プロローグ 不死者、暇つぶし
アンデッド。
それは死してもなおかりそめの生命を吹き込まれた哀れな存在。
彼らは生者を襲いながら仲間を増やしていき、次第に勢力を拡大させていくのでこの上ないやっかいな敵である。
喰屍鬼《グール》、ゾンビ、スケルトン、死霊《ゴースト》、吸血鬼《ヴァンパイア》などがその例だ。
彼らの中でも上位の存在のものとされる吸血鬼。
彼らには口を覗かせれば牙が生えてきており、その牙で人間の首筋を噛み付いて血を吸うことで仲間を増やす。
こういう面では他のアンデッド共通なのだが噛まれた人間を下僕にして操る事ができ、知能を失うことなく活動を行うことができるため、街の民衆や一流の戦士や魔道士達からも畏怖されるものとなっていた。
しかし実際は吸血鬼よりもさらに上位がいた。
そのアンデッドは前世は優秀な魔道士が前世の無念を晴らす事ができずに、現代に怨霊となって人類が到底なし得ない魔力と力を手に入れて今もどこかでさまよっているという説。
もしくは古代、何らかの秘術を用いてついに不老不死を完成させ魔道士が人知を超えた魔力を手に入れ、現代に生き延びてどこか人目のつかない場所にいるのではないかと言われている説だ。
だが彼らは自分の思うがままに自分の住みやすい世界にして人類の破滅の野望を抱いている……ということはない。
いつ、どこで現れるのかは誰にもわかっていない。
彼らは人間達の前に現れたりすることもほとんどなく、たとえ軍隊の一流魔道士が襲って来ようならたったひとつの初級魔法一発で全滅されたという記録まで残っているためにうかつに手をだせない。
いつもの夜になれば森は漆黒で塗りつくしたかのように暗かった。
漆黒の闇が全てを支配し、風に撫でられる葉があたかも異界へと誘うような動きだった。
夜にこの森に立ち入ることなど自殺行為に等しく、森に迷い込んだ人間の骨が発見されることなど別に珍しくもなんともなかった。
だがこの時は周辺一〇〇メートルほどの地面は焦土と化し、木々は赤く燃え盛っていた。
真っ暗な夜の森の上空にも赤く染まっているのがわかる。
その中心は真っ赤に煮えたぎるマグマと化しており、今にも地面から噴火しそうな勢いだ。
ふとすると、燃えている森の影から現れて、上半身から足首あたりまでの漆黒のローブを着込んでフードで顔を隠しており、何かが爆心地の中心に歩いて来た。
「はっ、何じゃもうおしもてか、つまらん。」
しわがれた老人の声がした。
この声からしてマグマに近づいた男のようである。
その言葉の意味はどうやら面白そうな物が単につまらなかったというわけではなく、むしろ失望したという気持ちの方が正しい。
しかしなぜこんな所に一人でこんな広大な森の中に出歩いていたのか。この森には夜行性の魔物が多くて夜には獲物のにおいを嗅ぎ付けて集団で襲い掛かってくるというのにも関わらずに。
「きょーびの吸血鬼の奴らはホンマに口だけの根性なしやのぅ、呆れてものが言えんし一匹取り逃がしちまうしのぅ。」
男は周りのことを気にもせずに踵を返して歩きだした。
「まぁええわ、最近なんもオモロイことがなかったやねんし暇つぶしにもう一匹潰しとこか。」
つまりこの男は退屈しのぎに吸血鬼を狩っているということ。人々が恐れる吸血鬼を相手に微塵も恐れる様子がなく、口元が耳まで避けるような程に否めて嬉々として漆黒の森へと去っていった。