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第六話 二.猫がやってくるわけ

 それから数日経過したある午前中のこと。玄関先や庭先の掃除を済ませたオレは、小休憩しようとリビングルームへ足を向けていた。

「あ、そうだ。お皿のこと・・・。」

 ふと、あるお皿のことが頭に思い浮かんだオレ。住人たちが揃っていたら尋ねてみようと、オレは歩きながらそう考えていた。

 リビングルームの前までやってくると、ドアが少しだけ開いていたせいか住人の話し声が漏れていた。その会話のやり取りを伺おうと、オレは隙間から室内を覗き込んでみた。

「そうそう、みんな知ってるかな?」

 集まっている住人たちに、そう声を掛けた奈都美。

「このアパートの敷地内でね、白黒のぶち猫をよく見かけるんだけど、みんなは見たことある?」

 奈都美の問いかけに、住人たちは一様に彼女の方へ顔を向ける。

「白黒の猫?わたしは見たことないわね。」

 そう言いながら、麗那さんは天井に視点を向けている。仕事柄、アパートにいる機会が少ない彼女にしてみたら、知らない方が当たり前といったところだろう。

「わたしも見覚えないわね。藪から棒にそんな話して、その猫がどうかしたの?」

 不思議そうな顔をして、あかりさんは奈都美にそう聞き返した。

 トレーニングの行き帰りに、アパートの庭先でよく白黒の猫を目撃するらしく、首輪を付けた飼い猫がどうしてうろついているのかと、奈都美は訝るようにそう答えていた。

「ねぇ、潤は見たことないかな?白黒のぶち猫なんだけど。」

 起きて間もなかったのか、潤はまぶたを半開きにしたまま首を横に振っている。

「ううん、知らなーい。茶色のトラだったら、商店街の方で見たことあるけどぉ。」

 誰も心当たりがなくて残念なのか、奈都美は首を傾げながら唸っていた。

「う~ん、そうか、みんな知らないんだ。見たことあるの、あたしとマサだけってことかぁ。」

「その猫のこと、マサくんも知ってるの?」

「うん。もともとは、マサがゴミ置き場で見かけたのが最初みたい。」

 ゴミ置き場でその猫を発見した後も、アパートの至るところで目撃したというオレの体験談を、麗那さんや他の住人たちに代弁してくれた奈都美。

 猫の習性についても学習しようと、このオレを同行させて、友達が勤めるペットショップまで足を運んだことも、奈都美は事細かに打ち明けていた。

「あたしの友達の話だと、飼い猫が同じところによく来るのって、エサがあるからかも知れないんだって。」

 奈都美は専門家のごとく解説していく。他の住人たちは関心を寄せて、彼女の解説に耳を傾けていた。

「このアパートはペット禁制でしょ。マサがね、あたしたち住人がまさか、飼い猫にエサなんて与えるわけがないって、そう思ってるみたい。」

 揺さぶりをかけるような奈都美の口振りに、初めこそキョトンとした顔をする住人たちだったが、その中で一人だけ、にわかに顔色が優れなくなっていく住人がいた。

「猫のこと知らないってことは、みんな、エサとかあげたりしてないよね?」

 そう問いかける奈都美を前にして、住人たちは誰一人として手を挙げることはなかった。

「・・・。」

 その一連の問答を覗き見していたオレは、会話が途切れたところを見計らい、素知らぬ顔でリビングルームへと入っていく。さりげなく朝の挨拶を告げたオレに、住人たちは普段通りの明るい挨拶を返してくれた。

「丁度よかった。みなさん揃ってるなら、ちょっと伺ってもいいですか?」

 住人たちの同意を得てから、オレは本題について話を切り出す。

「食器棚に片付けていた、丸くて白い洋風皿を見かけませんでしたか?そのお皿、どうも借り物らしくて、昨日じいちゃんから連絡があって、オレが返しに行くことになったんです。」

 今朝、食器棚を探したらなぜか見当たらず、住人の誰かが持ち出したのではないかと、オレは困り顔をしながらそう付け加えた。

「ごめんなさい。わたしは知らないわ。晩酌する時に、お皿を使うことって滅多にないから。」

「わたしも見かけてないわね。食器棚を触るとしたら、コーヒー飲む時のマグカップぐらいだし。」

 そう返答しながら、麗那さんとあかりさんは互いに顔を見合わせている。大きさや柄の有無といった特徴を尋ねてきたところをみると、彼女たちはその洋風皿に見覚えがなかったようだ。

「やっぱり誰もわからないかぁ。・・・仕方がない、もう一回、探してみようかな。」

 有力な情報を得ることができず、すっかり困り果ててしまったオレ。そんなオレに協力しようと、住人たちが席を立とうとする中、ただ一人、椅子に腰を下ろしたままの潤がおっとりした声を上げる。

「みんな、ちょっと待ってぇ。」

 潤の方へ一斉に視線を向ける住人たち。彼女は思い立ったように腰を上げると、てくてくと流し台に向かって歩いていく。

 食器棚の扉を開けるや否や、潤は一枚の真っ白なお皿を持って戻ってきた。もしかして、オレの探していた洋風皿の居所を知っていたのだろうか。

「マサの探している洋風皿ってこれじゃない?昨日さ、このお皿たまたま使ったんだぁ。きっと、あたしが片付ける前に探したから、見つからなかったんじゃないかなぁ。」

 勝手に借用したことを恐縮しつつ、潤はオレにそのお皿を手渡してくれた。お皿が無事に見つかったことに、他の住人たちも安堵の笑みを浮かべていた。

 万事解決にホッとした様子で、テーブル席まで引き返していく潤を、オレはそっと呼びかける。

「あのさ、潤。・・・このお皿、オレの探してるお皿じゃないよ。」

「・・・えっ?」

 そんなまさかといった顔で振り返る潤。そして、オレが指し示したお皿の裏面を見て、彼女は驚愕のあまり言葉を失っていた。それもそのはずで、お皿の裏面には”犯人はキミだ”と書かれていたからだ。

「このお皿はじいちゃんが借りたものじゃなくて、ついこの前、オレが買ったものなんだ。潤だったら、ここに書かれた犯人の意味がわかるよね?」

「・・・どういうこと?何が言いたいのか、全然わかんないけどぉ?」

 知らん振りするかのように、潤は震える声ではぐらかしていた。

 張り詰めたような空気に包まれていくリビングルーム。いったい何が起きているのかわからず、他の住人たちは戸惑いの表情を隠せなかった。

「マサくん、どういうことなのか説明して。」

 冷静に振舞いつつ、オレにそう要求してきた麗那さん。オレはお皿の裏側を見せながら、彼女のみならず、ここに集まった住人全員にからくりの真意を打ち明ける。

「ここに書いてる通り、飼い猫にエサをあげていた犯人が潤だということです。」

 ズバリそう言い切ると、住人たちは唐突のあまり唖然としていた。お皿のことではなく、猫にエサをあげた犯人捜しとなったこの顛末に、彼女たちは気持ちの整理がつかず混乱していた。

「ちょっと待ちなさい。そのお皿を見つけたからって、どうして、潤が猫にエサをあげた犯人になるの?」

 腑に落ちないのか、そう疑問を投げかけたあかりさん。麗那さんや奈都美もこぞって、彼女に賛同するような口振りだった。

 もちろん、いきなり犯人扱いされた潤も黙ってはいなかった。冗談じゃないと言わんばかりに、彼女は真っ向から反論してきた。

「そうだよぉー。根拠もなしに犯人呼ばわりするなんて、そんなのおかしいよぉ。」

 他の住人たちを後ろ盾にして、潤は身の潔白を主張している。確たる証拠を突きつけない限り、正直に白状してくれそうになかった。

 ざわついた住人たちを落ち着かせてから、オレは順を追って全容を解明することにした。

「丸くて白い洋風皿ですが、よく見当たらないことがあったんです。丁度、猫がアパートをうろつきだした頃だったから、もしかすると、猫のエサをあげるために使っているかも知れないと、オレなりにそう見当を付けていたんです。」

 釈然としないといった顔をしている住人たち。それでも、オレは構うことなく語り続ける。

「アパートの敷地内で猫にエサをあげるのはいけない行為だし、当事者に注意しようと思って、オレはちょっとした仕掛けをしたんです。色も形もそっくりな別のお皿を買ってきて、裏面にイタズラ書きをしてから、その洋風皿とこっそり入れ替えたんですよ。」

 奈都美は独り言のようにつぶやき、オレのこれまでの話を自分なりに解釈する。

「入れ替えたお皿、つまり、エサをあげるためのお皿の在り処を知っているのは犯人だけだから、やっぱり潤が犯人ってことになるのかな?」

「えーっ!?奈都美ひどいよ。あんた、どっちの味方なのよぉー!」

 そばにいた潤はそう叫んで、奈都美の腕に掴みかかってきた。

「だってさ、イラズラ書きしたお皿を食器棚から持ってきたのは事実なんだし・・・。」

 類まれな洞察力を隠し持つあかりさんが、奈都美の解釈に大きな矛盾点を見出した。

「待って、やっぱりおかしいわ。それは入れ替えたお皿が、エサをあげるために使われていることが前提の話でしょう。食器棚にあるお皿は誰もが手にすることができたわけだから、わたしや麗那だって犯人の可能性がないとは言えないわ。これだけでは、潤が犯人とは断言できないんじゃないかしら。」

「そうだよぉー!あたし以外にもお皿使うんだしぃ、在り処知ってるからって、あたしが犯人だって決め付けられないよねー。」

 あかりさんの指摘が正論だとわかった途端、潤は勝ち誇ったかのようにオレを罵ってきた。展開が変わるたびに一喜一憂して、潤は髪を振り乱さんばかりの大騒ぎだった。

「あかりさんの言う通り、食器棚にあったお皿は誰でも手にできる。だけど、このイタズラ書きしたお皿を手にできたのは、他ならぬ、猫にエサをあげていた本人しかいないんですよ。」

 どうして?と異口同音に問い詰める住人たちに、オレは犯人しか知らない確たる証拠を突きつける。

「このお皿はもともと食器棚にあったのではなく、ちょっと前まで、アパートのとある一角に置いてあったんですから。」

 エサをあげていた張本人の顔色が見る間に変わっていく。張本人である潤は、青ざめた表情のままオレから顔を背けてしまった。

「食器棚にあったもともとの洋風皿、アパートの非常口の奥にある片隅で、牛乳とキャットフードが入った状態で見つけました。オレはこのお皿を、そこにあったお皿と入れ替えたんです。」

 このイラズラ書きしたお皿がなぜ食器棚にあったのか?それは、エサをあげた張本人が入れ替わったことに気付かずに、いつものようにお皿を洗って片付けてしまったからである。これが真相だと言わんばかりに、オレは意気盛んにそう力説した。

「ってことは、やっぱり・・・。」

 うつろな声でつぶやく奈都美、そして他の住人たちはやり切れない目で、お皿を持ち出してきた潤のことを見つめている。

 潤は観念したのか、黙り込んだまま意気消沈としていた。ここまで確たる証拠を突きつけられて、もう言い返す気力すら薄らいでいたのだろう。

「でも、もし潤の仕業だったとしても、お皿が入れ替わったことに気付かないものかな。だって、いつも同じお皿でエサをあげていれば、姿かたちって記憶に残るものでしょう?」

「それはたぶん、お皿を片付けていたのが、朝早くだったからだと思います。」

 エサをあげていたのは夜遅くで、翌朝にお皿を片付けていたのは、オレの知る限り間違いなかった。夜型の人ならきっと寝ぼけ眼になるだろうから、普段よりも注意力が散漫になったのではと、オレは疑問を抱いていた麗那さんに自分なりの推理を展開した。

「なるほどね。・・・だけど、お皿にそれだけ目立つイタズラ書きして、見つかるという発想はなかったの?洗ったり、食器棚に片付けたりした拍子に、見つかってしまうかも知れないのに。」

 そう指摘するあかりさんに、オレは過去にあったお皿にまつわる出来事について触れる。

「見つからなかった洋風皿を水きりバットで見つけた時、裏側が汚れていたことがあったんですよ。よほど慌てていたのか、それとも無頓着なのかまではわかりませんけどね。だから、お皿の裏側の仕掛けには気付かないのではと思ったんです。」

「つまり、犯人はお皿の裏側を確かめないと見越して、こんな小細工を施したというわけね。・・・あなた、なかなかの策謀家ね。」

 潤の濡れ衣を晴らそうと、試行錯誤を重ねてきた住人たち。しかし、ここまで状況証拠が揃ってしまうと、彼女たちも諦めざるを得なかった。

 ついに自らの罪を認めてくれたのか、潤はようやく口を割ってやるせない心情を吐露する。

「・・・続けるつもりはなかったんだぁ。つい、かわいそうだったから出来心で牛乳をあげたの。そうしたらさぁ、あの猫ちゃん、アパートにやってくるようになっちゃって。」

 潤とあの猫との出会いは本当の偶然だったそうだ。ゴミを捨てようとゴミ置き場へ行ってみると、丁度その時、外壁の上で伏せている白黒の猫を目にしたという。

 その猫はどういうわけか、全身が砂まみれで汚れていて、まるで手負いの獣のように、乱した体毛を逆立てて敵意を剥き出しにしていた。

 放っておくことができなかった潤は、有り合わせの牛乳をお皿に注いで与えてみた。すると、初めこそ用心して近づこうとしなかった猫が、彼女の愛情を感じ取ったのか、お皿の牛乳をペロペロと舐めだしたとのことだった。

「あの猫ちゃん、飼い主に虐待されてたんだよ。あたしがエサをあげるとね、あの子、いつも全部食べちゃうんだぁ。きっとね、飼い主にちゃんと面倒見てもらえてないんだよ。」

 涙ながらにそう訴えて、潤はオレたちの同情を引こうとしていた。とは言うものの、彼女の言い分は想像でしかなく、オレたちは受け入れることができず困惑するばかりだった。

「ねぇ、マサ。飼いたいなんてわがままは言わないからぁ。時々でいいからさ、エサだけでも食べさせていいよねー?お願いだよぉ!」

「そうは言ってもさ、アパートの規則のことは、代理のオレでは決められないしなぁ・・・。」

 そんなオレに助け船を出してくれるかと思いきや、潤に情けをかけるように、他の住人たちまでもがオレを説得しようと迫ってきた。

 近隣に迷惑を掛けないよう配慮し、ルールを遵守するから容認してほしいと、住人たちは一致団結して団体交渉のごとく要求してくる。

 女性たちの圧倒的なパワーに防戦一方のオレ。この事態の沈静化を図るため、この場はひとまず、オレの方で預からせてもらうことで決着した。

「これから管理人であるじいちゃんに相談しますから、それまでは保留ということでお願いします。」

 猫のことで注意するつもりが、まさか、逆襲される羽目になるとは思いも寄らず、オレは朝っぱらからすっかり疲れ果ててしまっていた。

 住人たちの声援を受けながら、オレは煩わしさを顔に映しつつ、じいちゃんとの面会のために出陣する身支度を始めるのだった。


 =====  * * * *  =====


「なるほど、そういうことだったのか。飼い猫にエサなんて、優しい潤ちゃんらしいのう。」

 ここは「胡蝶蘭総合病院」の512号室。アパートの管理人であるじいちゃんの病室だ。

 日を増すごとに、じいちゃんの容体は快方に向かっているらしいが、退院時期についてはいまだに未定だという。この分だと、もうしばらくオレが管理人代行を続けることになりそうだ。

「潤一人ならまだしも、他の住人たちまで一緒になって認めてほしいってせがむものだから。オレとしても、どうしたらいいか見当つかなくてさ。それで、じいちゃんの指示を仰ごうかなと思ってね。」

 猫にエサをあげさせてよいのかどうか、じいちゃんに相談を持ちかけていたオレ。アパートにおける最高権限を持つじいちゃんに、最適な決断を委ねることにしたわけだ。

「マサ、わしに尋ねる前に、おまえはどうしたいんじゃ?」

「え?」

 じいちゃんから反対に問い返されて、オレは呆気に取られて絶句してしまった。

「潤ちゃんの猫を助けたいという気持ち。他のみなさんの、潤ちゃんを支えたいという気持ち。おまえ自身は住人のみなさんの気持ちに、どう対処すべきか考えておるか?」

「ちょっと待ってよ。そのことをじいちゃんから聞きたくて、わざわざここまで来たんだよ。」

 オレがせがむような顔をすると、じいちゃんは不機嫌そうに眉を吊り上げてしまった。

「それだけのために見舞いに来てるのか、おまえは。・・・子供じゃあるまいし、自分の判断で活路を見出せるよう、ちょっとばかり考えたらどうじゃ?」

 そうお叱りを受けてしまったオレは、憮然としながらも解決策を練ってみることにした。

 アパートの敷地内で猫にエサをあげることは、世間的にはモラルに反しているかも知れないが、とはいえ、闇雲に反対することだけが正論とも言い難いだろう。

 動物愛護という観点も鑑みて、住人たちが道徳心という規律を守ることができれば、この事態を打開することも十分に可能と言える。しかし、問題はその規律をどう策定すべきかだ。

「随分悩んでいるようじゃな、ひゃっひゃっひゃ。人間は考える葦である、と言ったもんで、常日頃から考えるという機会を忘れてはいかんよ。」

「笑いごとじゃないよ、もう。ただでさえ、住人たちの騒動ばかりで、考えることなんて日常茶飯事なんだからさ。」

 痺れを切らしたのか、頭を抱えているオレをせっついてきたじいちゃん。案をまとめるだけまとめたオレは、白旗を上げる気持ちで、じいちゃんに相談に乗ってもらうことにした。

「おいおい、規律なんて簡単だろう。規律というのは、住人のみなさんに守ってもらうことじゃ。猫にエサを与える代わりに、どんな条件を守ってもらうか考えてみるんじゃよ。」

「守ってもらうことって言ったら。・・・やっぱり、近隣住人に迷惑にならないよう気を付けることかな。」

 オレが思い浮かんだままそう答えると、じいちゃんはさらに質問してくる。

「ふむ、そうじゃな。ご近所さんに迷惑が掛かることってどんなことじゃ?」

「それはやっぱり猫の鳴き声とか、あと、猫が近所をうろついて、近隣の家に入り込んだりしないように気を配ったりとか。」

「なるほどな。では、他に守ってもらうことはないか?」

 矢継ぎ早に質問をしてくるじいちゃんに、オレは頭に浮かんだことを一つ一つ答えていく。

「衛生面も気を遣う必要があるよね。残ったエサはちゃんと捨てるとか、もちろん、排泄物の始末もちゃんとするとか。・・・そうそう、抜け毛の掃除とかもあるんじゃないかな。」

 オレが思いつくままに返答していくと、じいちゃんは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

「おい、マサ。もう規律の骨組みはできとるじゃないか。おまえの頭の中でしっかりと。」

「あれ・・・。本当だ、どうしてだろう?」

 あまりの不可思議さに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたオレ。どうやら無意識のうちに、規律の基礎となるべく項目を幾つも列挙していたらしい。

 じいちゃんに導かれるまま、規律の骨組みだけはどうにか造り上げた。ただし、この骨組みからどう完成品に仕上げたらよいのかと、オレはまたしても頭を悩ませてしまった。

「でもさ、オレが言ったこと全部を規則にしちゃったらさ、かなり無理難題過ぎて、住人たちに守ることなんてできないと思うんだ。」

 苦慮しているオレを見て、じいちゃんは嘆くように苦言を呈した。

「マサ。おまえが決めなくてはいけないのは規則ではなく規律だろう。規則はおまえだけの考えじゃが、規律というのは、集団生活する全員が集って、それを守るためにどうすべきか考えて決めるものだ。」

 じいちゃんの一言に、オレは目から鱗が落ちていた。集団生活する全員とはつまり、オレや住人たちみんなで話し合って改善策を打ち出しなさいと、じいちゃんはそう指南したかったのだろう。

 いつもボケボケしているじいちゃんだが、今日に限ってはとても頼もしいじいちゃんだった。まさに生き字引、亀の甲より年の功といったもので、伊達に年齢だけは重ねていなかったようだ。

「ありがとう、じいちゃん。いろいろとアドバイスしてくれて助かったよ。」

「わしは何もしとらんよ。すべては、おまえ自身の中にある答えを、おまえ自身が見つけ出しただけじゃ。」

 雑用を残して出掛けてきたせいで、用事が済んだらすぐに帰るつもりのオレだったが、もう少しだけじいちゃんと語らってから帰ることにした。よくわからないが、今日は何となくそんな気分だった。

「マサ、いつの間にか、おまえもすっかり管理人らしくなったのう。」

 褒められて悪い気はしないが、本業が大学受験を控えた受験生だけに、オレはちょっぴり複雑な心境だった。とは言うものの、大人へまた一歩前進できた感じがしてちょっぴり嬉しかった。

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