城の真の主――クリシュ=リアスカ=イニス=サーディアス王女。

 元々不遇な境遇にいた彼女が、島流し同然でこの島へと来たとき、島民はまだ九歳の王女の境遇に涙したものだ。だが、王女は子供の頃から幾度も訪れ敬愛せし英霊精龍(カーディナルドラゴン)バーンアレスの御霊が眠るこの地で暮らせることは、巫女として本懐だと笑った。そして彼女は優秀な執政官と共に善政を敷いていたのだ。


 だが、それをこの男たちが卑劣にも掠め盗った。

 王女が生きていることは間違いない。何度か王女の近衛隊の者が城下町や移民の集落に訪れており、それは確認済みだ。だが、彼女たちは安易な希望を口にはしなかった。

 しかし、それも当然というものだ。

 王女には大きな後ろ盾となる人間は存在せず、それ故の島流しだ。そして彼女にとって唯一無二の助けとなるはずだった、この島の真の主も今はもういない。

 それでも男は想い願う――あの美しくも優しい王女がこの地獄から救ってくれると。


「ねぇ、聞いてるの?」



 考えに没頭するあまり、サウルの声を無視して噛んでいた唇が切れて血が滴っていた。慌てて口の血を見えないように拭い、正面を向こう顔を上げると――目の前に爪先があった。

 顔を強かに蹴られて歯が折れ、拭った血を上回る量の血が床の絨毯へと飛び散る。


「あーあー下衆の血で絨毯が汚れたじゃないか」


 サウルが心底汚いものを見る様な侮蔑の視線をオグロへと向けるが、オグロはただその場で平伏の姿勢を取り続けた。その様子をサウルはふんっと面白くなさそうに一瞥し、玉座へと戻り改めて足を組んで座った。


「物が収められないなら、君らも人を差し出しなよ。あのケリニアから来た異国の猿たちみたいにさ。貴族の連中は帝都では割と人目を気にして無茶しないからさ、ここだと羽目を外せるから評判いいんだよ。お前らの娘を数日間差し出せば一期分の税が賄えるんだ、安いものだろう? あぁ、小さいガキでもいいんだよ。貴族にはそっちの趣味がある変態が多いからさ」


 薄ら笑いを浮かべてそう言い放つサウルに、平伏した手に力が入って震える拳になりそうになるのを自制心で抑えこむ。


「どうかそれだけはご勘弁下さい。税の徴収は再度見直して行います。必ず納税日には納得して頂ける物を献上いたしますので、何卒寛大な処置を」


「ふーん。あっそ……いいよ。僕は寛大な執政者だから。待ってあげるよ? でも、また今回みたいな結果だったら――分かるよね? 確か町長には双子の娘がいるんだっけ。帝都から来た貴族が町で見かけたみたいでさぁ。ご所望されてるんだよねぇ」


 粘着するようなその声音と内容に、反吐が出る思いで床を見つめる目を見開く。だが、自分の私情による短慮で町の皆を――自分の家族を不利な状況を追い込むことがないようにと、オグロは怒りに真っ赤になる視界の中でも理性をすり減らしながら耐え抜いた。


「必ずや……ご満足頂ける税をお納めいたします」


「……分かった分かった、もういいよ。目障りだから、ここからとっとと消えてくれる?」


 オグロは立ち上がると、深々と頭を下げて背を見せる非礼を咎められない様に後ろへと下がり退出した。


 ――オグロの双子の娘は、まだ七歳だ。



                   ◇◆◇◆◇◆◇



 オグロが退出してから、サウルは挑発に一切乗ってこなかった町長に苛立ちを募らせていた。だが、あの鉄面皮がいずれ崩れて奪われていく娘たちを前に恥も外聞もなく、自分に真の意味で跪く姿を考えれば、自然と口元が吊りあがり笑みが浮かんだ。


(そうとも、圧倒的に有利なのは僕だ。この僕こそが、この島の支配者なのだから……)


 その事実に笑みを深めながら、サウルが玉座に深く腰掛けていると謁見の間に一人の男が入ってきた。

 厳つい強面、屈強に鍛えられた体を帝国軍の中級騎士の軍服に包み、手には一振りの大剣を持っている。茶色い髪は平民のそれだが、その態度には過剰なまでの自信が溢れている。


「やぁ、ゼミリオ。どうだい町の様子は?」


「治安は良好だ。やはり貴族、平民、移民を完全に区別して住まわせたのが正解だったな。おかげで狼藉で斬り捨てれる人間の数が減ってしまったがな」


 大剣を得意気に持ち上げて笑うこの男――ゼミリオは、力でも立場でも自分よりも弱い者を己の考えの下で理不尽に斬り捨てることから『私刑騎士(リンチングナイト)』と、市井で蔑まされ恐れられている男だった。

 

「そっかぁ。じゃあもう島の統治は十分軌道に乗ったと思うんだよね。だからさ、そろそろ南の砦を落として、僕の前にクリシュ姫を連れてきてよ」


「まぁ待て、十日後には本国から龍騎兵(ドラグーン)の追加配備がようやく来るんだろう? ならば、それからでも遅くないではないか。戦争とは十分に準備をして、絶対に勝てる戦をしなければ馬鹿を見るぞ」


 その答えにはもっともだ、と思う一方でサウルは焦れていた。

 そもそもはこの城を乗っ取った時点で、あの美しい第二王女も自動的に付いてくるはずだったのだ。だが、ことのほか優秀な近衛隊に抵抗されて、もう二年をお預けを喰らっている。


「僕はさ、早くクリシュを僕の前に跪かせたいんだよね。領民や近衛隊の連中を盾にすれば、きっとあの娘はいい声で泣くよ。そして十分に虐めた後に、ベッドの上でも泣かせてやるんだ……想像しただけでゾクゾクするよ」


「あの姫君が美しいことは認めるが、お前は救いようの無い変態だな」


「税の徴収で連れて来られた娘を、優先的に引き抜いて摘み食いしている君に言われたくはないな。大体君、女が壊れるまでやるって貴族に斡旋してる奴らが呆れてたよ……」


「人を斬れない鬱憤を発散するのは、女の体で晴らすのが一番手っ取り早いからなぁ!」


 ガハガハと笑うゼミリオを見つつ、サウルはゼミリオのことを『頭の悪い平民出め』と蔑む気持ちもあったが、そのやることの容赦の無さには頼もしい気持ちも持っていた。そもそも本国でこの話を受けたときに、ゼミリオをパートナーに選んだのは他ならぬサウルだったのだから。


「とにかく十日後の追加配備が来たら、とっとと砦を落としてよね。そして必ず僕の前にクリシュを無傷で連れてくるんだ、いいね?」


「仰せのままに、我が主。なぁに、相手は女ばかりの近衛隊に下賎な島民たちだ。すぐに落としてやるさ。厄介なのはせいぜい港にある迎撃装置くらいのもの。それさえ破壊すれば、後は上陸して皆殺しにして終わりだ」



「分かってると思うけど、なるべく龍騎兵(ドラグーン)に被害は出さないでよね。この島へ連隊規模の数が配備されているのも、裏でどれだけ大きな力が働いているのか分からないくらい凄いことなんだから」


「分かっているさ。今回来る分も、恐らくはイルムコレナへ追加配備される分を誤魔化してこっちに回しているのだろうからな。そんなことが出来るのは――」


 顎に手を添えて予想を口にしようとするゼミリオを、サウルが手と声で制した。


「待ちなよ。余計な詮索はすべきじゃないんじゃない? 確かに僕らが利用されている状況ってのは面白くないけど、これだけの力を僕たちは得ているんだ。だったら、今は相手の思惑に乗った振りをして、僕らは僕らの目的を果たそうじゃないか。そしていつかは、()を顎で使った奴の力すら自分のモノにするんだ――」


 狂気を孕んだ目で陶酔するサウルに、ゼミリオもまた辟易とした思いを抱きつつも今は黙って賛同すべきパートナーに笑みを浮かべた。


「だからさ、今はなるべく相手の意に沿う方向で事を進めて、僕らに対する相手の心証を良くしておきたいんだ。だから、分かるよね――?」


「仰せのままに。こちらには被害をほぼ出さずにあの砦を落とす秘策があるので、どうかご安心を」


「頼むよ? 今日来た連絡員から聞いた話だと。あの丸焼き男(ロースター)将軍が何か大きなヘマをしたみたいで、随分絞られてるらしいからね。僕は御免だよ?」


「こちらは何ら不足の事態など起きない勝ち戦。何にも起きはしないさ」


 そう言ってニヤりと笑うゼミリオに、サウルは満足そうに頷き再び玉座に深く腰掛けた。二年前までここに座っていた少女を、この手にかけるのを夢想しながら――。

 


                    ◇◆◇◆◇◆◇



 周りは密林と火山岩の峡谷、足下には溶岩流の地層による土壌。

 そんな景色と地形が延々と広がるのが、バーンアレス島というところだった。砦の背後に広がる広大な密林地帯に入り、クロウシスは正確な地形の把握と地図の作成を行っていた。

 簡易的な地図はクリシュの近衛隊と砦の崖に住む島民によって作られているのだが、クロウシスはより精度の高い地図を必要としていた。

 ここ三日間を掛けて砦から半径30キロ圏内の地形は、ほぼ把握出来ていた。島の地形や特筆すべき点について走り書きをした洋紙を眺めつつ、砦の裏手にある兵舎の休憩所で今後の策について考えを巡らしていると、そこに二人組の訪問者が現れた。


「あっ――いたぞ、ユティ!」


「え? あっ本当。もぉー森に行かれるなら一声掛けて下さい。閣下」


「お前たちか」


 現れたのはクリシュとエリミルの近衛隊の制服を着た二人組。

 目尻をグイっと上げてクロウシスを睨みつけている、かなり気の強そうな栗毛をショートカットにした娘がミリアン。一方、にこにことした柔和な表情でクロウシスを『閣下』と呼ぶ、ウェーブのかかったブルネットの髪を纏めて結び、肩から前に流しているのがユティという娘だ。

 どちらもクロウシスがここに来た翌日から、彼の身の回りの事を補佐するようにクリシュから指示を受けて、この数日間ずっとクロウシスにくっついていた――のだが、結構適当にあしらわれている上に、ここ三日間に関しては密林へと入るクロウシスの後に付いてくる事が出来ずにいた。


「まったく猿の魔物のような方ですね! 貴方はっ!」


 特に真面目なミリアンは、いきなり現れた怪しい男の世話係を命じられた挙句に、その本人の奔放ぶりに怒り心頭の様子だった。

 初対面の時は胡散臭そうな表情と滲み出る警戒心を、クリシュからの勅命的指示であることと持ち前の生真面目さで押し殺していたのだが、それが続いたのも二日程で今はクロウシスに面と向かって小言を言い放つようになっていた。

 対照的にユティは、初対面の時から今と同じように微笑を絶やさず、始終じっとすることなくあっちこっちへ移動を繰り返しては指示を飛ばしたり手伝いをするクロウシスを補佐し、小言を言うミリアンの姿を見てはクスクスと笑い、いつの間にかクロウシスのことを『閣下』と呼んだりしていた。


「猿とは心外だ。それに正確な地図の作成は、現状急務だと思うが?」


「むぐっ……それはそうですが、出かける際は一声掛けて頂きたいのです! 我々は貴方の監し――じゃなくてっ世話役を姫様から仰せつかっているのですから!」


「まぁまぁ、ミリアンもそんなに目くじら立てないの。閣下、昼食をお持ちしました。ちょうど兵舎ですし、召し上がりませんか?」


 ユティは朗らかに笑って持っていたバスケットを持ち上げる。


「そうか、では頂くか」


「はい、お茶も淹れますので少々お待ちくださいね」


 そう言って炊事場に行くユティと早速バスケットの中を開けて、中に入っているサンドイッチを難しい顔で頬張りながら手元の地図へと視線を落とすクロウシス。そこで置いてきぼりにされたミリアンがプルプルと震え始める。


「どうした、ミリアン=カーター。震えるほどに空腹であるなら、お前も食べればよかろう」


「違うっ!」


 ちょっと涙目になって否定するミリアンに、奥からティーポットを持って戻ってきたユティが困った子を見るような表情で肩を竦める。


「ミリアン。選任騎士にまでなった貴方が、そんなに余裕がないのはどうかと思うわよ? 閣下、お茶が入りました」


「うむ、頂こう」


 鷹揚に頷いてお茶を受け取るクロウシスに、やはりにこにこと嬉しそうなユティ。その二人をミリアンがジト目で見ていた。


 すると、クロウシスの懐がモゴモゴと動き、服の襟元から白い幼龍が顔を覗かせた。それに過剰な反応を見せたのは当然――ミリアンだった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! トリヴァー様! そんなところにいらっしゃったんですね!? き、今日も神々しくも可愛らしいお姿……っ!」


 キャイーン!とでも叫びそうな勢いで手を胸の前で握り、頬を紅潮させてもうメロメロな様子で白龍――トリヴァリアスアルテミヤことトリヴァにご執心のミリアン。だが、トリヴァはミリアンをちろっと一瞥すると、クロウシスの腕にシュルシュルと巻きついて、手の先にあるサンドイッチをクンクンとにおっていた。


「お前はこっちの方がよかろう」


 そう言ってクロウシスが懐から小さな麻袋と取り出し、中から木の実を出すとトリヴァが早速腕から首を経由して麻袋を持つ左腕へと移動していく。そして、クロウシスが木の実を指で潰しながら与えると、指をチュウチュウと吸いながら食べ始める。

 その様子をミリアンは羨ましそうに眺め、ユティは微笑みながら見ていた。


「あぁ、トリヴァ様……私には御身に触れさせてもくれないのに、何故そんな男にそのようにお懐きに……でも、可愛いぃ」


「本当に姫様方以外に、いえ姫様方よりも誰かにトリヴァ様が懐かれることなんて、今までなかったんですよ? さすがは閣下、人徳の成せる業ですね?」


「こいつの趣向が特殊なだけであろう……ん? もうよいのか?」


 いくつかの木の実を食べたトリヴァは、「ケプッ」とゲップをするとクロウシスの首に巻きついて眠り始めた。頭の位置を確認するついでに撫でてやると、喉的な部分をゴロゴロと鳴らして尻尾の先端を細かく振っている。


「まったく、変な白龍もいたものだ」


「片時も離れませんものね。少し妬けてしまいます……ミリアンはずっと横恋慕ですけど」


 意味深な笑みを浮かべるユティがミリアンを茶化すと、トリヴァの寝顔をうっとりと観察していたミリアンが正気に戻り、ちょっと目尻に涙を浮かべてクロウシスを指差す。


「う、羨ましくなんてありません! いつか私の愛がトリヴァ様に通じる日が来ると信じていますから! って、そうじゃなくて!」


「はいはい、ミリアンもお昼食べなさい。閣下、これで手を拭いて下さいませ」


 ユティはミリアンをいなしながら、クロウシスに湿らせたタオルを渡す。それを受け取りながら、クロウシスは再び地図を難しい顔で見ていた。


「まったく……あ、このサンドイッチ美味い。今日の当番はエレニアだったか、あいつめ腕を上げたな……モグモグ」


 ミリアンの言葉にクロウシスは、目の前にいる二人が身を包む制服を着た組織について考える。

 クリシュとミリエルが近衛隊と一緒にこの砦に逃げ込んだことは知っていたが、その近衛隊が全員女性だという事実には、クロウシスも多少驚いた。


 『火龍の首飾り(ガルフィネアス)』近衛騎士団というのが正式な名前で、今は亡き火龍バーンアレスの洗礼を受けし巫女付きの近衛騎士兼侍女ということらしい。侍女も兼任するだけあって、この砦の掃除洗濯炊事に至るまでガルフィネアスの面々が分担して行っており、同時に砦の改修を付近に住む住民に手助けしてもらいながら行い、その上で見張りから衛兵に至るまでも行っているのだから、なかなか万能な能力を持った一団だった。


 そういった者たちが全力で支えようとしているのが、あのクリシュ=リアスカ=イニス=サーディアスという少女なのだ。

 そして彼女も涙しながらも、強くなることを――自分の弱さ故に苦しむ事になった者たちがいることを知り――強くなろうとしている。


 全てをクロウシスが一人ですべきではない。

 たとえそれを出来るだけの力と意志がクロウシスにあっても、全てをクロウシスがやったのでは人は成長しない。

 だが、状況がクリシュたちにとって圧倒的に不利なことは事実だ。

 相手は千人規模の兵士と百体以上の龍騎兵(ドラグーン)を投入してこの砦を落としにくるだろう。まともに事を構えれば負けるのは目に見えている。

 

 だから勝つための準備をしてやろう。

 その為の労力は惜しまない。

 加勢もするし、望まれれば指揮だって執ろう。

 だが、最後に号令を出すのはクリシュでなければならない。


 誰にでも自分を急速に、そして大きく成長させるための戦いが存在する。勿論それは実際に命を奪い合う戦いとは限らない――が、クリシュが今回向かい合うのは紛れも無く、自身は勿論のこと部下の命を危険に晒す戦いだ。だが、それは人の上に立つ者として絶対に必要な意志の強さを持つための通過儀礼と言っていい。

 それを乗り切れば、クリシュがあの時言えなかった言葉の続きを言えるようになるだろう。

 強くなろうとする者が自らの意志で立ち向かう戦い。これがクリシュにとってのその為の戦ならば、必ず勝利を以って終わらせてみせると――クロウシスは誓う。


 海で助けられた恩返しというのもある。

 だが、あの少女を見ていると、何処か郷愁に近い懐かしさを――黒龍は感じていた。


「馳走になった。ところで、クリシュは今執務室か?」


「様を付けんか! もしくはクリシュ殿下だっ無礼者っ!」


 激高するミリアンを一瞥すると、彼女はうっと息を詰まらせて目を逸らした。


「閣下。姫様はこの時間ですと、執務室ではなく会議室で部門長たちと会議をされてるはずです」


 クリシュが自分のことを『先生』と呼び、このユティもいつの間にか自分のことを『閣下』などと呼び始めたのだが、注意してもにこにこと笑うだけで梨のつぶてだったので、クロウシスもいつしか諦めて好きにさせていた。


「そうか、ならば丁度いい。そろそろ対策について提案しておかなければいけない頃合だ」


 そう言って兵舎を出て行くクロウシスに、ミリアンとユティは顔を見合わせて慌ててその後を追った。



                    ◇◆◇◆◇◆◇



 自分の前を歩く黒い背を見つめながら、ミリアンは先ほど一瞥されて怯んでしまった自分を恥じていた。敬愛し付き従うことを誓った姫様が、数日前に巫女としての務めを果たしていた場所で拾って来られた男。

 妙な雰囲気と威厳を持っているにも関わらず、やることが何かと奔放で手を焼いている。全身ほぼ黒っぽい服を着ており、おまけに髪の毛まで黒。本来は確かな血統を持つ王族しか持ち合わせないはずの身体的特徴なのだが、現世にその特徴を持った王族がいるなど聞いたことが無い。そもそも大陸にあるどの国の出身だとしても、これだけ目立つ容姿をしていれば噂が洩れないはずがないのだ。

 例えば『やはり他国の出身で、何か大きな問題があって外には出されずに幽閉されていた』というのが、ミリアンにとって一番しっくり来るこの男の正体なのだが、冷静に考えればやはりそれも現実感が無い。

 しかも姫様は会ったばかりのこの男を甚く信頼されており、同僚たちも最初こそ怪しんでいたが、たったの数日でかなり警戒心を解いてしまっている。その大きな要因になっているのが、この男――クロウシスの首に巻きついてスヤスヤと眠る白龍の幼生体の存在が大きかった。


 その愛らしい姿を見ているだけでミリアンも目尻が下がりそうになるのだが、白龍は元来モノの本質を見透かす能力を持ち、俗世と穢れを嫌う習性があるのだとクリシュが言っていた。この個体が単純に激しい人見知りなのもあると、妹君のミリエルも言っていた。

 そんな白龍がこのクロウシスという男を見てからというもの、もうずっと羨まけしからんことにくっ付いて離れないのだ。

 だからこそ、この白龍が片時も離れずに懐く人物――それはある意味、ここにいる近衛隊の面々にとっては警戒心を解くに十分足る要素だった。

 そしてクリシュ姫直々にこの男の世話役――いやいや、監視を仰せつかったミリアンとしては、その信に報いるべく警戒を怠ってはならないっ!

 ふつふつを湧き上がる使命感を保ちつつ、白龍のあどけない仕草に相好を崩しながらも、栄えある火龍の首飾り《ガルフィネアス》近衛騎士団の選任騎士としてミリアン=カーターは燃えていた。




 何やら見当ハズレの闘志を燃やす可愛い同僚を横目に、ユティ=コルベイルは目の前を歩く謎の大人物に視線を戻す。

 ガッチリムキムキではないが、見た目よりずっと大きく感じる背中と確かな存在感。それをユティは知っていた。ユティの祖父は平民の出でありながら、武勲で得た恩賞により下級ながら爵位を得て貴族となり、皇国時代からこの国を支えてきた地方貴族だった。

 小さな領地が富む時は領民と共に喜び、貧しき時は食料庫を開け放ち資材を投げ打ってパンを買い領民と共に食べ、統べる領民と全ての苦楽を分かち合ってきた誇り高い領主だった。

 そんな祖父と後を継いだ父の背中をずっと見て育ってきたユティには分かる。


 この突然に現れた黒ずくめの男は、自分たちにとって救世主なのだと。

 卑劣にも城主たるクリシュ姫の留守中に城を奪われ、繰り返される砦への攻撃もそろそろ大規模な一大攻略作戦が敢行されるだろう、と予測されていた。そんな中で実戦経験の薄い(大規模な戦闘という意味では皆無)女だけの近衛隊と、砦にある港を頼りに昔から砦付近に居住する住民たちによる、出来合いの防衛などあってないようなものだ。

 皆口には出さなかったが、海上封鎖をされてクリシュ姫を逃がすことすらも、その危険性から出来ない状況にかなり参っていた。

 だからこそ、そこに現れたこのクロウシスという人物の醸し出す、只者ではない雰囲気とユティの父や祖父に通ずる大きな存在感が頼もしく、眩しく思えた。

 

 初対面の時に見惚れてしまった黒い髪と黄金の瞳。

 なまじ貴族の金髪と碧眼を、平民の人よりも多く見てきたユティだからこそ分かる。この人の持つそれらは――本物だと。

 美しい金髪を飾り羽のように整えて見せびらかし、英知の象徴であるはずの碧眼で尊大に人を見下す事しかしない貴族はごまんといる。

 そんな生まれつき持ち合わせた身体的特徴と、教育で得た浅はかな知性で平民たちを教養無き者と蔑む。そういったメッキを貼りあわせたような人間とは比べるまでもなく、このクロウシスは真の意味で高貴に感じられた。

 

 正直、状況が今のような差し迫った緊急時で無ければ、慎みのない女だと思われてもいいから真剣な交際を申し込みたいほどに、ユティはここ数日彼と行動を共にする幸運に恵まれ、そして一緒にいる内にすっかり惚れていた。


 地方貴族の娘として何度か交際の申し出や見合いの話もあったのだが、偉大な父たちの背を見てきたユティにはそのどれもが魅力的に感じられず、いい加減煩わしくなった末に城へと行儀見習に出て、そのまま火龍の首飾り《ガルフィネアス》近衛騎士団への入隊に至った。元々は侍女兼任の職務で、形式的にはクリシュ姫の私兵という扱いになるからこその無茶な人事なのだ。

 

 ユティは今年で21歳になる。

 世間で言えば行かず後家と言われても仕方が無い年齢なのだが、幸いにも姉が婿を取ってくれたことで、結婚を別段急ぐ理由はない――こともない。強要はしないが、父母たちの願いが伝わらないほどユティは当然子供ではないし、良い相手がいれば結婚したいという気持ちはあった。

 だからこそ、今一人の男性に対して自分のことを良く思って貰いたくて、媚びたい気持ちを持つ浅はかな自分が楽しくて仕方がないのだった。

 ちなみにクロウシスを『閣下』と呼ぶのは、そう呼んで不自然じゃないと思ったからだった。



 そうこうしてると、いつの間にかユティたちは砦三階にある第二作戦会議室の前に着いていた。

 会議室の扉に待機する衛兵の火龍の首飾り《ガルフィネアス》二人組がユティたちに気づくと、指先まで伸ばした右手を左肩へつける敬礼を取る。その二人にクロウシスが片手を上げて挨拶すると、すぐに一人がノックをして中へと入り、程無く中から戻ってきた隊員が開け放たれた扉を背に入室を促した。



                   ◇◆◇◆◇◆◇



 会議室には大きな長机が中央にドンと置かれ、そこには8人の火龍の首飾り《ガルフィネアス》の部門長たちが座し、入り口近くにクリシュの秘書官である近衛兵が立ち、上座の主賓席にクリシュは座っていた。

 そこへノックの音が響き、音を立てずに入室してきた衛兵が秘書官へと何事か耳打ちをすると、小さく頷き、次にクリシュへと秘書官が近づいて耳打ちした。


「クロウシス様がお見えのようです。入室の許可をお求めのようですが――如何致しましょうか?」


「構いません、入って頂いてください」


 クリシュが頷くと、秘書官は小さく礼をして衛兵の下へと戻った。

 その間にクリシュは居住まいを正して、クロウシスの入室に備えた。程無くして、入り口からクロウシスが先日お世話役として随行させている火龍の首飾り《ガルフィネアス》の二人と共に入室してきた。

 

「いらっしゃいませ、先生。 どうされましたか?」


 部屋へと入ってきたクロウシスにクリシュが喜色を浮べて、席を立って迎えると、他の8人も主が立って出迎えているのに座っているわけにも行かず、自発的に席を立ちクロウシスを迎えた。その視線には様々なものがあったが、疎むようなものはなくどちらかと言えば何か――変化を期待するような何かを含んだものだった。


「クリシュ、会議の邪魔をしてすまないが、そろそろ頃合であろう」


 クロウシスの率直な言葉にクリシュが目を見開くが、すぐに背筋を伸ばして頷いた。その様子に只事ではない雰囲気を感じ取り、部門長たちも顔を見合わせている。

 クリシュは部門長たちに席へ着くように促し、自分は立ったまま話をし始めた。


「皆さん、アレス城を奪われてこのバーン砦へと逃げ込んでから、約二年が経ちました。その間、私が彼ら――政務補佐官サウル=パンディアと下級特務騎士ゼミリオ=カウンディ。両名の手に落ちることなく過せたのは、貴女方火龍の首飾り《ガルフィネアス》近衛騎士団の尽力あってこそです。本当に感謝に尽きません」


 クリシュの真剣で、本当に感謝していることが伝わる声音に部門長たちも改めて居住まいを正す。そして、続けられる君主の話を一言たりとも聞き逃さないように耳を傾けた。


「この二年間は決して無駄ではありませんでした。しかし、その二年の間でアレス城周辺……いえ、このバーンアレス島の在り様は大きく変わってしまったようです。皆さんは私の為を思って、私に真実を告げないでいてくれました。ですが、私はこの島の――辺境伯などという、分不相応な地位に居ることは重々承知の上で、私はもう一度皆さんに言います。私――クリシュ=リアスカ=イニス=サーディアスは、この島の領主なのです。この島で起きていることの責任は、本来は全て私にあります」


 クリシュの力強い言葉に、部屋にいるクロウシス以外の人間全てが息を呑んだ。その中でクロウシスは、震える手をもう一つの震える手で必死に押さえ込んで、話を続けようとするクリシュに口角を僅かに上げた。


「私は自らの意志を示すために、ここに居られるクロウシス卿に――」


(卿……だと?)


 またも自分の与り知らぬ間に付けられた敬称に愕然とするが、クリシュはおろか他の火龍の首飾り《ガルフィネアス》の面々も一切気にした様子が無い。


「――私の願いを聞き届けて頂き、現在のアレス城周辺の状況を教えて頂きました」


 そこでクリシュは顔を俯かせ、震える手でスカートをギュっと掴んだ。きつく噛み締めた口を戦慄(わなな)かせ、何かを堪えるように目を瞑っている。


「クリシュ」


「はい、先生……」


 クロウシスの声にそっと肩を押して貰ったかのような感覚を覚え、クリシュは力を込めて顔を上げる。


「現在、アレス城の城下は本国から来た貴族、元からの島民、そして他国から船によって強制的に連れて来られた方たち。この三つの区画に分けられて生活が営まれています。しかしその実情は、城と貴族によって、下に位置する方たちが一方的に無体な搾取されているのが実情です。特に国外から連れて来られた方たちは……人としての扱いすら受けていない……と、聞きました」


 その震える声に、部門長たちの何人かが顔を伏せた。それ以外の面々も沈痛な面持ちでクリシュの心を案じてした。

 震える右手を胸の前で強く握り込み、今度はクロウシスの手助けがなくても自ら顔を上げて自分の想いを声にする。


「この二年間は決して無駄ではありません。ただ、これ以上は……これ以上ここでただ身を守るだけの日々は、許されません。今も私の領地で地獄にも等しい生活を強いられている方たちがいるのです。私にたとえその資格がなくとも、私は私の領地に息づく命を守りたいのです。彼らを庇護し、助け出したい……! だから――」


 クリシュは顔を真っ直ぐに上げて、その青い瞳に鮮烈な意志を込める。


「だから――まずは……まずは私たちが、この状況を打破しましょう!」


 その力強い言葉に部屋にいた全員が目を見開き、クリシュを注視した。

 そこにある決意と滲む威厳の片鱗に、全員が身震いして喜びを共有していた。人々の上に立つ王の器を持っていながら、その優しく穏やかな気性ゆえに殻に閉じこもっていた、生まれ持った天性の蕾がついに花開いたのだ。いつかこの日が来ることを知っていたからこそ、皆このクリシュ姫を信じ支えてきた。だからこそ、その喜びはひとしおならぬモノがあった。


 喜びに涙する近衛隊を統括する面々の中から、一人の女性が進み出て来た。

 彼女は古参のメンバーであり、近衛隊全員の長と言っていい人間だ。その彼女も目尻に涙を滲ませて、クリシュの前へと片膝をついた。


「姫様――いえ、クリシュ様。よくぞ決意なさってくれました。貴女様の想いと決意をお聞かせ頂き、我々には最早何の迷いもございません。必ずや、貴方様のご希望を叶え今一度貴女様をあるべき場所へとお連れします」


 希望と喜びに満ちた表情で顔を上げる。


「その為ならば、我ら火龍の首飾り《ガルフィネアス》近衛騎士団は、誰一人として死を恐れることなく戦い抜くことをお誓い申し上げます」


 部屋にいた全ての近衛兵が、彼女に倣い片膝をつき忠誠を示す臣下の姿勢を見せていた。その光景に、クリシュは涙を滲ませながら小さく何度も頷いていた。


「今の宣言――」


 昼寝から起きて甘えてくる白龍を指で突き回していたクロウシスがにやっと笑う。


「今の宣言。この付近にいる全員に聞こえていたようだぞ? この白龍の仕業のようだ」


 全員が驚いてトリヴァを見つめると、トリヴァは「ピィ?」と小首を傾げる。クロウシスが顎で窓の外を差すと、そこにいた人間全員が窓へと詰め掛けると、驚きで目を剥いた。


 窓の外にある訓練用広場に、砦にいるほとんどの近衛隊員が集まって、皆涙しながら手を振ったり、敬礼したり、臣下の礼を取ったり、喜びを大声で叫んだりと様々な反応を見せていた。

 更にその中には、砦の改修や炊事を手伝いに来ている崖に住む住民も混じっており、皆口々に「クリシュ姫万歳!」と叫び、その表情はどれも希望を宿した笑顔で光り輝いていた。


 感極まった様子で静かに涙するクリシュの肩をポンと叩いて、クロウシスが力強く頷くと、クリシュは何度も何度も頷いた。


「さて、近衛隊精鋭の諸君。クリシュ姫の決意と皆の心根が結実したのは喜ばしいことだが、ここにきて事態は大きく動いている。その事について、よそ者ではあるがここは我の話に耳を傾けてもらいたい」


 クロウシスの落ち着いた声音と、得体の知れない――だが、偽物ではない威厳に裏打ちされた言葉に全員が頷き、席へと着いた。それに頷きクリシュに目を向けると、クリシュもまた頷いた。


「では話させてもらおう。シャプールで漁師をしながら各地で情報を収集していたダバンという男から、見逃せない情報が入っている。三日前に南方大陸イルムコレナに対して増強配備される龍機兵(ドラグーン)数百機を積んだ輸送船団が、中央大陸最大の港を発ったそうなのだが、その中に遅れて港を出た船が数隻あり、これらが予定の航路を外れている――ここまで言えば分かるであろう?」


 その場にいた全員が事態を理解して、戦慄しながらも取り乱したりする者はいない。


「新たに配備される機体が何であるかまでは判明していない。だが、その輸送船がこの島に到着するのが恐らく四日から五日後だ。アレス城付近で演習のようなものが頻繁に行われていることも分かっている。このことから、恐らく連中は追加配備の龍騎兵(ドラグーン)が到着次第、ほとんど間を開けることなくこの砦に対して攻略戦を開始するであろう。それも陸と海、双方からの同時攻撃を仕掛けてくると思って間違いない」


 その予測は近衛隊の面々に大きな衝撃をもたらした。ここに居る全員が、ほぼ海からの攻撃だけを想定していたからだ。それというのも、バーン砦周辺だけでなくこの島全域が天然の要塞と言っていいほどに厳しい環境にある。

 だからこそ、陸路は海に比べてとても険しいのだ。慣れていなければ間違いなく遭難して命を落とすほどに。


「陸路が険しいことは、阿呆な連中でもさすがに分かっているようだ。それ故に連中は陸路で進攻してくる部隊を、陸戦型の龍騎兵(ドラグーン)のみによる少数部隊で来るだろう。海にこちらを釘付けにしておけば、背後から強襲できるのだからそれで十分というわけだ」


 冷静に敵の動きに対する予測を話すクロウシスの言葉に、全員が真剣に耳を傾けていた。勿論あのミリアンも聞き入っている。


「そこでだ。我々は――」


 今日まで約三日間を費やして作成した砦周辺の地図を長机に置き、細かな作戦を提示するクロウシスの背を、クリシュはとても頼もしく強い思慕を込めて見つめていた。



前書きと後書きを活動報告にて書いております。

よろしければ、本文読後にお読みください。


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※修正情報

2012/10/4誤字修正しました。

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