第1章 1話 不死者、追い詰める
今夜は月夜に満ちていた。
漆黒の夜を照らす満月は夜空に青みを帯び、雲ひとつ存在せず見るもの全てが見惚れてしまいそうな、それほどまでに美しい満月であった。
海や湖のような水面に当たればたちまち光の筋と化した。
水面の波さえ発生していなければ満月はもはや水中深くに光輝く金剛石と呼ぶに等しい。
しかしそんな月夜の光も通さない樹海ともいえる森は意味がない。
ガサガサと落ち葉を蹴るような音がした。
「ハァッハァッハァッハァ……」(クソッ!!何なんだよ!!)
そんな中、男が一人暗闇の森の道なき道を走り抜けていた。
この様子からすると心の底から相当焦っているようだ。
髪型は坊主頭で顔の半分は黒く焼け爛れており、右腕部分はケロイド状の熱傷となって着ていた長袖の服と長ズボンはところどころが木の枝によって破れている。
地面に生えている膝まで届く草木や盛り上がっている石など気にもせず走る。
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話は十数分までにさかのぼる。
彼がこの森に来た理由は仲間と共に近くの町の人間一人一人を餌として、若い女を連れさらいに来たからだ。
紐で縛られた女達が必死で振りほどこうとしてもなす術はなかった。
「へへへへ、こいつぁ極上モンだな」
「ヒヒヒヒ、いいモン見つけてくれるじゃねぇか」
「早く喰っちまおうぜ!」
「おれは端っこの娘一匹を選ぶぜ!」
「じゃあおれは真ん中の女だ」
「まぁ落ち着けよ、別に殺したりするわけじゃないんだ。なぁ、あんたらもわかってくれよ?」
女たちの心は恐怖に支配されていた。
そして男達が近づいて、首筋にかぶりついた。
必死でもがく女達も比較にならない力で押さえつけられ、されるがままだった。
返り血を浴びながらも血を吸い終えて首を噛み切られた女達は倒れ、男達の下品な笑いと口元についた血が恐ろしさを際立たせていた。
そんなところであれ《・・》が来たのは、彼らの運が悪いとしかいいようがなかった。
「よぉ兄ちゃんたち、ずいぶん楽しそうなことしとるじゃないかぁ。」
気の抜けた声と共に男達がぎょっとして後ろを振り向いた。
顔がフードとスカーフで覆われていて見えなかったがその声からして老人のようだった。
足首まで届くコートのように長い漆黒のローブ、腰に巻いたベルト、両肩に着けた肩当が魔道士と思わせるのに十分理解できたのは一目瞭然だった。
しかし手の肌を見ると死人のように白い肌が覗かせていた。
ここへ来たのは自分達を討伐するためなのだろうかと男達はみた。
「あぁ?、んだよただのジジイじゃねえか」
「つーか誰?ジジイはお呼びじゃねぇんだけど」
「あの格好からして魔道士じゃねぇか?」
「それにしちゃぁあんなジジイに請け負ってまでギルドも堕ちたってことかぁ?」
「まぁでもおれ達を始末しようってんなら、覚悟はできてんだろうなぁ?爺さん?」
邪魔をするなら今ここで殺すぞという脅しをかけた。
しかし老人は男達の言葉に対して全く意になさず笑いながら平然と一言、
「死死死死、わしを楽しませてくれはるんならそれでえぇよ。
ただおんどれら-----------本気でいかんと死ぬで。」
「!!?」
フードの下から覗かせる白く薄く濁った目がぎらつき、凄まじい殺気と威圧が男達を襲った。
強烈な吐き気と圧力が男達にかかり、地面にひれ伏したのである。
びりびりと伝わってくる殺気に当てられた事でこの老人が只者でないことをすぐに理解したようだ。
殺気を振り払って男達は戦闘態勢に入り、六人がいっせいに四方に散らばった。
一人一人が素早く動くたびに残像が現れ、あたかも男達が一〇〇人を越す分身と化したのは十秒もたっていなかった。
武器の類を持っていないことを見れば素手で戦うつもりなのだろう。
しかし老人は特に構えもせずただそこに突っ立ているだけ。
魔法を使う様子も見当たらなかった。
男達はこれを好機とみたのか散らばった六人と囲んでいた分身が老人に一転集中させて一気に襲い掛かる。
まず一人目が頭を叩き割り、二人目と三人目は両腕を切り裂き、四人目は両足を切り落とし、残りの二人は胴を真っ二つにした。六人同時だった。
「へへへ、たいしたこと……なっ!?」
やったと思った瞬間、バラバラになった老人が突然掻き消えてやがて消滅した。何が起こったのか理解できない男達はそのまま突っ立ているだけだったが、
「ここにおるよぉおんどれぇ」
木の上に老人が座っていた。なぜこのようなことになっていたのかというと、六人の攻撃が当たる寸前に純粋な速さで男達と同じように残像が見えるほどの速度でかわしていたのである。
「ほれ、どんどん来ぃや。なんならわしから一撃を喰らわすで?」
「ひっ……うわああああああああッッ!!」
老人が指一本を前に突き出すと指の先端が白く光り輝いて膨大な魔力が集まってくるのを感じていた。
視力が向上したせいであまりの輝きに男達の目が開けられなくなり、どうすることもできなかったがあれを何が何でも止めていかなければならないと思ったがもう遅い。
「ほな、さいなら。」
指の先端から放たれた閃光は光よりも速く放たれ、男達を飲み込んだ。
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今その心はむしろ恐怖に支配されていた。
手にはたいまつもランプも持っていない。
暗闇で覆われているこの森は視界が見えないはずだが男の眼にはそれがまるで一つ一つが鮮明に見えていたのである。
(あんな化け物がいるだなんて……冗談じゃねえぞ!!)
人間が走り抜けていくには到底不可能といえる動きで地面から一気に木の上へ飛び上がっていく。
木の枝に到達してはまた枝に飛び移り、また枝に飛び移っていき……を繰り返す。
(逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ……なッ!?)
あの老人《・・》から逃げることを考えているうちに突然、足元の木の枝が絡みついて数本の枝が触手のように伸ばしてくるのを男は見た。
血吸木―――――その名の通り吸血鬼のように血や養分を吸って成長する木であり、
アンデッドのように仲間を増やしたりすることはない。
獲物を見つけ次第何であろうと襲い掛かる触手。人間程度なら全身の骨も砕く。
気を取られている内にあっという間に男は触手によって全身を絡まってしまった。
だが----------
「こんな所で、死んで、たまるかぁぁぁーーーーーッ!!」
必死の抵抗であった。
男は全身の筋肉が膨れ上がって力の限り叫ぶと、触手がぶちぶちと音をたてて、やがて全身を覆っていた触手は引きちぎられていき、力なく垂れ下がっていく。
解放された男は地面に落ちる寸前に体を一回転して着地した。
男の焼けた右半分の口元にはびっしりと牙がならんでいた。男は吸血鬼だったのである。
人外の領域にまで達した凄まじい腕力は人体はおろか、重厚な鎧を備えた人間五人を易々と貫通するほどといわれている。
しかし今は全盛期とは程遠く見えた。
なんとか逃れることはできたもののすでに右腕は使い物にならなくなり、触手と同じように力なく垂れ下がっていた。
早くしなければあの老人が来てしまう、一刻も早くここから逃げ出したかったのだが彼にはもう逃げ道はない。なぜなら-----------
「こないな所におったんかぁ、なぁ兄ちゃん?」
「!!?」
絶望的だった。後ろを振り向けば先ほどの老人がそこにいた。
フードの下から覗かせる白く薄く濁ったあの目は一生忘れることはないだろう。
男はその場で見た瞬間に失禁してしまい、地面に座り込んだ。
「お……おでが何じだっ$&&'%んだyおぉ~~~~!!
だっだだ餌が'#$%ぐでぢっ血がぼじがっ&#$%げなのに、どヴじで……どヴ4でぇぇ~~~~~!!」
恐怖で完全に支配された男は顔が大量の涙と鼻水でめちゃめちゃになりながらも必死に許しを請うが、老人はゆっくりと男に向かって歩きだし、口元のスカーフを取ってこう言った。
「別に兄ちゃんに恨みなんて持ってへんよ。ただの暇つぶしじゃ。」
そう言うと口元が裂ける程の凄まじい凶悪な笑顔を見せつけ、青白かった男の顔はさらに白く変色していき、必死に足を動かして後退していった。
その場大勢の人間がいたら間違いなく逃げ出すに違いないだろうが、あの笑顔は人を殺すことに対して一切の罪悪感がないのだろうと男は悟った。
「あ、あ、あ……」
徐々に後退していくも後ろには大きな岩で行き止まりとなっており、これで事実逃げ場はもうなくなったのである。老人が歩みを進めていくうちに男は白目を剥いて痙攣を起こし、全身から滝のように汗が流れ始めて破れた服とスボンはもはや濡れているのに等しく、今すぐに誰でも殺せるような格好であった。
だがもう遅いのか、男は大の字になって白目になって口を開けたまま死ぬ直前、その情けない様子を見た老人は
「ほんならせめて一思いに殺したるわ、じゃ」
老人の放った一言と同時に直径五十センチほどの大きさの風塊が放たれ、男に猛烈な速度で向かって徐々に大きくなっていくのに一秒もかからずに悲鳴も残さないまま、風速一〇〇〇〇メートルを越す風塊で後ろの巨大な岩と周囲の木々は跡形もなく消し飛ばされていった。
いまさらだけどこの作品、処女作なんですけどあらすじに書くの忘れてましたね。
なので批評や指摘もどんどん歓迎します。