第二話 三.賑やかなお楽しみ会
夕日が沈みかけて、辺り一面が薄暗くなってきた。薄っすらと輝く星を見上げながら、オレは駅東口に店舗を構えるボウリング場「コスモスボウル」へとやってきた。
夜7時より、「ハイツ一期一会」住人参加のボウリング大会がここで開催される。参加者の一人として、オレは気合十分でここまで足を運んだのだった。
「へぇー、随分広いなぁ。レーンの数も多いし。」
レーン数を30箇所備えた「コスモスボウル」は、この街にあるボウリング場で一番規模が大きい。
得点の自動計算システムは当り前だが、それ以外にも”イルミネーションゲーム”というものがあり、照明を落とした施設内にレーザー光線を降り注ぐ中で、ゲームをするといったサービスも催されている。
週末や祝日ともなると、待ち時間が出るほど混雑するらしいが、今日は平日ともあって、それほど混み合ってはいない。とはいえ、仕事帰りの社会人らしき人たちが集まって、それぞれ自慢のスコアを競い合っていた。
「あ、みんな集まってる。」
集合時間前だが、すでに住人たちは集まっていた。住人たちに手招きされたオレは、急かされる思いで足を速める。
「マサ、遅いわヨ。ほら靴とボール、早く準備してネ。」
ジュリーさんは口を尖らせていた。よく見ると、住人たちみんな、すでにシューズを履いていて、ボールもクラスター上に一通り揃っていた。
「みなさん、準備するの早くないですか。まだ7時前ですよ。」
「何言ってるのヨ!ゲームをスタートするのが7時なの。あと5分ヨ。早くしなさいネ。」
オレはお尻を叩かれる思いで、26.5サイズのシューズと13ポンドのボールを手配した。
参加者全員がレーンの前に集合すると、麗那さんは声高らかに開会宣言をする。
「それじゃあ、そろそろ始めるよー。まずは、それぞれ投球練習ね。」
オレたちは二つのレーンに分かれてゲームをすることになった。麗那さんとジュリーさん、そして、あかりさんが一つ目のレーン、潤とオレが二つ目のレーンに分かれた。ただ、勝敗そのものは団体戦ではなく、あくまでも個人戦である。
「あの、麗那さん、オレ男性ですけど、ハンデとか、そういうのって?」
「フフフ、わたしたちにハンデはいらないよ。」
その迷いのない自信に満ち溢れた返答に、オレはちょっと身震いしてしまった。
「よーし、トップはわたしネ!」
皮製のグローブをはめた手で、12ポンドのボールを持ち上げたジュリーさん。投球練習は彼女の一投目から始まった。
ジュリーさんは流れるように振りかぶり、10本のピン目掛けてボールを投げ出した。
ゆっくりとスピンしながら、ボールが先頭ピンの側面をえぐるように切り込むと、10本のピンは弾けるように宙を舞った。
「ストライク、ゲッツ!」
ガッツポーズで喜びを表現するジュリーさんに、住人たちは揃って拍手をした。
「次、あたしぃ。」
10ポンドのボールを両手に抱えながら、潤は転がすようにボールを放った。
そのボールはゴロゴロと転がりながら、先頭ピン目指して進んでいく。数秒後、倒れた先頭ピンがドミノ倒しのごとく、すべてのピンを次々になぎ倒していった。
「わぁい、あたしもストライクだよぉ!」
歓声を上げながら、潤はその場でぴょんぴょんと跳ね上がる。住人一人一人とハイタッチしていくと、彼女は唖然としているオレにもハイタッチしてきた。
「す、すごいな潤。あの投げ方でストライクとは。」
続いて、隣のレーンに佇むあかりさんが投げる番だ。驚いたことに、彼女の手には15ポンドの黒いボールが握られていた。
「あかりさん、あんな重たいの投げるんですか?男のオレでも13ポンドなのに。」
「フフ、あかりは、パワーボウラーよ。ああ見えても、彼女、パワーあるネ。」
あかりさんは小さい歩幅で歩み始めると、まるで投げ捨てるかのように、重たいボールをぶん投げた。
ドシンという音が鳴り響き、ボールはピン目掛けて突き進む。黒い弾丸が先頭ピンにぶつかると、他のピンは爆発したかのように吹き飛んでしまった。
「す、すごい。あかりさんまでストライクとは・・・。」
オレは開いた口が塞がらない。か弱く見えるあかりさんが、まさかあんな弾丸ボールを放るとは。
「それじゃあ、今度はわたしが行くよ。」
右手にグローブをはめると、麗那さんはすれ違うあかりさんとハイタッチした。
ポニーテールの髪の毛を揺らしながら、麗那さんは軽やかに投球フォームを整える。姿勢を斜め45度に傾ける独特の構えで、彼女は13ポンドのボールを華麗に投げ出した。
放たれたボールはゆっくりとカーブし、彼女の意思通りに先頭ピンを押し飛ばした。先頭ピンに押されるがまま倒れていく後続ピン。そしてレーン上には、倒されたピンの亡骸だけが残っていた。
「うーん、いいストライク。」
麗那さんは余裕たっぷりの笑顔で、同じレーンのジュリーさんとあかりさんとタッチしていく。そんな麗那さんに、潤は尊敬の眼差しを送っていた。
「・・・みんな、上手すぎる。」
オレの額に、じっとりとした脂汗がにじんでいる。頭の中から、”勝利”という二文字が消え失せていた。オレは青ざめた表情のまま、住人たちに震える声で問いかけた。
「あの~、みなさん、ボウリングの平均点って何点ですか・・・?」
住人たちは、それぞれ顔を見合わせながらスコア自慢を始める。
「わたし、たいしたことないワ。アベレージ180ぐらいヨ。潤もそのぐらいだったよネ。」
「あたしは最高点が185点だよぉ。平均だと170点台かなぁ。あかりよりちょっと低いからね。」
「わたしも詳しく計算してないからはっきり知らないけど、190点ぐらいかしら。麗那はさらに上よ。」
叩き出したこともなく、弾き出したこともない数字が、オレの周りを飛び交っている。そんなオレにとどめを刺すように、麗那さんは二本指を立てて驚愕の数字を口にする。
「わたしはジャスト200点。伊達にマイボールにマイシューズじゃないわよ。」
麗那さんは誇らしげに、マイシューズとマイボールを見せびらかした。どちらも光沢があり、丁寧に手入れされているようだった。
「ねぇ、マサくんは何点?」
「えっ!?」
オレは口の中が異様なほど渇いていた。言えるはずがない、言えるわけがないと、心の中でそう繰り返している。ボウリングの平均点が120点だという事実を、オレは公表することなどできるわけがなかった。
「・・・み、みなさんと勝負できるぐらいですかね。ははは。」
それを聞いた麗那さんが、両手をポンと叩いて喜んだ。
「よかったわ。マサくんも上手みたいだから、マサくんにハンデなしで、一番スコアの低い人はお楽しみの罰ゲームってことで!」
「へ?」
オレは硬直した。”罰ゲーム”という戦慄の一語に、オレの背筋が凍りついた。
「あ、あの麗那さん、罰ゲームっていったい・・・?」
「ああ、マサくんには言ってなかったかな。このお楽しみ会のゲームで、一番負けた人は、この後の夕食を兼ねた打ち上げの会費を全額払うの。あ、ちなみに、打ち上げ会場は浜木綿だよ。」
間髪入れず、ジュリーさんが麗那さんに続いて話をしてくる。
「今日ね、マサのアベレージ聞いてから、罰やるやらない決めるつもりだったヨ。でも、わたしたちと勝負できるなら、ハンデなしで問題なしネ。」
この時、オレは崖の上から突き落とされたような衝撃に襲われた。平均点170点以上の猛者たち相手に、120点の若輩者が勝てるはずがない。見栄を張らず、正直に平均点を打ち明けておけばよかったと、オレは激しい後悔に苛まれていた。
こうして、オレにとってお小遣いの生き残りを賭けた、恐怖のボウリング大会が幕を開けたのだった。
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夜9時過ぎ、オレやアパートの住人たちは「串焼き浜木綿」にいた。ボウリング大会も滞りなく終了し、これより、夕食を兼ねた打ち上げ会が執り行われるところだ。
「ハイツ一期一会」住人専用の奥座敷に、生ビールや焼酎水割りといったお酒や、串焼きといったおつまみがどんどん運ばれてくる。
麗那さんの乾杯の音頭を皮切りに、賑やかで盛大な打ち上げ会が幕を開けた。
「それじゃあ、ボウリング大会の成績発表しちゃうよー。」
さて、ボウリング大会の結果はというと、三ゲームの平均点で順位を決定し、一位が麗那さん、二位があかりさん、三位が潤、四位がジュリーさん。述べるまでもないが、このオレが最下位だった。
「それにしてもさぁ、マサ、もうちょっとがんばってよねぇ。あんなスコアじゃ、早くビリが決まっちゃってスリルがぜんぜんなかったもーん。」
「そうヨ。若い男のくせに、だらしないわヨ。四位のわたしと45点差は情けないワ。」
潤とジュリーさんはスコア表をちらつかせて、どん尻だったオレをネチネチといじめる。オレは何も言えず、その場で小さくなっていた。
「そんなこと言われても、みなさん、上手すぎますよ。麗那さんなんて、プロ並みじゃないですか。」
「プロはオーバーよぉ。でも、ボウリングじゃ、みんなには負けられないわね。フフフ。」
ビールジョッキ片手に、麗那さんはニコニコと微笑んでいた。彼女は言葉通り、勝利の美酒に酔いしれているようだった。
「今日はマサくんのおごりだから、いっぱい飲んじゃおー。」
「わー、ご勘弁をー!」
そんな感じで、ボウリング大会の打ち上げ会は和やかな雰囲気で進んでいった。
オレの罰ゲームは、切実な哀願が聞き入れられて、何とか割り勘という形で許してもらった。だけど、住人たちみんなからは、次はそうはいかないと釘を刺されてしまったが。
「それでは、今日はそろそろってことで。」
おいしい料理やお酒を楽しんだオレたちは、御開きの合図とともに座敷を出ていく。
ふらつきながら、ジュリーさんと潤は鼻歌交じりで歩いている。まるで保護者のような目で、そんな二人を見守るあかりさんが続いた。
オレと麗那さんは、浜木綿のマスターに挨拶しながら会計を支払った。マスターはお釣りを返してから、にこやかな表情でお礼を言った。
「今日も、食い散らかしてくれてありがとう!また、いつでもおいで。」
マスターに見送られながら、オレと麗那さんはお店を出ていこうとする。すると、マスターがいきなり麗那さんを呼び止めた。
「あ、麗那ちゃん。サエちゃんから何か連絡あったかい?」
マスターの方へ身を翻す麗那さん。
「あ、そういえば一昨日、メールが届きましたよ。この週末には、こっちへ戻ってくるみたい。」
「そう、よかったぁ、そろそろ仕事きつくてね。」
マスターと麗那さんは女性の話をしているようだ。そういえば、浜木綿には女性のアルバイトがいるらしいので、その人のことを話しているのかも知れない。
そんなことを考えながら、二人の会話が終わるまで、オレは出入り口付近で待っていた。
それから10秒ほど経ってから、麗那さんはオレのもとへと戻ってきた。
「お待たせ。それじゃあ、行こうか。」
お店の前では、ジュリーさんと潤が肩を組み合って、ゲラゲラと笑いながら騒いでいた。その醜態を見るに見かねて、二人を諌めるあかりさん。そこへ麗那さんが合流する。
「ほら、帰るよー。そんなに、はしたなく騒いでいると、嫁のもらい手がいなくなっちゃうわよ。」
ジュリーさんと潤は恥らうように黙りこくると、麗那さんの後ろについていく。あかりさんも苦笑しながら、その列を追っていく。そして、オレも溜め息一つこぼして、そんな彼女たちを追いかけた。
アパートまでの道中、オレは夜空を見上げる。美しく輝く満月が真っ暗な夜空に浮かんでいた。その月夜の輝きが、アパートまでの道のりを明るく照らしてくれた。
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歩くこと15分ほど、オレたちはアパートへと辿り着いた。住人たちは眠たい顔をしながら、それぞれの部屋へと戻っていく。
階段のそばには、オレと麗那さんのニ人だけが残っていた。おやすみと声を掛けながら、彼女は階段を上っていく。オレも挨拶を交わすと、就寝のため管理人室へ向かおうとした。
「あ、そうだ。」
麗那さんの声に気付き、オレは彼女の方へ向き直る。
「マサくん、次の金曜日の夕方、何か予定あるかな。」
「金曜日の夕方ですか。」
オレは頭の中にしまってある予定表を確認する。管理人の仕事は午前中に終わらせるし、金曜日の午後は予備校の講習も入っていないので、夕方なら大丈夫とオレは返答した。
「本当。それならさ、その日、わたしとデートしない?」
「はい!?」
驚きのあまり、オレの全身は瞬く間に凍りついた。しどろもどろのオレを前にして、麗那さんはクスッと笑った。
「ゴメンゴメン、ジョーダンよ。あのね、その日の夕方に、買い物に付き合ってほしいの。どうかな。」
「な、なんだ、買い物ですか。オレならぜんぜん構いませんよ。」
冗談と知って冷静さを取り戻したオレ。とは言うものの、オレとしてはちょっぴり残念だった。
「ありがとう。それじゃあ金曜日の夕方よろしくね。時間と場所は後から伝えるから。」
そう言いながら、手を振って階段を上っていく麗那さん。彼女を見送って、オレは興奮冷めやらぬまま管理人室へ帰っていった。
「どうしよう。オレ、着ていく服あるかな・・・。」
この日の夜、嬉しさと緊張が交錯してしまい、オレはドキドキした鼓動を抑えられずに、眠れない一夜を過ごす羽目となってしまった。
第二話は、これで終わりです。
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