第二話 三.応援したい思いの裏側
その日の夜、オレはリビングルームで集会を開いた。オレの他にも、ジュリーさんにあかりさん、そして奈都美といったメンバーが顔を揃えていた。
何をしているのかというと、明日の夜に迫った、潤の誕生日パーティーの役割分担について打ち合わせをしていたのだ。
「それじゃあ、オレの方でもう一回だけ確認させてください。」
まず、パーティーのメイン料理はジュリーさんの担当だ。彼女には、「串焼き浜木綿」の特製オードブルの予約をお願いしていた。
「アルバイト帰りに浜木綿に立ち寄っていくヨ。オードブルとわたし一緒に、マスターの車で配達してよって頼んでみるワ。フフフ。」
ジュリーさんはそう言いながら微笑している。人のいいマスターのことだから、彼女のわがままに振り回される羽目になってしまうのだろう。
次に、お酒やソフトドリンクといった飲み物は、酒屋に伝手のある奈都美にお願いしていた。
「缶ビール一ケース頼んでおいたよ。それに、焼酎ボトルとウーロン茶もお願いしてるから。いっぱい頼んだから、酒屋のおじさんがアパートまで運んでくれるってさ。」
缶ビール一ケースもいらないだろう?と指摘したかったが、ビール党の麗那さんがいると思い立ち、オレはつい口をつぐんでしまった。
それにしても、あの麗那さんの細い体によくあれだけのビールが入るものだと、オレは酒宴のたびに唖然とさせられてしまう。
最後に、誕生日のお祝いらしいケーキについては、甘味処通のあかりさんにお願いしていた。
「潤の好きなベイクドチーズケーキをはぎ家に予約しておいたわ。明日の夕方にでも受け取りに行ってくるから。」
カレードーナツでお馴染みの「はぎ家」は和菓子屋だが、洋菓子ケーキも製造しているとは驚きだ。冠婚葬祭ありとあらゆる場面に役立つところが、あのお店の人気につながっているのかも知れない。
「はぎ家ってことは、あかりさん、駅東口アーケードに行きますよね?」
オレの問いかけに、お店がアーケード沿いだから当たり前だと言い放ったあかりさん。
「あの、ケーキ受け取りに行く時、オレも一緒に行っていいですか?」
「別に構わないけど。・・・何かあるの?」
そう尋ねるあかりさんに、オレは潤への誕生日プレゼントのことを伝える。恥ずかしながらも、あのグッズ専門店へ同行してほしいこともお願いした。
「あら、あなた、この前お店に行ってきたんじゃないの?」
「はい。ところが売り切れだったんですよ。でも明日の夕方に、ココットのキーホルダーが限定10個入荷するそうなんです。」
あのグッズ専門店に根強い抵抗感を抱いているオレ。あかりさんだけが頼りとばかりに、すがるように同行をお願いした結果、彼女は哀れんだ目をしながら、溜め息交じりで甘んじてくれた。
こんなオレに同情してくれていたのか、ジュリーさんと奈都美も胸を撫で下ろしたようで、オレと同じく安堵の笑みを浮かべていた。
「それはいいけど、メインキャストの潤は大丈夫なノ?あの子、明日の午後に撮影があるとか何とか、よくわからないメール送ってきたけど。」
首を傾げながら、携帯電話の受信メールを見ているジュリーさん。潤は読者モデルの話を住人たちにも伝えていたようだが、詳しいことはオレしか知らないみたいだ。
「実は、潤から聞いたんですけど。」
オレは潤に代わって、彼女が雑誌のモデルに採用されたことをみんなに言い伝えた。数百人の中からたった一人選ばれて、恋焦がれていた夢をその手に掴むことができたと付け足しながら。
「ワオ、潤、すごいじゃなイ!あの子にとって、明日は最高のバースデーになるわネ。」
「よーし、わたしも潤に負けないように、プロサッカー選手の道へ突き進まなきゃ。」
「よかったわね。あの子、写真写りがいいから、モデルに向いているかも知れないわ。」
みんな言葉こそ違うが、夢への第一歩を踏み出す潤を祝福する思いは一緒だった。大学合格という目標すらかすんでいたオレも、彼女たちと同じ思いに違いなかった。
「今日はここまでということで。明日の夜はよろしくお願いしますね。」
打ち合わせも終わり、ジュリーさんとあかりさんはそれぞれの部屋へ、奈都美は居候先へと帰っていった。
リビングルームに一人残って、オレは麗那さんの帰宅を待っていた。仕事先から戻る際、渋滞に巻き込まれてしまい少しだけ遅くなると、オレの携帯電話にメールが届いていたからだ。
静寂な時だけを刻んでいくリビングルーム内。壁掛け時計に目を向けると、時刻は夜10時に指しかかろうとしていた。
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「たっだいまぁ~。はぁ~、疲れたぁ。」
麗那さんが疲労しきった顔で、アパートのリビングルームに帰ってきた時、時刻は夜10時30分をとうに過ぎていた。
テーブル席へなだれ込んで、麗那さんは眠るような感じでうなだれてしまった。長時間のお仕事の後に渋滞に巻き込まれては、肉体的にも精神的にも参ってしまうだろう。彼女がこんな調子で帰宅するたびに、オレは体調を崩さないかどうか気が気でなかった。
「麗那さん、缶ビールどうします?今日は無理しないで休んだ方が・・・。」
オレがそう案じてみたものの、麗那さんはうつぶせたまま、右手の人差し指を一本だけ突き立てた。どうやら、一本だけ飲みたいという意思表示らしい。
これには逆らえず、オレは冷たい缶ビールと一緒に、麗那さんの秘蔵のおつまみである裂きイカを持って、彼女が待つテーブル席へと届けた。
「マサくん、サンキュ~。」
プルトップを引き開けて、渇いた喉にビールを流し込むと、麗那さんは幸せそうにニッコリと微笑んだ。仕事明けの一杯は格別と言わんばかりに、彼女の顔色からすっかり疲労感が消えてなくなっていた。
「今夜はゴメンね。潤の誕生日パーティーの打ち合わせ入れなくて。で、どんな話したの?」
オレはついさっき打ち合わせたことを、麗那さんにかいつまんで説明する。オードブルや飲み物、パーティーの開始時刻、そして誕生日プレゼントのことも触れる程度に伝えた。
「麗那さん、明日お仕事とか大丈夫ですか?ここ最近、朝も早いし、帰りも遅いみたいですけど。」
「明日は事前にマネージャーに伝えてあるから大丈夫よ。ただ、ちょっとだけ遅れちゃうけどね。わたしの分、ちゃんと残しておかなきゃダメよ。」
そう言うと、優しい笑みをこぼした麗那さん。明日のパーティに、住人全員が参加できそうで一安心だが、オレには一つだけ気になることがあった。
「あとは、潤がちゃんと開始時刻までに帰ってこれたら問題ないんですけど。」
潤本人は、パーティーには間に合うから安心してと明言していたが、彼女の詳しい予定が見えないだけに、本当に帰ってこれるかどうか、オレは少しばかり心配していた。
「ああ、もしかして、潤からのメールにあった雑誌の読者モデルのこと?」
麗那さんが言うには、潤からのメールを受信した時刻は、オレが潤からこの話を聞いた時刻や、ジュリーさんにメールが届いた時刻よりも早いことがわかった。たぶん、潤は誰よりも先に、読者モデルのことを麗那さんに報告したかったのかも知れない。
「ちょっと前から、ギャルマガっていう雑誌に投稿してるって聞いてたから、そのことかなって。仕事が慌しかったから、まだあの子に返信してないんだけどね。」
「ジュリーさんたちみんな、それはよかったねーって感じで、嬉しそうに喜んでましたよ。潤本人も、モデルは夢だったみたいだから、すっかり舞い上がっちゃって。」
潤を喜ばせるため、おめでとうメールを送ったらどうかと、麗那さんに提案してみたオレ。しかし、彼女は小さくうなづくだけで、表情を曇らせて乗り気でない様子だった。
疲れが溜まっているせいもあるのだろうか、麗那さんはただ黙ったまま、飲みかけの缶ビールを口元に宛がっていた。
「麗那さん、どうかしましたか?やっぱり、もう休んだ方が・・・。」
そう勧めるオレに、麗那さんは首を横に振る仕草を見せる。吐息を一つ漏らし、うつむき加減のまま、彼女はもの思わしげに口を開いた。
「・・・潤がわたしに憧れて、モデルになりたかったこと知ってたわ。あの子、わたしが載ってる雑誌を買っては、スカウトされた時のこと尋ねてきたりしてね。モデルになりたいっていう熱意はよくわかってたの。」
麗那さんは憂い顔で、缶ビールをそっとテーブルの上に置いた。
「・・・だから、今朝メールもらった時、潤が今までがんばってきたことが実を結んでよかったと、正直そう思ったよ。もちろん、おめでとうって、祝福したい気持ちもあるの。・・・だけどね。」
やるせない表情のまま、口をつぐんでしまった麗那さん。途切れてしまった話の続きを、オレはただ待つことしかできなかった。
「マサくん、サヨリっていうお魚知ってる?」
「サヨリですか?名前ぐらいは知ってますけど、あまり詳しくは・・・。」
その唐突な問いかけに、オレは思わず呆気に取られていた。
それにしてもなぜ、麗那さんはサヨリの話題を持ち出してきたのだろうか。勉強不足だったこのオレに、彼女はサヨリという魚について丁寧に説明してくれた。
「サヨリはね、銀色に輝く綺麗な肌をしてるんだけど、お腹を開くとね、びっくりするほど真っ黒なの。だから、男性が女性に、あなたはサヨリみたいな人だって褒めようとすると、黒いお腹のことを知ってる女性は怒っちゃうんだって。わたしは、そんなに腹黒くないわ、みたいな感じで。」
感心しながら、麗那さんの解説に耳を傾けるオレ。そんなとんちの効いた話をしながらも、彼女の表情は浮かないままだった。
「・・・モデルってね、このサヨリとよく似てるの。いつまでも輝いていたいから、いつまでも目立ちたいから、他のモデルの女の子たちを蹴落として、引きずり下ろしてまで、上を目指していくの。人気が上がらなければ、この業界では生きてはいけないから。・・・見た目が華やかで、どんなに綺麗に振舞っていても、心の中ではいつも陰湿なことを考えてしまう。モデルって、そんな職業なの。」
麗那さんは悲しげにそう打ち明けた。そんな彼女を、オレは哀切な目で見つめることしかできない。
モデルという業界で生き抜くためには、ファンからの支持と人気は必要不可欠と言える。それを得るためには、後ろめたいと思いながらも、汚らわしくて恥ずかしい仕事もやって退けなくてはいけない。
麗那さんはモデル業界の現実を、銀色に輝く肌を持ちつつも腹の中が真っ黒なサヨリに見立てて、その厳しさや儚さをオレに伝えたかったのだろう。
「マサくんもわかるでしょう。潤はとっても優しい子なの。自分のことよりも友達のことを大切にするような、そんな優しい性格の持ち主なのよ。モデルという業界の舞台裏で、あの子がうまくやっていけるかどうかわからなくて。・・・だからわたし、あの子には、憧れだけに留めておいてほしかった。」
切ない心境を語り続けていく麗那さん。無理やり笑顔を作って、自分自身を慰めようとしていた。
「でも、潤の未来は彼女自身のものだから。あの子が中途半端な気持ちじゃなく、真剣にモデルを目指すのなら、わたしにはそれを止める権利はないわ。その時が来れば、わたしは迷うことなく、笑顔であの子に声援を贈るでしょうね。」
麗那さんはそれ以上、何も語ろうとはしなかった。オレも彼女の気持ちを察して、口を閉ざし続けていた。
宣言通りに缶ビールを一本だけ飲み干すと、麗那さんは静かなリビングルームを後にした。オレとおやすみの挨拶を交わしながら。
夜のリビングルームに、再び一人きりになってしまったオレ。壁掛け時計が空しく鐘を鳴らし、オレに夜11時を知らせてくれた。
「もう、寝なきゃ。」
リビングルームの室内灯を消灯し、オレは目を擦りながら管理人室まで帰ってきた。
煎餅布団に潜り込んで、オレはゆっくりと瞳を閉じるも、蒸し暑くて寝苦しい熱帯夜が、オレの眠りを邪魔してくる。
ふと頭の中に、雑誌モデルとして活躍する潤のイメージが浮かんできた。華々しく舞う彼女に手を振るファンの中に、心から素直に喜べないオレの姿も映っていた。
目が冴えてしまったオレをあざ笑うかのように、眠りを妨げる長い夜が延々と流れていった。
第二話は、これで終わりです。
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