第二話 匂坂、最前線へ
アクセスしてくれたあなた。僕はあなたの為に書いています。
「マル害って誰なんだい?」
僕は何気ない疑問を口にした。病院での‘百眼’の指摘にそれなりの人物なのだろうが。
「………」
「………」
僕の問いに真喜子は二本目の煙草に火をつけ、桐谷警部補は沈黙で返した。僕もなんともなしに煙草に火をつけた。
「誘拐されたのは――」
二回程灰を落とし真喜子は言った。
「与嶺宮一宏のご子息、与嶺宮貴子よ」
へえ――僕はなんともなしに言った。
「有名な人なの?」
再び沈黙。しかし、先程とは質が違う感じがした。
「法務大臣、与嶺宮一宏氏ですよ」
「へえ」
そりゃあすごい。
「………」
「無理よ、桐谷警部補。こいつに事の重要性は通じないわ」
「マル害がどんな人物だろうがマル被そのものにはあまり関係ないしね。うん、詳しい事は資料ちょうだい。ところでさぁ――」
僕は言った。
「これ、どこ向かっているの?」
真喜子は大袈裟に溜め息をつきながら言った。
「確かに、説明していなかったわね。その与嶺宮氏の自宅兼、誘拐事件捜査本部よ」
閑静な住宅地、といえば月並みだが、車のエンジンを切ると辺りは水を打ったように静かな一角。そう――まるで誘拐事件など起きていないかのような静寂だった。
「おはようございますっ!」
先に車を降りた真喜子、桐谷警部補が大袈裟な大声を上げた。
僕もゆっくりと車外へ出る。「ご苦労だな、梅島室長、桐谷警部補」
静かな、落ち着いたトーン。この声には聞き覚えがある。そう思った瞬間――僕の表層意識に強制的に‘百眼’が浮かび上がった。「久しぶりの現世はどうだ? 匂坂。いや、今は‘百眼’の筈だな」
「なぁに、いつでも忙しなく、空気が重いよ。前回は会わなかったから、一年と三か月ぶりか。国家公安委員会委員長、間宮圭一朗」ふん。黒のスーツにハイネックの同色のセーター。乱れない白髪交じりの髪。そして、一際目立つ冷血な光りを備えた、まるで爬虫類なような目。その視線を覆うように在るフレームレスの眼鏡のブリッジを上げると、間宮委員長は言った。
「‘百眼’、ここが最前線だ」