作戦
部屋から出て緑の大きい白い目地のタイルの廊下を歩き、建物から出た。長い廊下は5分以上は歩いただろうか。出た先はビルが乱立する東京のど真ん中だった。切り取った空から今日は曇り空とうかがえる。もしかしたら雨も降るかも知れない。
「さあ、乗ってくれ」
青年に促され目の前にあった白いバンに乗り込む。神谷を真ん中に左右に一人ずつと後ろに一人、助手席に一人。運転は久遠がするらしい。それぞれが乗り込み車は学校に向け発進した。
それから約20分後、車は学校近くの駐車場に止められた。
「では、今から作戦を説明する」
運転席から後ろを向き久遠が言った。
「まず、前口、桐生は高校生の格好になって神谷の護衛。このことは学校側にも了承を取っている。席も神谷の席の近くに用意してくれたらしい。なのでそのまま他の生徒と授業を受けてくれ」
「「はい」」
二人分の返事。一人は先ほど寝ている少年を殴っていた茶髪で短めな髪の青年、もう一人は黒髪のセミロングの女性だ。歳は神谷と変わらないくらいであろうか。真面目そうな印象を受ける。
「そして他の私を含む3名は水道工事の業者に変装し襲撃を待つ。あとは相手の出方をうかがう。くれぐれも犠牲者は出さないように。私からは以上だ。質問は」
「ありません」
キビキビと、という言葉が一番合いそうな状況だ。緊張感も高まっている。
「それでは、準備に取り掛かってくれ」
この言葉を合図に一斉に着替えが始まった。着替えといっても魔法によるものであっという間に着替えは終了してしまった。後は武器の確認など、準備に余念がない。神谷は特にすることがないので、黙って座っているしかなかった。
「あ、はい、これ」
突然左隣にいた桐生に話しかけられ右手に持っていたものを渡される。それはいつも神谷が通学に使っている紺のスクールバッグそのものだった。中身を開けて確認したがどうやら神谷自身のものらしい。
「な、なんでこれが……?」
そう思うのは無理もない。ここにあるはずもないものが今目の前にあるのだから。
「なんでって、そりゃ取りに行ったからあるんでしょうが」
そういって桐生は苦笑いを浮かべた。
「それだってあるんだ。取りに行っておいてあるのは当然だろ?」
神谷の制服を指さした。神谷はなんと言っていいかわからずに黙ってしまった。
「……さて、そろそろ3人には行って欲しいのだが」
少し気まずくなった雰囲気を察した久遠は出発を促した。
「あ、はい。わかりました」
そして桐生は車のドアを開け車から降りた。
「ほら、私たちも降りるわよ」
前口も神谷を降りるよう促した。意を決したかのようにバッグの持ち手をぎゅっと握りしめ車から降りた。それに着いていくように前口も降りる。
「それじゃあ、またあとで」
前口はそう言って車のドアを閉めた。
車を降りるとそこは学校のすぐそばだった。
「じゃあ行きますか」
制服を身にまとった桐生は言った。意外と違和感はないのでやはり同じくらいの歳なのだろうか。少し劣等生という感じもしないではないが。ルックスもそこらへんにいるアイドルと遜色ないくらいのものを持っているので、似合っている。一方前口のほうは生徒会長、成績1位と言ったらみな信じてしまいそうなほど真面目さが漂っている。きりっとした目にセミロングの黒髪、通っている鼻筋。かなりの美人と言ってもいいだろう。
二人が歩き始めたので神谷も歩を進める。
それから5分かからず正門に到着した。昨夜来た時のピンク色のドームは消え失せている。影も形も残っていない。
「最初に職員室に行くから神谷は先に教室に行っててくれ。それと、今から俺たちは知り合いじゃない。いいな?」
「……はい」
返事をするのがやっとだった。緊張していて今にも吐いてしまいそうだ。
「行け」
その言葉に頷いて校舎に向かう。その足取りは何となくおぼつかない。
学校内の桜並木を半分くらい行った所だろうか。後ろからバタバタと走る音が聞こえてきた。
「おっはよ~う!!」
背後から突進まがいで抱きつかれ少しよろける。ちゃんと足に力を入れておかなければ地面に倒れてしまっただろう。神谷が振り返るとそこには黒髪に緩いパーマをかけた少年がいた。髪は首の中ほどまであるだろうか。前髪も目にかかっている。神谷はこの少年から離れようとしたのだが華奢な細腕にどこにそんな力があるのか、引きはがすのにすごい力がいる。
「お、おはよう……」
真正面に向き直ると、目がぱっちり大きい。鼻立ちも通っている。まさに美少年だ。中学生と言われても信じてしまうだろう。この少年とのこのやり取りはいつも通りのことなのか特に同じてはいない。しかしテンションの違いとあまりの緊張で返答がぎこちない。
「ん? なんかあった……?」
覗き込むように聞いてくる少年。顔相応で声も高い。
「いや、なんにもないよ? まだちょっと眠いだけ」
朝にはよくありがちな答えで質問をやり過ごそうとする神谷だが、実はこの少年、鋭いとこがあるのだ。
「ふ~ん……?」
だいぶ疑っているようだがその場はやり過ごせたようだ。ただちょっとふてくされている。
「ま、翔が何もないっていうんなら多分なんもないんだろうな」
まるで言い聞かせるような独り言だがなんとか納得したようだ。
そうこうしているうちに二人は下駄箱につき上履きに履き替えた。なんの変哲もない、赤いラインの入ったシューズだ。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるから先に行ってて~」
「わかった」
少し駆け足でトイレに向かっていった少年を見送り、神谷はトイレとは逆方向にある階段へ歩き始めた。
2階の奥、階段の反対側にある教室はいつも通りざわざわ騒がしい何とも言えない不協和音を奏でていた。いつもと同じ風景だ。先まで非日常にいたものだから日常がやけに安心感を覚えさせた。
「何つっ立ってんの? 早く席座れば?」
気づくと後ろにあの少年が立っていた。
「やっぱりちょっとおかしいよ? 大丈夫……?」
心配そうに眉根を歪ませ、神谷に視線を送る。
「あ、ああ。大丈夫」
少し無理矢理だが笑みも浮かべた。ぎこちない笑みから何か悟ったのかそれから何も言わずそのまま神谷の隣の席に腰かけた。この二人、隣の席同士なのだ。
それから二人で他愛のない会話をしているとチャイムが学校全体に響き渡った。
チャイムが鳴ってから数分。いつもならとうに来ている担任が来ない。足音も聞こえてこない。なにがあったんだろー、と会話があちこちで飛び交う。二人も例に漏れず、そんなような話をしている。
「あんなに時間にキッチリしてる人が珍しいねぇ~」
少年が緩い気の抜けた口調で言った。
「そうだなー……、っと、そろそろ来そうだぜ」
遠くにだが聞こえる足音。その数は3つ。それから十数秒、教室の引き戸が音を立てて開いた。
「待たせてしまってすまない。今日は朝から忙しくてな」
張りのある低音が教室中に響き渡った。生徒からもこの声は人気がある。それに加えダンディな風貌とお洒落なスーツを着こなし、清潔感のあふれる容姿も人気の一つなのだろう。40過ぎらしいがお腹も出ていない。むしろ筋肉質と言ってもいい。
「今日一日体験ということで二人の同世代の二人を紹介する。理事長の知り合いらしいから特例だな。二人とも入ってきてくれ」
この発表に教室はざわめいた。そしてそのざわめきの中、二人は入ってきた。
入ってきた二人――前口と桐生は教壇に立った。そして二人は自分の名前をホワイトボードに書いた。
「前口 四季です。今日一日だけですがよろしくおねがいします」
やはり見た目通り丁寧である。男子からは歓声が上がった。
「桐生 光輝っす。よろしく~」
今度は女子から歓声が上がった。やはりこういう顔は人気があるのだろう。
「二人は左から2番目と三番目の一番後ろに座ってくれ。それじゃあみんな今日1日よろしく頼むぞ。それではHRを終わりにする」
といって颯爽と出て行った。そして二人は神谷と少年が一番前にいる席の一番後ろに座った。
担任が出て行ったと同時にみんな席を離れそこに群がる。よく見てみると他の教室の生徒もいるようだ。神谷も怪しまれないように一応群がる。そこでは二人に質問の嵐が降りかかっていた。彼氏彼女はいるいないだとか、好きなもの、趣味など様々だ。二人はこの群れには驚きたじたじ、と言った感じである。
この状態が十数分続いたがチャイムによりこの群がりは散り始め、先生がドアを開けると同時に無くなった。しかしまだざわついている。
「はい、静かに!!」
先生の怒号に近い一言でざわつきは一旦おさまった。
「それでは教科書128ページを開いて」
古典の授業が始まり、またざわつきはじめた。今日は授業にはならなそうである。先生もそう感じたのか、太った腹がため息で上下した。同時に胸ポケットに入っていた紺のハンカチで顔の汗を拭った。
こうして一限が終わり、二限も同じようなもので終了した。そして三限が始まった。
「今日は特別な生徒が来ているということで特別な授業を用意しました」
英語の授業が始まり、今日は英語のビンゴをやるらしい、英語の女教師は言った。
ルールはこういうもの。頭文字が書いてある紙に英文をあてはめれれば一コマ埋められるというもの。
「それじゃあグループを作って下さい、そこに紙を配ります」
一斉に転校生に群がる生徒たち。それを無視して神谷は少年とペアになった。だがグループなのであと数人は必要だ。
「おい、そこの二人組、一緒に組もうぜ」
遠くから聞こえたのは桐生の声だ。そして群れの中からなんとか抜け出し、二人のそばに桐生と前口が到着した。
「あと二人くらいか」
桐生はそういうと再び群がりだす。だが数はだいぶ少なくなったようで、神谷が巻き添えを食らうという事態は起きていない。
「じゃあそこの女の子二人でいいや、組もう」
適当に二人を選ぶと選ばれた二人は歓喜し、その他は落胆の色をありありと見せた。
「それじゃあ紙を配りますね」
やっと出来上がった班に紙を配っていく先生。班を作るときは傍観を決め込んでいたようだ。
「それじゃあ紙に記入し始めて下さい。時間はそうですね……15分くらい取りたいと思います。スタート」
一斉に書き始める生徒たち。さすがに集中し始めたのか、相談以外の声は聞こえなくなった。
あれから5分くらい経っただろうか。下の階からパリン、とガラス製のものが割れた音が聞こえた。するとそれを皮切りに、その音があちこちでなり始める。
「……来たか」
ぼそっと呟くといきなり桐生は立ち上がった。周囲は何が起きているのかわからない状況で、困惑しきっている。
すると教室の全ての窓ガラスが鋭い音を立てて割れ落ちていく。あがる悲鳴、うずくまる生徒、立ちすくむ生徒、泣き出す生徒、逃げ惑う生徒。多様な様相を見せる。そして割れた窓ガラスから数人が飛んで、来た。ぎりぎり目視できるかと言うスピードで。
「やっとおでましか」
桐生はにやりと笑んだ。そして足で床を思い切りたたきつけ音を鳴らした。
「待ってたよ」
すると学校全体から緑の五芒星が浮き上がり、鋭い光を発し始めた。緑に包まれた生徒たちはたちまち体が透過し始めやがて消えてしまった。
目も眩むような閃光が消えるとそこには敵の姿と組織の姿だけだった。もちろん神谷もいる。
「――なっ!! なんでお前まで残ってんだよっ!」
教室の端で桐生の声が発せられた。その問いは神谷に向けてらしい。
「な、なんでって……。そんなこと言われても知りませんよ……!」
その言葉は神谷を不安にさせた。顔が不安で歪んでいる。今にも泣きだしそうと言った風だ。
「そ、そうだよな……。ちょっと待て」
すると桐生はジーンズのポケットに手を入れ、無線機を取り出した。
「……作戦Bに変更する」
静かに無線機をポケットに戻し、再び前を向き、剣を構えた。
「あ、そうそう。武器もなにもないと心もとないだろうから」
と言って、桐生は懐から剣を取り出し、神谷の足元に剣を投げた。
「……自分の身は自分で守れと……?」
「いや、あくまでも護身用としてだ。お前はこっちでしっかり守る」
「ふーん……」
そういって足元の剣を拾った。ずっしりと重みがあり、本物だと感じられる重さだ。
「――さぁて、そろそろ話は終わりかな」
ねっとりと張り付くような声。背筋が凍るような冷たい声。それが教室中に響き渡る。そしてそれが開始の合図と言わんばかりに敵が動き出した。相変わらず目には捉え切れない。
(こんな敵なんかに勝てるのだろうか……)
こんな不安が頭をよぎる。それも当然、戦うことが初めてなのだから。
(だけど……やるしかないんだよな……! だったら……!!)
神谷は床にある剣を手に取った。その瞬間――
「逃げろ!!!」
桐生の声が神谷の耳を突き抜けた。
「え……?」
突然の事だったので反応が遅れてしまった。その刹那、目前で何か動くものを捉えた。いや捉えてしまった。きらりと光るナイフとそれとともに高速で動く人影。あまりに一瞬だったので全く動けなかった。気づいたら教室のドア付近に吹き飛ばされていた。鈍い痛みを腹部に残して。
「はやくその剣もって逃げろ!!」
なぜか神谷の元いた場所に立っていた桐生が叫んだ。その声に動転していた気を切り替え近くに飛ばされていた剣を手に、立ち上がるとそのままドアを勢いよく開け放ちそこから飛び出た。
「行きなさい」
敵のリーダーらしき人物も部下に命令し、神谷を追いかけるように指示する。
神谷が教室から飛び出た廊下には誰一人おらず、閑散としきっている。
(逃げろっていったってどこに逃げればいいのだろうか)
ふと疑問がよぎったが、追いかけられているので足は止められない。後ろを振り返ると神谷の後ろを敵が半笑いで追いかけて来ている。多分相手は本気ではない。こちらは本気だというのに。
教室を出てから1、20分経っただろうか。廊下を走ったり階段を上ったり下りたり。学校の出入口を調べに回ったがどこも鍵が閉まっていた。鍵を開けようにも追いかけられているから立ち止まってもいられないのだ。だんだんと息切れしてきた。走っている汗と追いかけられている冷や汗、どちらも止まらない。神谷の走るスピードも落ちてきた。そしてついに廊下の突き当たりで追いつかれてしまった。諦めるかのようにゆっくりと足を止めると息を切らしたまま振り返る。振り返って見た敵の顔はまだ半笑いを貫いていた。汗ひとつかいてないし、息も切らしてない。しかし二人とも立ち止まったままで一向にアクションを起こさない。
「ころ……さ……ない……のか?」
頭に思い浮かんだことがつい口走ってしまった。怖くて足が震えている。動悸も止まらない。
「殺さないよ? 今日は君を捕獲するだけだからね」
へらっと明るい軽い声で答えた。また笑っている。
「さて、捕まってくれるかな?」
じりじりと口に半月を浮かべながら神谷に近寄る。もはや狂気だ。
「……ッ! 誰が……!」
「そう。そう言ってくれると思ってた。なら……」
ぐいっと神谷に近寄る。下から覗き込むような体勢をとった。
「殺さなければ何しても良いって言われてるからとりあえず……」
全身に衝撃が走った。なぜか後ろに吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けていた。
「ぐはっ」
息つく間もなく今度は腹に鈍痛。どうやら殴られたようだ。あのコンマ何秒かに壁に打ち付けられた神谷の元までやってきて。
「--ッ」
あまりの痛みに顔をしかめながら神谷はその場に倒れこんだ。目の前には相手の靴がある。
「なんだ? もう終わりか?」
そういうと敵はしゃがみ、神谷の髪の毛を引っ張って顔を無理矢理上げさせた。上げられた神谷の顔はまだ顔を歪めている。
「まだまだ、終わりじゃないぜ?」
そういうと敵は髪を離し立ち上がった。
刹那、神谷の髪に生暖かい液体のシャワーが降り注いだ。そしてこだまする断末魔。何事かと恐る恐る、本当にゆっくり前を向き、まぶたを開いた。そして、目に映るものを疑った。さっきまであんなにも狂気に染めていた顔が青ざめている。目は見開き驚愕の表情と、死に迫る恐怖が顔に浮かんでいる。白いシャツも真っ赤なにまみれている。その真っ赤から鈍色の剣先が胸から覗いている。そこからは時折、血が滴っている。
「な……ん……で……」
ゆっくりと剣が抜かれる。瞬間血が勢いよく噴き出す。そして剣を抜かれた体は人形のように、受け身を取らずに床に落ちていく。大きな音を立てて。
そして敵が倒れたことによって現れた顔、それは久遠だった。
「どうやら間に合ったようだな。少々酷い顔になってはいるが」
低い声が神谷の鼓膜を揺らす。
「大丈夫か?」
すっと、倒れている神谷に手を差し出す。神谷もそれを受け取り、立ち上がった。
「ありがとうございます……」
「ああ」
そして流れる沈黙。そのまま久遠が黙って歩き始めたので、神谷もついていく。
とても気まずい。その沈黙を打破するために神谷は久遠に話しかけた。
「あの……、どうやってここがわかったんですか?」
確かに疑問だ。
「……ああ。その剣だ」
「剣?」
桐生にもらったあの剣のことだろうか。
「ああ。あの剣には発信機がついてるんだ。以前桐生がまだ小さかったころにな、ピンチになったらこの剣を使っていたんだ」
むかしのことを懐かしむように、久遠は言った。
「そうなんですか」
「ああ。だが今回は君の魔力を追跡していたわけだから特に必要はなかったわけだが。それより急いで教室に戻るぞ。今もあいつらは戦っているはずだからな」
そういうと走って教室に向かって行ってしまった。それに置いて行かれないように神谷も走ってついていく。見慣れているはずの学校の景色もどこか暗い雰囲気を漂わせている。
「さあ、入るぞ? 準備はいいか?」
いつの間にか神谷のクラスの教室の目の前についていた。そして手をドアにかけ、一気に引いた。
そこはすでに教室というのははばかれるほどの惨状だった。机と椅子はほぼ消失し、壁もところどころ穴が開いたり、焦げていたり、濡れていたり、削れていたり。黒板は傾き、ここも壁と同じような状態に変わっている。床も同じようなものだった。更に煙も舞っていて、割れた窓が霞み、外の風景も霞んで見える。そこには5人の人影があった。
「こ……これは……」
つい言葉を失う神谷。あまりにも様変わりしてしまっていたので絶句という感じだろう。
「おい、大丈夫か」
久遠が低く通る声で叫んだ。すぐに5つの影は動き、敵も味方も健在だということを知らせる。そのうち2つの人影は敵を警戒しながらも神谷達の方へとやってきた。
「……遅……い……っすよ、二人とも……」
桐生の姿はボロボロといった感じで洋服もところどころ破れて、身体も擦り傷、切り傷、火傷などの傷でいっぱいだった。前口も同じような感じだった。
「あいつら……強いっすよ……。かなわないっす……」
息も絶え絶えで、相手が相当強敵ということがうかがえる。
そして、そこからは膠着状態で互いが息を整える時間ということだったのだろうか。両者動かなかった。やがて煙も晴れ、お互いの状態が見えるようになった。敵の状態は金髪が二人、桐生や前口と大差ない状態だったが一人、髪が水色で、氷模様をあしらった、鎌をもった青年は傷一つなく、衣類の乱れすらなかった。顔もきれいな顔を余裕そうな笑みすら浮かべている。
「あいつ、何も手を出さないんですよ……もう気味悪くって……」
桐生はそうつぶやいた。
「それに攻撃当てようとしてもあいつらがいるからそれもできなくて……」
自分の不甲斐なさに少し悔やんでいるような風にも見て取れる。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
流れるような、なめらかな、這うような。すこしねっとりとした高いの声が教室中に、声は大きくはないのだが響いた。
「わたしの大事な部下もやられてしまったようですし」
ちらりと、二人についた血糊を見た。その血を見る目は悲しげでもなく、怒りでもなく、ただただ無が広がっているだけだった。
「さっさと終わりにしちゃいましょう」
そう言い残し、その水色の青年は消えた、と次の瞬間、鎌の歯が、神谷の首に出現した。背中には生暖かさを感じるので、水色の青年は神谷の後ろに居るのであろう。神谷の顔は恐怖に歪み、冷や汗も流している。
「おっと、近づかないで下さいよ? このままこの子心臓突き刺しちゃいますよ?」
近づいて助けようとする三人を牽制するような一言だ。それに青年はにたあと笑う。その笑いには狂気が浮かんでる。
「あはははは! なんてね! 実は今日の目的は別に君の命じゃないんだよ。ちょっとした時間稼ぎさ。今頃もう終わってるからもういいよね! じゃあ僕たちは帰るから。それじゃあね」
そういうと鎌を離し、神谷達から遠ざかる。
「もしかしたらまた会うかもしれないね? その時は楽しみにしてるよ、神谷クン」
そういうと鎌で窓を割り、そのまま飛び降りた。他の二人もそれに続く。
「おい! 待て!!」
そういうと四人は窓に駆け寄る。だが下にはもう人はいなく、逃げられたということを告げた。
「クソッ……、逃げられた……」
桐生は残念そうに呟いた。だがその声には少しホッとした感情も含まれていた。
「おい、そんな悠長にしてる暇はないぞ。急いで帰るぞ。あいつらの事だからなにか起こしているはずだ」
「そ、そうですね。早く帰りましょう」
そう言った次の瞬間、目の前が緑色の光と魔法陣が現れた。そしてその光が治まった時、人が一人、出現した。
「みんな無事ですか?!」
現れたのは突っ伏して寝ていた黒髪の青年だった。目だけ動かし、全員の無事を確認する。
「全員無事ですね。とりあえず急いで本部まで送ります。急いで!」
その声に全員が黒髪の青年のもとに集まり身体の一部に捕まる。
「大丈夫っすね、行きますよ~」
そして足元に緑のの光とともに魔法陣が展開された。そして5人の身体は消えた。