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プロローグ1-滅び行く世界-

            


 僅かな光すら許さない漆黒の闇の中にそれは鎮座していた。

 

 その全長は長い首の先から尾の先までで三十メートルはある。巨大な巨躯の大部分は黒く鈍い光沢のある鱗に覆われている。その背には巨大な翼を持ち、背中の堅牢な甲殻は長い尾へと続いていく。前方へと力なく垂らした長大な首の先の頭部には、頭頂部から背に向かって四本の鋭い角が禍々しくも美しく生え、僅かに開いたアギトからは鋭い牙が覗いていた。

 巨大な爬虫類を思わせる様相だが、それは爬虫類などでは決してない。太古の昔よりこの世界で絶大な力と支配力を誇ってきた種族の末裔――ドラゴン。


 

 本来はその力と英知から他者に捕まるようなことは決してないのだが、そのドラゴンは今両手足と長い首を古びた黄金の鎖に繋がれて中空に磔にされている。さらにその体には二本の白い槍が背中から突き刺さり、そのまま腹部へと貫通していた。

 

 彼がこの闇の中に囚われてからそろそろ五百年が経とうとしていた。

 力の発現と行使を限りなく抑制する封印は、同時に彼の肉体を衰えさせることもなかった。恐らくは時の流れそのものに干渉しているからだろう、と彼は推察していた。

 結果的に彼は光が一切洩れ入らない空間にいながらも視力を弱めることもなく、筋力が衰えることもなく、力の一握りも失うこともなく捕らえられていた。


 ――いや、衰えていたものもある。それは――気力だ。


 卑劣な罠に掛かり、ここへ身をやつしてしばらくは抵抗していた。

 だが、神族と魔族が共同してかけた封印は彼の力を持ってしても破ることはできず、彼はその封印の正体に気づく知識を持っていたが故に、次第に抵抗をするのを止めて虜囚としての立場を受け入れていった。


 いや、卑劣な罠などと……彼は内心で自嘲気味に笑った。


              ◇◆◇◆◇◆◇


 いつの頃だったか忘れてしまったが、それほどに昔から神族と魔族は常に諍いを起こすようになっていた。

 奴らはそれぞれに神々と魔神の眷属であり、それ故に戦いを繰り返していた。この世界の中で最高位の種族である奴らの戦いは、その度に苛烈を極めこの世界を二分する支配者同士であるが故に、その戦いが地上に暮らす生き物たちにとって天災に等しい現象であるにも関わらず、甚大な被害を齎すことには一切関知しなかった。

 

 天が裂け、地を砕き、海が割れる。

 

 そんな戦いが明確な終わりを迎えることもなく繰り返されていたのだ。地上で生きる生物に取ってはまさに地獄だった。天災のような大規模な現象だけではなく、高次元の存在である彼らが衝突する度に世界の源であるマナは千々に乱れ、土壌は腐り、木々は枯れ、水は汚染され、生物は死に絶えていく。

 誰の目から見ても、この世界は崩壊への道を歩み出していた。


 彼も根城である居城の中でその気配を感じていた。だが特別何かをしようとは思わなかった。彼は血統の廃れたドラゴンという種族にとって最後にして最強の力を持った龍だった。

 それ故に自分の身一つであれば逃げることも、降りかかる奴らの力も容易にはじき返す自信があったのだ。

 故に彼は傍観者としての立場を決めて壊れる大地の悲鳴に耳を貸すことも無く。ただ書庫で本を読み漁り、先達の祖先たちが残した力と知識を吸収することに没頭していた。


 そんな折に彼が世情の動きを探らせていた子飼いの魔物から、とある情報がもたらされた。

 曰く、人間たちが中心となって奴らの争いを止めるための準備をしているというのだ。人間たちは亜人間から妖精を含めた、この世界に生息するあらゆる種族に対して呼びかけを行い、協力して神族と魔族の終わることの無い戦いを終わらせようと言うのだ。


 そしてその枠組みにはドラゴン族の末裔たる彼も含まれているようで、もうすぐこの居城にもその使者がやってくるらしい。


 人間。

 この世界の地上において文化レベルと分布的な繁栄を総合して考えれば、恐らくもっとも力を持っている種族であることは確かだ。だが彼の知る限り、人間は悪意に傾き易く、そのくせ短命で脆弱な肉体を持ち、同族同士でありながら王家や国というちっぽけな矜持を守るために諍いを止められない愚かな種族だと認識している。

 そんな連中の代表が、長命な寿命に堅固な肉体と絶大な力を持っていながら、種族としてはすでに根絶の一歩手前に瀕しているドラゴンである自分を何と口説くのか興味をそそられた。


 数日後、確かに彼の居城に人間の使者が訪れた。

 だが、使者はたったの数人、しかもその代表は年端もいかぬ小娘だった。

 侮られているのかもしれない、とも彼は思ったが、単純な力の差を考えればそれも考え難い話だ。だが、それならば人間が彼の力をどのように評価しているのかは分からないが、せめてもう少し体裁を整える必要があるはずだろう。

 彼は本来の姿を取らず、人間のそれも小汚い老人の姿で謁見の間で待つ使者の前に立った。


 その姿に他の使者たちは酷く驚き、少女も驚いていたが、それでもすぐに最大限の礼を持って迎えた。彼は自身が長く生き過ぎた故にもう力を持っておらず、奴らに恐怖した末にここへ隠れるようにして生きてきたのだと説明すると、他の使者たちは酷く落胆した顔をして、彼に対してある種の侮蔑や恨みのこもった視線すら向けていた。だが、少女だけはただ真摯に彼の話に耳を傾け続け、真っ直ぐに彼の濁った目を見て言った。


「決して無理強いをしにきたわけではないのです。ただ、今この世界は破滅の道へ進むことを止めようとしません。我々生きとし生けるものは戦わねばなりません。例えそれが敬愛する神々と畏怖すべき魔神の眷属であろうともです」


 真っ直ぐで澄み切った瞳をしていた。

 数千年を生きてきた彼にも見たことのないほどに……。

 彼はその色をもっと見たいと思いながら、わざと小馬鹿にするように首を傾げる。


「そなたらに出来るのであろうか? 愚かで脆弱で、命短きそなたらに」 


 その物言いに後ろの使者の顔色が怒りに染まる。だが、少女は微笑み小さく頷いた。


「あなた様の仰るとおりです。我々もまた同族同士の諍いを止められず血を流し合い、それでいて何でもないことで呆気なく死んでしまうほどに弱く、数千の時を生きていらっしゃるあなた様に比べれば、火花のような一瞬の生です」


 少女はすっと目を瞑る。


「ですが、私たちはそれでいいのです。勿論愚かである点は悔い改めていかねばなりません。ただ、私たち今を生きる者は過去を生きた人から得た教訓とこの身を糧に、未来へとこの一瞬の命を繋がねばなりません。繋ぎ続ける限り、たとえ私たちの命が一瞬の火花であろうと無駄ではありません。そして――」

 

 少女がゆっくりと目を開くと、その瞳の輝きが増したかのように錯覚する。


「そして、私たちは短い生だからこそ、この生命を燃焼させてみせます。一瞬の火花ではなく、一瞬の閃光のように眩く……!」


 強靭な意志を秘めた瞳だった。

 今まで見たどんな宝石よりも美しい輝きを秘めている。

 だからその輝きが曇るのは勿体無いと思った。


「面白い。面白いな、人間の娘」


 その時には彼の声はもう老人の皺枯れた声ではなく、絶大なる力と意志の漲る声に転じていた。その異変に少女たちも気づき驚いていた。

 少女たちの驚きを他所に、彼は老人だった姿からまるで成長を逆回しするように、老人から壮年に、壮年から精悍な若者へと姿を転じる。


「あの戦狂いの支配者共の首根っこを掴んで怒鳴りつけるのだろう? 面白い、お前たちがどのような光を放ち、その短い生を全うするのか見届けてやろう」


 目を丸くする少女と腰を抜かした使者の前で、彼は若者の姿から本来の―――太古の昔より畏怖と憧憬を持って人々に崇められる伝説にして最強の生物、ドラゴンへと転じた。

 翼を広げ鎌首をもたげて少女たちを睥睨すると、目を細めて少女の前へと巨大な顔を寄せる。その圧倒的な威圧感に使者たちはへたりこんだまま後ずさるが、少女だけは正面から彼の視線を受け止めた。

 その気になれば瞳に宿った魔力のみで相手を死に至らしめる魔眼と視線を交錯させてもなお、少女の目には畏怖はあれど恐怖はなく、澄んだ瞳もそのまま凪いでいた。

 彼はにやりと獰猛な笑みを浮かべた。


「我は始祖龍が一柱アルザードヴォレンシアの末裔にして、現世最後のドラゴン、クロウシスケルビウス」


「私はリーズケイレンの大僧正レキアの娘、僧正巫レビ=ティアニカです」


 それが始まりだった。

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