第二話 一.誕生日プレゼント
潤の誕生日のことを知ってから、二日後のある晴れ渡った朝。心地のよい風がなびいて、すがすがしいほどのお洗濯日和だった。
奈都美に誘われて、オレは「山茶花中央公園」内のサッカーフィールドに来ていた。理由はもちろん、サッカーの練習に付き合うためである。
「マサ、ちゃんとストレッチしなよー。」
「わかってるよ。もうあんな目に合うの、まっぴらゴメンだもん。」
この前の練習の時、ついストレッチ運動を怠ってしまったオレは、激しい筋肉痛に見舞われるという辛い経験を味わった。完治するまでの三日間、それはもう苦痛との闘いだった。
あんな悲劇は二度と繰り返すまいと、今回のオレはこれでもかというほど、練習前に入念なストレッチ運動を実行していた。
「これからシュート練習するから、マサ、ゴール前に立ってて。」
奈都美にそう指示されたので、オレはフィールド上のゴールの真ん中まで駆けていく。
「ここでいいかい?」
「もう少し右に寄って。そうそう、もう少しポスト寄りにね。うんうん、そこでOK。」
ペナルティーエリアから少し離れた位置に、奈都美はサッカーボールを配置する。ボールの上に右足を乗せて、彼女はゴールを見据えて狙いを定めているようだ。
「よし、行くよ!」
掛け声とともに、奈都美は数歩後退してシュート体勢に入る。タイミングを計り、勢いよく駆け出した彼女は、鍛え抜かれた右足から強烈なシュートを放った。
蹴りだされたボールは、弧を描きながら速度を高めていく。すると、空気抵抗で歪んだボールがまるで尖った凶器のように変形し、オレの立つゴールポスト目掛けて飛び込んできた。
「うわぁ!」
飛んできたボールを避けようと、慌てて逃げ出してしまい、オレは地べたに尻餅をついてしまった。肝心のボールはどうなったかというと、ゴールネットにしっかりと絡みついていた。
「マサ、逃げたらダメだって。練習にならないじゃない。」
「む、無茶言うなよ。避けなきゃ、確実に顔面直撃だったぞ。」
オレが冷や汗タラタラでそう抗議するも、奈都美は文句たらたらで聞く耳持たずだった。
ゴールネットに絡まったボールを手にする奈都美。シュートが決まったというのに、彼女はなぜか、悔しそうな表情を浮かべていた。
「・・・失敗だわ。まだまだ練習が足りない。」
「失敗って?だって、ボールはちゃんとゴール内に収まったのに。」
ゆっくり歩き出すと、奈都美はオレがさっきまで立っていた位置で足を止める。
「わたしが狙ったのは、マサが立っていたこの位置とポストの隙間なのよ。実際、わたしのシュートが確実にキミにぶつかっていたってことは、明らかにコースから外れていたということよ。」
奈都美が指し示したコースは、サッカーボール二個ほどの狭い隙間だった。シュートを放ったあの距離からこの隙間を通そうなんて、オレには考えもつかない芸当と言えるだろう。
腹立たしさを抑えきれず、奈都美はもう一度挑戦すると豪語し、シュートポジションまで駆け戻っていく。さっきの位置に立つよう、このオレに指示しながら。
「あのさ、奈都美。オレのこの役目って、丸太とかさ、ロードコーンみたいな物でもいいんじゃない?何で、わざわざオレなのかな。」
怪我という恐怖心を抱くオレに、奈都美は真面目な顔のまま答える。
「この練習はね、ペナルティエリア近くでの絶好のチャンスをものにする、そんなフリーキックの本番を想定してるの。その本番で、丸太やコーンがわたしのシュートの壁にならないでしょう?しかも、実際に人が立つことで、より現実味があって、緊張感を持って取り組むことができるの。」
そんな本番さながらの緊迫感の中、オレはその後もしばらく、奈都美のシュート練習に付き合わされることになった。
それにしても、さすがは元プロサッカー選手というべきか、奈都美のシュートのテクニックには目を見張るものがあった。幾度となく、ボールがオレの体をかすめていったが、彼女の技術なのか、それともオレの運なのか、オレは無傷のままシュート練習を終えることができた。
===== * * * * =====
練習の前半戦を無事に終えて、オレと奈都美は日陰のあるベンチで小休憩を取っていた。
スポーツドリンクで水分補給をするオレたち。失われた汗の分だけ体内に染み渡り、爽快感と清涼感が気持ちまでも癒してくれる。気分もリラックスできて、オレたちはフィールドを舞う微風に吹かれていた。
「そうそう。テストの日がね、来週の日曜日に決まったんだ。」
さわやかな笑顔でそう告げた奈都美。そのテストとは、彼女が目指しているプロサッカーチームへの入団テストのことだ。
奈都美曰く、自分以外にも多数の入団候補生がテストに参加するそうだ。基礎体力診断や、試合形式で技術面や身体能力を評価するといったもので、入団できるのは極わずからしく、最悪の場合、候補生全員が落選することもあるとのことだ。
「かなり厳しいテストになるけどさ、とにかく全力を出し切って、入団できるようがんばってみる。」
奈都美は気合十分に合格を宣言した。そんな彼女を、オレは心から応援することにした。
「オレも、奈都美が入団できるよう祈っているよ。がんばってね。」
「ありがとう、マサ。テスト前まで猛特訓が続くから、祈るだけじゃなく練習相手もよろしくね。」
滅入る気持ちを隠しつつ、空元気にまかせてと言いながら、オレは軟弱な胸板を軽く小突いた。
怪我が付きまとう特訓だけは勘弁してとお願いするオレに、筋肉痛以上の痛みを味わう練習はないから安心してと、奈都美は微笑しながらそう答えた。
「そうそう、ちょっと話変わるんだけど。・・・奈都美だったら知ってるだろうけど、今週さ、潤の誕生日なんだ。」
キョトンとした顔をする奈都美。まごまごしながら、彼女はうんうんとうなづいた。もしかすると、奈都美は潤の誕生日を度忘れしていたのかも。
「潤の誕生日に、アパートでお楽しみ会を開催するから、都合よかったら、奈都美も来てくれないかな?」
さすがは元住人だけあって、奈都美はお楽しみ会の主旨や趣向をしっかり憶えていた。弁当屋のお手伝いは日中だから夜だったら問題ないと、彼女は参加する意向を示してくれた。
「詳しいことは、また改めて連絡するから。面倒掛けるけど、よろしくね。」
「うん。それにしても、アパートでお誕生日会って懐かしいなぁ。」
奈都美は住人だった頃を思い出して感慨深げだった。このオレにも、毎回楽しいお誕生日会だったことが、彼女の嬉しそうな表情から見て取れた。
それはそうと、奈都美は住人だった頃、お誕生日プレゼントをもらったり、あげたりしたことがあるのだろうか。潤へのプレゼントのこともあるので、オレはそれとなく彼女に尋ねてみることにした。
「あのさ、奈都美は住人だった頃、お誕生日会でプレゼントもらったり、あげたりとかしたの?」
オレの問いかけに、奈都美は過去を振り返りながら答える。
「わたしは一度だけもらったよ。確か、スポーツバックだったかな。丁度欲しかった物だったから、前もってリクエストしてたんだけどね。潤だったら、プレゼントあげたこともあるよ。あの子、かわいい物好きだから、猫のぬいぐるみをあげたかな。」
潤のかわいい物好きはオレも知っていた。彼女のベッドの周りに、かわいらしいぬいぐるみたちが飾ってあったからだ。
ついこの前、致し方なく潤の部屋にお邪魔した時、ベッドの上に猫のぬいぐるみが置いてあった気がするが、もしかすると、あれは奈都美からのプレゼントだったのかも知れない。
「でも、それがどうかしたの?」
「うん、潤の誕生日にね、プレゼントをあげるかどうか迷ってるんだ。」
奈都美がにやけた顔で冷やかしてきたので、オレは手を振りながら、そういうロマンスめいた話ではないと受け流した。
「オレさ、アパートの管理人代行のくせに、住人のみんなにお世話になりっ放しで、友達のように仲良くしてもらってるしさ。だから、住人の誕生日ぐらいは、形になる物をプレゼントするのもいいんじゃないかなと思ってるんだ。」
「なるほどねー。うんうん、それっていいことだと思うな。あたしは賛成だよ。」
小さく拍手しながら、贈り物をもらって喜ばない人はいないだろうねと付け加えつつ、奈都美は明るく笑ってそう言った。
「奈都美。潤が喜びそうなプレゼントって何か知ってる?同い年の奈都美なら、詳しいんじゃないかと思ってさ。」
そう聞くや否や、奈都美は迷うことなく返答する。
「潤ならココットのグッズだと喜ぶよ、きっと。あの子、みんなが呆れるほどのココット好きだから。」
ココット・・・?その謎の物体のイメージを具現化できなかったオレ。それもそのはずで、今まで聞いたこともない名前だったからだ。
オレがそのココットの正体について尋ねると、奈都美は驚きあまって上擦った声で叫んだ。
「えー!?マサ、ココット知らないの!?ありえない、信じられない!キミ、テレビとか見てる?国民的大人気アニメの登場人物だよ、ココットって。」
奈都美から詳しい話を聞いたところ、そのココットとは、現在テレビで放映されているアニメ番組”ニャンダフルと痛快な仲間たち”に登場するキャラクターのことで、主人公であるニャンダフルという猫と一緒に旅をするカワウソのことらしい。
あらすじは、主人公の動物たちが悪の組織を打倒すべく旅を続けて、その先々で起こる事件や問題を痛快に解決するといったもの。
時には笑いを誘い、時にはほろりと泣かせる展開が好評のようで、老若男女問わず人気があるアニメとのことだった。
「潤の携帯電話見たことある?ぶら下げてる飾りって、確かココットだったはずだよ。」
「あー、そういえば、そんな感じのものがぶら下がっていた気がするな。」
潤の携帯電話の特徴は、何回か事件に遭遇したせいもあって、オレはおぼろげながら頭に浮かんでいた。銀色のボディーにビーズであしらった装飾、そして、ぶら下がっていた動物のキャラクターなどを。
「それにしても、ぜんぜん知らなかったな、そんなアニメがあるの。オレ、アニメとか見ないからね。」
「見ないにしても、知らなさ過ぎだよ。だって、あたしもスポーツ中継とか、ニュースぐらいしかテレビ見てないのに、このアニメのことは知ってたもん。それぐらい有名なんだから。」
あまりの恥ずかしさに、ただ苦笑いしていたオレ。浅学非才な自分に嘆きつつ、内心ショックを隠し切れなかった。
「そういうことなら、プレゼントはココットのグッズで考えてみるよ。奈都美、貴重な情報ありがとう。」
「いいよ、お礼なんて。あたしの誕生日は、リストバンドでいいから。あ、メーカーも決まってるからね。」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、自分の誕生日を打ち明けた奈都美。これでオレは、麗那さんに次いで、奈都美にまでプレゼントを予約されてしまった。こんな話題をしている時点で、それなりに覚悟はしていたが。
「そろそろ、後半戦に突入よ。あたしがドリブルするから、マサはあたしからボールを奪って。」
「ひゃー、それって一番きつい練習じゃないか。」
サッカーボールを転がしながら、奈都美は颯爽とフィールドへ向かって飛び出していく。軽やかなステップで駆け回る彼女を、オレは必死になって追い掛け回した。
「ほら、マサ!どうしたの、もう降参?」
まるで赤子の手を捻るかのように、奈都美はオレのブロックを技巧的にすり抜けていく。この華麗なドリブル捌きなら、きっとプロテストに合格できるだろうと、オレは息を切らせながらそう実感していた。
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奈都美とのサッカーの練習を終えた当日の午後、オレは管理人室で手短に昼食を済ませていた。これから滞り気味だった受験勉強に励もうと、オレは机に向かって参考書を広げる。
「よーし、やるかぁ!」
そう気合を入れてみたものの、運動したことによる疲労感と、昼食を食べた後の満腹感が相まって、オレは無意識のうちに机の上でうつぶせていた。
嘆かわしくも、オレはそのまま、はるか夢のかなたへと旅立っていくのだった。
「・・・はっ!?」
オレが汗まみれで目覚めた時、時刻はすでに夕方4時を回ろうとしていた。
寝起きのせいか、まだ意識がハッキリしていなかったオレ。自分自身の不甲斐なさに呆れつつ、オレは寝汗で濡れていたTシャツを脱ぎ捨てる。
「喉渇いたな。麦茶でも飲むか。」
半袖のポロシャツに袖を通すと、オレは冷たい麦茶を求めて管理人室を離れた。
寝ぼけ眼を擦りながら、オレはリビングルームまでやってきた。ドアを開けて足を踏み入れると、テーブル席に座って新聞を眺めているあかりさんと出会った。
「こんばんは、あかりさん。」
オレの存在に気付いて目配せするあかりさん。彼女は黙ったまま、オレに小さく会釈した。
いつもの真っ黒なネグリジェ姿ではなく、今日のあかりさんは黒を基調とした長袖のブラウスに、グレーのスラックスパンツを履いている。これからお出掛けでもするのだろうか。
「あかりさん、これからお出掛けですか?」
オレがそう問うと、あかりさんは訝しげな表情をオレに向ける。
「今まで出掛けていて、ついさっき帰ってきたばかりよ。2時過ぎに、あなたのいる管理人室に声を掛けて出掛けたつもりだけど、気付かなかったのかしら?」
午後2時過ぎだと熟睡していただけに、オレがその声に気付くわけがない。
「ごめんなさい。オレ、勉強に集中してたから気付かなかったみたいで・・・。」
ごまかすように、言い訳がましい嘘をついてしまったオレ。そんなこと無関心とばかりに、あかりさんは顔色そのままで新聞に読み耽っていた。
あかりさんのそばをすり抜けると、オレは冷蔵庫から麦茶のボトルを引っ張り出す。グラスに並々と注いだ麦茶を一気に飲み干して、オレは渇ききった喉を潤した。
「ふぅー、うまい。」
こういう時ほど、コーラやサイダーのような炭酸系の方が爽快なのだろうが、オレは残念ながら、炭酸飲料を一気飲みするとお腹が痛くなる体質なのだ。そんな柔なオレだけど、ビールを飲んだ時に限って、お腹が痛くならないから不思議だ。
「さてと、わたしもコーヒーでも飲もうかしら。」
そう言いながら、あかりさんは新聞を折りたたんだ。
あかりさんはふらっと立ち上がると、台所にいるオレのもとへと歩み寄ってきた。
「管理人代行さん。悪いけど、食器棚から適当なマグカップと、戸棚からインスタントコーヒーを取ってくれる?」
マグカップとインスタントコーヒーを手にすると、あかりさんはコーヒーの粉末をマグカップに注ぎ入れる。湯沸しポットから熱いお湯が注ぎ込まれると、落ち着きのある上品な香りがオレの鼻腔をくすぐった。
「ふぅ、おいしい。」
優雅にコーヒーを味わうあかりさん。くつろぎのある落ち着いたひと時が、彼女を包み込むように流れていた。
「あ、そういえば・・・。」
あかりさんを見ていたら、オレは奈都美から教えてもらったあのアニメ番組のことを思い出した。漫画を描く職業の彼女だったら、きっとあのアニメのことも知っているはずだ。
「あの、あかりさん。アニメで、ニャンダフルと痛快な仲間たちって知ってます?」
「当然でしょう。このわたしにしたら愚問よ、それ。」
呆れ返ったようにそう答えると、あかりさんは得意分野だけに、このアニメについて語り始めてしまった。キャラクターの個性やストーリー展開、視聴者を引き付ける魅力的な脚本など、このアニメの素晴らしさを延々としゃべり続けた。
「・・・いやぁ、さすがはあかりさん。完璧なまでにアニメのこと熟知してますね。いろいろと勉強になりました。ありがとうございます。」
終わることのないあかりさんの話を断ち切ろうとするオレ。ところが、水を得た魚のように、彼女は黙って聞きなさいと諭しつつ、まだまだ解説を止めてくれそうにない。普段から無口な人だけに、こういう展開が待っているとは思いもしなかった。
結局、オレはアニメのうんちくまでたっぷりと聞かされた。あかりさんが語り終えた後も、難解な長編小説を読み終えた直後のように、オレの頭の中がグルグルと迷走を続けていた。
「それはそうと、どうしてこのアニメのことをわたしに尋ねてきたの?」
「えーとですね、午前中に奈都美と会った時、このアニメの話題が出たんですよ。オレ、このアニメのこと知らなかったから、あかりさんなら、アニメに関していろいろと詳しいかなと思って。」
誇らしげな顔をしながら、あかりさんはまたしても、アニメや漫画の魅力について語りだそうとした。オレが慌ててそれを制すると、彼女はちょっぴり残念そうだった。
「奈都美から聞いたんですけど、このアニメのグッズもあるらしいですね。あかりさん、アパートの周辺で売ってるお店とか知ってますか?」
「知ってるけど・・・。でも、何でそんなこと聞くの?まさか、あなたの趣味とは思えないけど。」
さすがに不思議に思ったようで、怪訝そうな顔をしているあかりさん。
日頃から仲良くしてもらっているお礼も兼ねて、潤の誕生日祝いにプレゼントを考えていると、オレは隠し立てせずあかりさんに正直に話した。
「ふーん、そう。」
冷やかされると覚悟していたが、あかりさんは表情を変えずに淡々とアドバイスしてくれた。
「この辺だと、駅西口商店街のおもちゃ屋さんにあると思うわ。でも、種類を求めるなら、駅東口アーケードにあるグッズ専門店の方がいいわね。もちろん、都内に行けば、もう少し専門的なお店もあるけど、そういうお店の方が品切れになりやすいから、お奨めじゃないわ。」
親切丁寧にそう教えてくれた後、あかりさんは新聞に挟まっていた広告チラシに、スラスラっとお店までの地図を描いてくれた。
あかりさんからその地図を受け取るオレ。すぐさまその地図を見てみると、プロ漫画家の意地なのだろうか、彼女のペンネームらしきサインまで書き込まれていた。
「あかりさん、ありがとうございます。助かりました。」
「別にたいしたことじゃないわ。」
そう言いながら、あかりさんは珍しく口元を緩めていた。
「あなた、なかなかいいところあるじゃない。潤、きっと喜ぶわよ。」
このアパートに来てから一カ月ほど経過したが、オレはこの時、あかりさんに初めて褒められた気がした。いつもの彼女は少しトゲのある言動が多くて、冷ややかな表情でオレと距離を置いた感じがしていた。
この微笑みが、あかりさんとより親しくなれるきっかけになればいいなと、オレは管理人代行としてそう願うばかりだった。
「潤へのプレゼントということは、ココットのグッズってことよね?」
あかりさんも、潤の好みのキャラクターを知っていたらしい。しかし、オレの狙いを言い当てるや否や、彼女はなぜか表情を曇らせてしまった。
「あなたは知らないだろうけど、ココットはね、あのアニメで一番人気があるキャラクターなの。だから、グッズも売り切れ御免の盛況ぶりなのよ。少なくとも、わたしは最近、ココットのグッズを店頭で目にしてないわ。そんな状況だから、駅東口アーケードのお店にあるかどうか微妙なところね。」
難しい顔でそう話してくれたあかりさん。オレはその現実を目の当たりにして、いささか不安な思いに駆られていた。まさかココットが、入手困難なほど人気のあるキャラクターだったとは・・・。
とはいえ、迷っていても先へ進まないので、オレは受け取った地図を頼りに、駅東口アーケードにあるグッズ専門店へ足を運んでみることにした。あかりさんも賛成してくれて、百聞は一見にしかずだからお店に行ってみるよう奨めてくれた。
「早速ですけど、オレ、これから夕食の買い物ついでに見てきます。あかりさん、いろいろと情報提供ありがとうございます。」
「いいわよ、これぐらい。無事に買えるといいわね。」
このお礼と言わんばかりに、あかりさんの誕生日にもプレゼントをしますと宣言したオレ。
「お気遣い結構よ。気持ちだけいただいておくわ。まぁ、どうしてもあげたいなら、無理に止めはしないけどね。」
いつものように素っ気なく話したものの、あかりさんの表情はどことなく嬉しそうだった。
「それじゃあ、行ってきます。すいませんけど、留守番お願いしますね。」
オレは出掛ける準備を整えると、夕暮れ迫る屋外へと出掛けていった。ココットのグッズが見つかればいいなと期待に胸を膨らませながら。
===== * * * * =====
時刻は午後5時を過ぎていた。日も傾きかけて、賑わう街並みは薄っすらと朱色に染まりつつあった。
オレは駅東西連絡通路を越えて、商店が軒を連ねるアーケードまで辿り着いた。夕食前ともあって、アーケード沿いは主婦層の買い物客で賑わっていた。
ちなみに、カレードーナツでお馴染みのはぎ家も、このアーケード沿いに店舗を構えている。繁盛しているはぎ家の前を通り過ぎて、オレは一風変わった店舗の前までやってきた。このお店こそ、アニメや漫画のグッズを取り扱う専門店である。
「おお、それらしい感じのお店だな。」
お店のショーウインドウには、アニメに関するイベント告知のポスターが貼ってあり、漫画の女性キャラクターらしき等身大の人形が堂々と飾ってあった。
店内をこっそり伺ってみると、リュックサックを背負った小太りの男子に、奇抜な格好をしたコスプレ女子が、風変わりなグッズを物欲しげに見入っていた。
この馴染めそうもない雰囲気を前にして、オレは違う意味で恐怖感を抱きつつあった。
「・・・ここまで来て、帰るわけにはいかないよな。」
オレは後退する両足にムチを打って、ポスターで埋め尽くされた自動ドアを開ける。お店に入った途端、オレはその特異でかつ異様な光景に圧倒されてしまった。
人がすれ違えないほど無造作に並んでいる陳列棚や、天井からぶら下がっているキャラクターたちが、絶句するオレを出迎えてくれた。
売り手も買い手もどこに何があるか判別できないほど、みすぼらしい陳列棚には、小さなグッズが乱雑に押し込まれていた。
「ニャンダフルと痛快な仲間たちのコーナーはどこだろう?」
店内を犬のごとく這い回り、ココットのグッズを探し始めるオレ。ところが、この窮屈さに輪をかける陳列の見難さで、オレはグッズどころか、それらしいコーナーすら見つけることができなかった。
さらに陳列棚を渡っていくたびに、すれ違うお客に気を遣ってばかりで、オレは苛立たしさに怒りすら覚えていた。
「ダメだこりゃ。やっぱり、お店の人に聞いた方がよさそうだ。」
この独り言が聞こえたのか、タイミングよく、オレの近くにいた店員が歩み寄ってきた。美少女キャラクターがプリントされたエプロンを掛けたその店員は、脂ぎった顔でニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。
「お客さーん、何かお探しですかぁ?」
その店員は、まとわりつくような間延びした声で尋ねてきた。異様なまでの不気味さに、オレは思わず後ずさりしてしまった。
「あ、あの、その・・・。コ、ココットのグッズはどこかなぁ、と思いまして。」
「ちぇ、なーんだぁ。」
オレの探し物が気に入らなかったのか、いきなり不機嫌になる店員。もし、オレが美少女系のグッズでも探していると思っていたとしたら、オレとしてはものすごく心外だ。
「ココットってー、ニャンダフルの登場キャラクターのことでしょう?」
「そうです。どこにあるか教えてください。」
オレがそう問いかけると、その店員は首筋をボリボリと掻きながら、締りのない口元を動かした。
「あれ、人気キャラクターだから、在庫切れかも知れませんねー。ちょっとだけ待っててくださいねー。」
そう言うと、その店員は店内奥にある倉庫らしき場所へと歩いていった。どうやら、在庫状況を確認してくれるようだ。
指示されるがまま、この場で待つこと数十秒後、あの店員がオレのもとまで舞い戻ってきた。
「すいません、やっぱり在庫切れでしたー。」
その店員の口から残念な結果が告げられた。ある程度覚悟していたが、いざ入手困難なグッズと知ると、オレは不安をさらに募らせていた。
「だけどー、今週の木曜日の夕方に、キーホルダーが入りますよぉ。でも、10個限定の先着販売ですから、早くしないと売り切れちゃうーって感じですねー。」
「ほ、本当ですか、それ。」
すべてが無駄に終わろうとした矢先、かすかな光りが差し込んだ。その入荷日こそ、潤の誕生日当日という幸運も重なり、オレにとってはこの上ない朗報だった。
この願ってもないチャンスの到来に、オレはすこぶる胸を躍らせていた。
「あのぉ、ココットよりも、これなんかどうですかー?美少女戦士プリンちゃんのフィギア。これなら、バッチリ在庫してますしぃ、いろいろなグッズ取り扱ってますよー?」
遠慮しますと丁重にお断りを告げると、オレは暑苦しい店内から逃げ出すように退散した。
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