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第四話 三.ドラマのような再会

 翌日の日曜日、朝早くにアパートの電話機が鳴り響いた。その電話は、お皿とグラスを弁償することになっていたあの女性からだった。あまりにも早い連絡だったので、オレは面食らってしまった。

「わかったよ。それじゃあアパートで待ってるから。」

 その女性と相談した結果、今日の午前中に、アパートまで食器を届けてもらうことになった。

 不思議なことに、あの女性はこのアパートの所在地を知っていた。オレの渡したレシートには、住所までは書いていなかったはずだけど。

「それじゃあ、リビングルームでのんびり待つかな。」

 口笛を吹きながら、オレはリビングルームへと足を向けた。

 今日は日曜日なので、嬉しくも管理人の仕事はお休みである。週に一日だけでもと、じいちゃんが配慮してくれたわけだが、じいちゃんからは極力毎日やるように言われている。

 これからお客さんが来ることもあるので、今日の管理人の仕事はオフにしようと決めて、オレはリビングルームへと入っていく。

「おはようございます。みなさん揃ってたんですね。」

 オレが朝の挨拶をすると、のんびり過ごす住人たちも声を揃えて挨拶してくれた。今朝はタイミングよく、住人全員がリビングルームに集合していた。

 住人たちにとっても、毎週日曜日は休日モードである。ジュリーさんは、臨時の時以外はアルバイトは休み、潤のお店も日曜日の夜は定休日だ。あかりさんはある意味内職なので、日曜日は気ままに過ごしているらしい。

 もう一人の麗那さんだけは、モデルという職業柄だけに、日曜日に仕事が入ることもある。しかし、午前中はできる限り休ませてもらっているそうだ。

 オレも輪の中に混ぜてもらおうと、空いているテーブル椅子へと腰掛けた。

「今日の日曜日、みなさんはどう過ごされるんですか?」

 オレの質問に、順番に回答していく住人たち。

 ジュリーさんは、アルバイト仲間とカラオケに行くという。潤は相変わらず、午後まで部屋でのんびりして、夕方にお友達と都内へ遊びに行くそうだ。あかりさんは、部屋に飾るアロマキャンドルを買いに行くらしい。

 残念ながら、麗那さんは午後から夜まで撮影が入っているそうだ。だから出掛けるまでの間に、部屋の片付けや掃除を済ませてしまうとのことだった。

「マサくんは今日どうするの?」

 麗那さんからの問いかけに、午前中に来客があることを返答しつつ、オレは昨日の忌々しい出来事についても簡単に触れた。

「フフフ、それは災難だったわネ、マサ。でも、レディには優しくしなきゃNOよ。」

「そうだよぉ。その子だけの責任じゃないもんね。公園のベンチで寝ちゃダメだよぉ。」

「しかも、百円の品ニつでそこまで言い争うとは。心の狭い男と思われるわよ。」

 住人三人に窘められてしまったオレ。オレ自身、間違った行為とは思っていなかっただけに、彼女たちに共感してもらえず、ちょっぴり落ち込んでしまった。

「でも、それってもともとはわたしが原因だもんね。ごめんね、マサくん。」

「いえいえ、オレの不注意ですから。麗那さんが直接の原因じゃないですよ。」

 オレがそう元気付けると、麗那さんはホッとしたような様子だった。

「憎たらしい子だったけど、女の子のくせに、やたらサッカーは上手かったんですよね。」

「ふーん、サッカー好きの女の子ね。・・・そういえば。」

 何かを思い出したのか、麗那さんはいきなりオレに問いかけてきた。

「マサくん。そういえば奈都美のことだけど、あれから何かわかった?」

「いえ、あれから特には。今のところ、なす術がないというか、何というか。」

 奈都美さんの一件について、まだ話をしていなかったジュリーさんとあかりさんにも、オレは簡単に事情を説明した。残念なことに、二人とも奈都美さんの所在について、見たり聞いたりしていなかったとのことだった。

「少し前なんですけど、奈都美さんからじいちゃん宛てに手紙が届いてたんです。」

 その手紙を住人たちに見てもらおうと、オレはいったん管理人室へと戻り、大切に保管していた手紙を手にしてから、再びリビングルームへと引き返した。

 戻ってくるなり、オレは住人たちが囲むテーブルの上にその手紙を広げた。

「へー、こんな手紙が来てたんだぁ。」

 奈都美さんからの手紙を、食い入るように見つめる住人たち。それぞれが手紙を読みながら、奈都美さんの姿を思い浮かべていたのだろうか。微笑んだり、時には寂しがるような表情が、彼女たちの顔に浮かんでは消えていった。

 一通り手紙を読み終えた麗那さんが、便箋にプリントされた会社名に気付いたようだ。

「東京多摩FCって確か、これプロサッカーチームよね。」

 麗那さんの一言に、オレは即座に反応する。

「え、サッカーチーム!?」

「うん、FCってフットボールクラブのことでしょう。わたし聞いたことあるよ、東京多摩FCって。」

 オレたちの会話を聞いていた他の住人たちが、なぜか興奮しながら歓声を上げた。

「えー、じゃあさぁ、奈都美、プロサッカー選手になっちゃったんだぁ!」

「グレイト!奈都美、すごいじゃなイ!」

「彼女だったら、きっとプロになれると思っていたけどね。」

 オレの頭の中が混乱し始めた。奈都美さんが、プロサッカー選手とはどういうことだ!?状況が飲み込めず、オレは住人たちに詳しい説明を求めた。

「奈都美ネ、サッカー大好き女子だったの。暇さえあれば、アパートの庭先やリビングでボールをリフティングしてたのヨ。」

「奈都美さぁ、小さい頃から男の子と混じってサッカーやってたんだってぇ。あの子のボール捌き見たことあるけど、すっごい上手だったよぉ。」

「聞いた話だと、彼女が通っていた高校で、特別にサッカー部に入部していたらしいわ。男子サッカー部だから、試合には出られなかったようだけど。」

 予想だにしなかった奈都美さんの素性に、オレはただ驚くばかりであった。

「奈都美がこのアパートを引っ越したのって、女子プロサッカー選手になる夢を達成するためだったの。引っ越す前にやった送別会で、いきなりそのことを告白したから、わたしたちみんなびっくりしちゃった。次にみんなに会う時は、女子プロのエースストライカーになってるって、格好いいこと言ってたっけ。」

 奈都美さんから届いた手紙からして、彼女はアパートを引っ越した後、がんばった甲斐もあって、東京多摩FCという女子プロサッカーチームに入団できたということか。

「でも、マサくんがここへ電話した時、彼女は辞めちゃってたんだよね。」

「ええ。電話の相手からそう告げられました。自己都合による退団って言ってました。」

 夢だったプロチームに入団できたにも関わらず、奈都美さんはなぜ退団してしまったのだろうか。

「もう少し早く、空き部屋でこの写真を見つけていたら・・・。」

 写真を届けるために、奈都美さんの行方を必死に追って東奔西走してきたオレ。しかし、現在も写真はオレの手の中にあった。そんなオレの無念さを感じてか、住人たちもうつむき加減で口を閉ざしていた。

 窮屈な空気が漂っているリビングルーム。その重苦しい雰囲気を振り払おうと、潤が冗談交じりに明るく振舞った。

「プロサッカー選手を夢見た奈都美とぉ、マサが公園で出会った一人サッカーしてた女の子。・・・もしかしてさぁ、この二人って同一人物だったりしてぇ?」

 呆気に取られた顔をするオレたち。次の瞬間、まさかぁといった感じで、住人たちは苦笑していた。そんなドラマのような展開などあるわけがないと、このオレも心の中でつぶやいていた。

 いつもの穏やかさが戻ってきたリビングルーム。その雰囲気の中、リビングルームのドアからコンコンと小さなノック音が聞こえた。

「あれ、誰だろう?」

 住人全員がここに揃っているのに、いったい誰がドアをノックしたのだろうか?住人たちも不穏に思ったらしく、それぞれ不安げな顔をしている。

 恐る恐るドアのそばまで歩み寄ると、オレは警戒しながらゆっくりとドアを開ける。

「あ!」

 オレの目の前には、ピンク色のTシャツと丈の長いショートパンツ姿で、キャップ帽を目深にかぶっている一人の女性が立っていた。百円ショップの買い物袋を手に持った、一人サッカーをしていたあの女性だった。

「なんだ、きみだったのかぁ。いきなりここへ来るからびっくりしたよ。」

 緊張感から解放されて、オレは大きく息を吐き出す。そんなオレを後ろから見守っていた住人たちも、落ち着きを取り戻していたようだ。

 その女性は顔を背けたまま、オレに向かって買い物袋を突き出した。

「届けてくれてありがとう。」

 その買い物袋を覗いてみると、新聞紙で包装されたお皿とグラスが、壊れないよう丁寧に収められていた。

「はい、約束の品物ちゃんと渡したから。じゃあ、あたし行くね。」

 オレと目を合わすことなく、その女性は素早くここから立ち去ろうとする。オレは思わず、そんな彼女を呼び止めてしまった。

「あのさ、よかったら麦茶でも飲んでいったらどうかな?外、暑かったでしょ。」

 せめてもてなしだけでもと、オレはその女性を招き入れようとした。この暑い中、わざわざ来訪してくれた彼女に、感謝の気持ちだけでも伝えたかった。大人気なかったという住人たちの指摘も、オレの心のどこかに引っ掛かっていたのだ。

「いや、いいよ。」

 オレの厚意を断って、早々に立ち去ろうとする女性。このまま彼女に帰られると、後悔の念を引きずってしまいそうなので、オレは繋ぎ止めようと必死になって説得する。

 せめて一杯だけでも、いやいや遠慮するといった台詞を繰り返し、オレとその女性は激しい攻防戦を繰り広げた。

 数分間に渡る激闘の末、ついに、オレのあくなき説得に観念したのか、その女性は吐息を漏らして、深くかぶっていた帽子を取った。

「・・・昨日も言ったけど、キミってさ、ホントにしつこいね。一杯だけごちそうになるよ。」

 そう文句を言いつつも、その女性は少しだけ顔をほころばせていた。

 オレは晴れやかな気分に包まれていた。彼女を言い負かしたことよりも、彼女にオレの気持ちが伝わったことが何よりも嬉しかった。

「ありがとう、中へ入って。アパートの住人がいるけど、いい人ばかりだから気にしないで。」

「うん、知ってるよ。」

「え、知ってるって・・・?」

 まるで自宅に帰ってきたかのように、その女性は軽やかにリビングルームへ入っていった。オレも首を傾げつつ、そんな彼女の後ろ姿を追いかけていく。

 ざわついている住人たちに向かって、その女性は深々と頭を下げる。そして、照れ笑いを浮かべて、彼女は住人たちと挨拶を交わした。

「おはよう。あの、その、こんな形でみんなと再会すると思ってなかった。ははは、みんな元気そうだね。」

 住人たちみんなが、その女性に釘付けになっていた。この異様な空気を引き裂かんばかりに、みんなが一斉に大声を上げた。

「奈都美ーーー!!」

「・・・え?」

 何が何だか判断できず、空いた口が塞がらないオレ。ここリビングルームで、オレが想像もしていなかったドラマが待っていた。


 =====  * * * *  =====


 空き部屋で見つけた一枚の写真から始まった人捜し。見えては消えて、つながっては途切れていった線が、ここに来てようやく結びついた。

 オレが捜し求めていた元住人、六平奈都美さんは、まるでドラマのような偶然が重なり、今、アパートのリビングルームまで辿り着いた。彼女に出会えて嬉しいはずなのに、オレはなぜか複雑な心境だった。

「麦茶、どうぞ。」

 冷えた麦茶で、テーブル椅子に座る奈都美さんをもてなすオレ。小さな声でお礼を言うなり、彼女は麦茶を一気に飲み干していた。

 住人たちも複雑な思いで、奈都美さんの周りを取り囲んでいる。口火を切ったのは、彼女と同年代の潤だった。

「もう、奈都美!今までどうして連絡しなかったのよぉ!心配してたんだよぉ。」

 奈都美さんのことを本気で心配していたのか、潤は強い口調で訴えた。奈都美さんは、そんな潤に頭を下げるしかなかった。

「ごめんね、潤。あたしもさ、その、引っ越してからいろいろあって。慌しくて、バタバタしてて、連絡できなかったんだ。でもさ、おじいちゃんには手紙を出したんだけど・・・。そういえば、おじいちゃんはどうしたの!?」

 奈都美さんは不安な面持ちで周りを見渡す。そんな彼女に、オレはそのじいちゃん宛ての手紙を差し出した。

「じいちゃんさ、今、体調崩して入院してるんだ。だから、オレが管理人の代行をしてるんだよ。」

 たいした病気ではなく、しばらく療養すれば退院できると付け加えると、奈都美さんはホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

「それより奈都美。あなた今、どこに住んでるの?この手紙を読むと、あなたサッカーチームに入団したみたいだけど、自分の都合で辞めちゃったんだよね。今は仕事とかどうしてるの?」

 奈都美さんに質問攻めしてしまう麗那さん。サッカーチームを退団したことを知られていたからか、奈都美さんは動揺を隠し切れない様子だった。

 にわかに表情を曇らせて、奈都美さんは言い難そうな口振りで語り始める。

「東京多摩FCに入団できたことはできたんだけど・・・。ちょっといろいろあって。この手紙を送って少ししてから退団しちゃった。今は、知り合いのおじさんがやってる弁当屋で、居候しながらお手伝いをしてるの。」

 奈都美さんが言うには、その弁当屋はいつもの商店街の一角にあるらしい。ということは、オレや住人たちは気付かないまま、お店にいる彼女とすれ違っていたのかも知れない。

 近況について一通り話し終えた奈都美さん。昔から馴染みのある人たちに囲まれているのに、なぜか彼女は、窮屈そうに肩をすぼめて辛そうな表情をしていた。

 そんな沈み込んでいる奈都美さんに目も暮れず、ジュリーさんは住人たちみんなにある提案をする。

「Oh、奈都美住んでるところ近いならサ、近いうちにみんなで再会パーティしようヨ!」

「あ、いいねぇそれ!せっかく久しぶりに会えたんだもん。いろいろ思い出話したいもんねぇ。」

「そうね、一年ぶりだものね。積もる話もたくさんあると思うわ。」

 ジュリーさんの呼びかけに賛同する住人たち。当然ながら、このオレも快く賛成した。

 そんな賑やかな会話が飛び交う中でも、奈都美さんはまだ辛そうな顔色を浮かべていた。

「みんな、ありがとう。あたし、ちょっと忙しいから、時間が取れたら連絡するよ。今日もこれからお店の手伝いがあるから・・・。そろそろ帰るね。」

 そう言いながら、住人たちに背を向けると、奈都美さんは逃げるようにリビングルームを出ていった。

「奈都美、何だか様子がおかしかったねぇ。具合でも悪かったのかなぁ。」

 潤がそう言うと、他の住人たちも心配そうにうなづいている。体調が悪かったのか、それとも何か悩んでいたのか、奈都美さんの不調はオレにもわかるほどだった。

「マサくん、写真渡さなきゃ!」

「あ!」

 麗那さんの一声に、オレは慌ててズボンのポケットをまさぐった。この写真を渡したいがために、オレはここまで苦労したのだ。

 その写真を握り締めて、オレは奈都美さんの後を追っていく。廊下を小走りで駆け抜けていくと、玄関でシューズを履いている彼女を見つけた。

「待って!」

 振り向く奈都美さんに、オレは写真を差し出した。

「あ、この写真・・・。」

「奈都美さんが引っ越す直前に、みんなで記念に撮った写真って住人から聞いたよ。この写真、奈都美さんが住んでた空き部屋で見つかったんだ。だから、奈都美さんが忘れていったものだろうって。」

 写真をそっと手にすると、感慨深げに昔の自分を見つめる奈都美さん。その時の様子を思い出したのか、彼女は一瞬だけ口元を緩めたが、すぐさま、落ち込んだような表情に変わってしまった。

「これ、あたしに・・・?」

「もちろん。でも驚いたなぁ。その写真、少しピントが合ってなかったから、オレ、公園であった女性がまさか、奈都美さんだと思わなかったよ。」

 お礼を言って、その写真を小さなカバンにしまった奈都美さん。

「あと、一つだけお願いがあるんだ。」

 オレがそうお願いすると、奈都美さんは冴えない顔のまま耳を傾ける。

「オレのじいちゃん、いや、ここの管理人がさ、奈都美さんにとっても会いたがってた。もし時間があったら、お見舞いに行ってくれないかな。駅東口にある胡蝶蘭総合病院の512号室にいるから。個室だから入りやすいと思うよ。」

「・・・いいよ。あたしもおじいちゃんに会いたいしね。」

 奈都美さんは少しだけ顔をほころばせる。彼女がじいちゃんを本当の祖父のよう慕ってくれることが、オレは何よりも嬉しかった。

「あのさ、あたしからも一つお願いがあるんだけど。」

「ん、何?」

 奈都美さんは照れくさそうに、首筋を指で掻きむしっている。

「あたし、”さん”付けされるの気持ち悪いんだ。キミとあたしって、年齢離れてないみたいだからさ、奈都美って呼んでくれないかな。」

「わかったよ。それなら、オレのこともマサで構わないよ。住人のみんなもそう呼んでるから。」

 奈都美はキャップ帽を深くかぶると、改めてさよならの言葉を口にした。

 オレも応えるように、さよならの言葉を返した。奈都美の去り際に、また気軽にアパートに遊びにおいでと付け加えて。


 =====  * * * *  =====


 奈都美を見送った後、オレはリビングルームへ戻ってきていた。

 冷たい麦茶をおいしそうに飲んでいるオレを見て、リビングルームに一人残っていた麗那さんは、一杯だけちょうだいと懇願してきた。

 グラスに並々と注ぎ入れた麦茶を持って、オレは麗那さんのもとへと向かう。

「ありがとう。マサくん」

 麦茶のおいしさについ唸り声を上げてしまい、オレたちは互いに顔を見合わせて笑っていた。

「それにしても・・・。奈都美、あまり元気がなかったね。」

 麗那さんはふと、寂しがるような顔でそう囁いた。

「今日は少し暑かったし、外を歩いてきたみたいだから、バテちゃったんじゃないですかね。」

「うん、そうかも知れないね。」

 そんなことを言いつつも、オレも奈都美のことが気になっていた。酷暑でもサッカーをやり続ける活発な彼女が、今朝ぐらいの暑さでバテるとは考えにくいからだ。

「話変えちゃうけど、マサくん、明日の月曜日の夜ってヒマ?」

 麗那さんの突然の問いかけに、オレは内心ドキッとした。つい先日、荷物持ちをさせられた記憶がオレの脳裏を過ぎる。

「もしかして、またお買い物でしょうか?」

「フフフ、違うわよ。明日の月曜日の夜8時ぐらいから、何か予定とかあるかな?」

 その時間なら、管理人室に一人こもって勉強しているか、気ままに本を読んでいるだろうと思って、オレは特にありませんと回答した。

 勉強することも大切な予定のくせに、人からの誘いをつい優先してしまう自分が情けない・・・。

「それなら、月曜日の夜に、浜木綿に行ってくれないかな。それでね、紗依子の仕事が9時あたりに終わるから、その後、彼女を自宅のアパートまで送って行ってほしいの。」

「え、紗依子さんを送るんですか?」

 ただならぬ事態を察知し、オレは麗那さんに理由を尋ねた。

「紗依子のアパートの近所でね、最近痴漢が出没するらしいの。いつもだと、マスターが車で送ってくれてるんだけど、明日の夜はね、マスター急用でお店の留守番をしなくちゃいけないらしくて。わたしが行ければよかったんだけど、わたし、明日の夜仕事入っちゃって、お店に行けそうにないの。」

 ということは、ある意味ボディーガードということだろうか。いささか不安ではあったが、麗那さんから強くお願いされては無碍に断れない。これが男の性ってヤツだろう。

「オレなんか、役に立ちますかね。」

「大丈夫よ。誰かがそばにいれば、抑止効果になるじゃない。ほら、痴漢って、一人の女性を狙うってよく言うしね。」

「う~ん、なるほど。確かにそうですね。」

 悩みに悩んだ挙句、オレは麗那さんのお願いを聞き入れることにした。それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろした彼女は、オレに繰り返しお礼を言った。

 まるで便利屋のようになってしまったが、住人からのお願いに可能な限り応えるのも、管理人代行の勤めだろうと、オレはオレなりに納得していた。

「そうそう、お店の食事代、もしだったら後からわたしに請求して構わないから。それじゃあ、よろしくね!」

 そんなわけで、オレは翌日月曜日の夜に、紗依子さんを自宅アパートまで送り届けることになった。願わくば、痴漢と呼ばれる変質者に遭遇したくはなかったが。

第四話は、これで終わりです。

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