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友人1

 出会いと別れは突然に発生するものだって、友人から聞かされた覚えがある。僕はそれに、「ゴキブリみたいな言い方をしないでくれよ」と、おどけて答えたと思う。何でゴキブリにたとえるの? 汚いじゃん。そう言われたけれど、前者だってあまり気持ちの良いものではない。初めて人と会う時は、誰だって緊張するし、離別だって、涙が付随するのが常だ。だから僕は友人にそう反論したけれど、結局は、生理的に嫌悪感を感じるかどうかだよって、彼は顔をしかめながら一蹴してしまった。

 まあ、僕は屁理屈をこねたかっただけだから、逆に申し訳ないとすら思ってしまったわけだけれど。思えば、彼のしかめっ面を拝んだ記憶で、はっきりと覚えている事柄はそれくらいだ。人当たりが良くて、八方美人。誰にでも人気のある彼。いつからかは知らないけれど、彼は僕と会話することが多かった(自惚れや勘違いじゃないといいけれど)。何でもソツなくこなせる、要領のいい、皆の人気者。僕は彼が自慢の友人だった。皆は知らない。彼は本当は臆病で、犬に吠えられると必ず腰が抜けたりする(トラウマがあるらしい)ことを。そのくせ、霊感(実在するかどうかはわからないけれど)が強くて、時々何もないところを見上げて、道順を教えてあげているようなジェスチャーをしたりもする。

 何で彼は僕を気にかけてくれたんだろう? そう、アデレイドに尋ねてみたところ。

「さあ? 君の守護霊様と仲が良かったんじゃないのかい?」

 と、本気か冗談か、区別のつかない口調で答えてくれた。

 年が明けて三つ目の月を数えた。初春を迎えて暖かい日。でも、やっぱり夕方の冷え込みが厳しい。朝寒く、昼暖かく、晩に冷える、そんなメリヘリのついた、優等生な感じが僕は好きだけれど。

 テレビを点けたら、ニュースキャスターが、どこどこの中学校で卒業式が執り行われましたなんて、神妙な笑顔(僕にはそう見えた)で話すものだから、そんな掛け合いと、今は疎遠になってしまったかけがえの無い親友のことを思い出したんだ。



「――僕と会いたい? なんだって急に? うん、うん。僕は大丈夫だけれど。ああ、そうだ、君に紹介したい人がいるから、その人とも会ってくれる? うん。それはよかった。じゃあ、一週間後に。え? ああ、迎えに行くよ。車くらい持ってるさ。うん。楽しみにしてる。じゃあね」

 友人からの突然の電話。タイムリーだ。ちょうど僕は彼のことが気になり始めていたから。僕に立派な友達だと、胸を張って言えるような知人は彼しかいない。

「君は私のことを蔑ろにする癖があるようだね。改めたまえ」

 そうそう、アデレイドもだ。出会ってからまだ半年も経っていないけれど、彼女も立派な友人(一線は越えてしまったけれど)ってやつだ。そういえば、僕は彼女と交際していることになるのだろうか? 僕はどちらでも構わないけれど。

「もしもし、突っ込みはまだかな?」

「え? 何にでしょう」

「私は君の心を読んだのだが、それは君とって尋常なことなのかい?」

「うーん、どうでしょう。あなたが既に尋常ならざる方ですし、最初こそ新鮮味があったものの、今となってはもう・・・」

「つまらないな」

 聞こえるか、聞こえないかくらいの音量でありながら、確実に耳に届く明瞭さを持ち合わせる声で、アデレイドはつぶやいた。彼女としては拗ねているつもりで、恐らくは僕と何かしら(多分暇つぶし程度の)言葉を交わしたかったのだろう。ただ、そちらには何の感動も抱かず。なんとなく、幻聴や天啓っていうのは、こういう声で聞こえてくるんだろうなあと僕は思った。

「全く。君に一ついいことを教えてあげよう。君の考えていること、ふと思ったことはだね、口に出てしまっているよ。私の声を褒めてくれるのは結構だが、もっと私とコミュニケーションをとりたまえ。気まずいじゃないか」

「アデレイドも雰囲気を気にするんですね」

「吸うよ?」

「すみません」




 通話が終わった。俺の友人には、相変わらず知己がいないようだ。急な来訪の予定も、すんなり受け入れてくれた。思えば彼は不思議な奴だ。俺は(自分で言うのもなんだが)器量を持っている風に、人から見られている。半生の内、何かに挫折したことは一度たりともない。勉学をすれば、入るのも出るのも、この日本で最高難度の大学に入学して卒業。運動をすれば、インターハイ、インターカレッジで優勝。一般的に、天才や、超人等と呼ばれる類の存在だと思う。自画自賛ではあるが。だから、そんな俺と分け隔てなく接してくれた彼は、得がたい縁だと認識している。俺に寄り集まってくる者は、俺の資質的外面しか見ていない。ただ、俺自身はそんな器を持っているとは毛頭思っていない。あるのは特別な能力(能力と言うべきではないかもしれないが)だけ。

 俺は、霊的な存在と会話ができる。物心ついた時から、それは俺にとって当たり前の現実だった。そして彼らは、俺にとって有益な情報を与えてくれる。両親(今はもうどちらも他界してしまっているが)の結婚指輪が紛失した(当時俺は三歳だったはず。記憶は定かでない)ときのこと。黒い猫が、俺を指輪の場所まで導いてくれた。今だからわかる。戸建てを持つ前、まだマンション住まいだった家庭で、猫を飼っている可能性は低いし、何より母親は動物アレルギーだった。この件だけなら、不思議な出来事、または、幼少時の幻想、誇大妄想として片付けることができただろうが、似たような事案がいくつもあった。俺が初めて訪れた場所を、さも出身地を案内するかのごとく両親を先導したり(恐らく六歳程度の時だ)、初めて組み立てるジグソーパズルを、ものの数分で組み立てたり(大人でも平均して三十分程度はかかるらしい)。そしてそれらには、必ず、知らない人物、動物が関わっている。それも、俺だけにしか見えない存在。

 彼らの力添えにより、俺は神童と呼ばれた。タネを明かせば何てことはない。各々が個人で取り掛かる課題に、俺は複数人で臨んでいただけのこと。そりゃ、一人より二人や三人の方が、解決にかかる時間は短いし、成果も上がる。最初は、ズルをしている様に思って、周囲に説明していた。俺に協力してくれる幽霊がいると。しかし、誰も信じないし納得しない。天才と何とかは紙一重だって、陰口を叩く者もいた。だからすぐに止めた。そうして、俺は本当のことを誰にも話せなくなった。自宅で幽霊と話そうものなら、両親に精神を心配される。外出先は言わずもがな。携帯電話を買ってもらってからは、通話していると見せかけることができたから、少し緩和したが。

「また悩んでいるの?」

 隣で寝ていた彼女が、俺に問いかける。

「ああ、昔のことを思い出して、ウツになってた」

 何でもない、心配するな。そう答えると、彼女は目を閉じたまま口角をあげて微笑んだ。悩みすぎはよくないよ。それだけ呟いて、また寝息を立て始めた。詮索しないことが、この子の美徳だ。

 彼女といると、俺が悩んでいたことが全て馬鹿らしく思える。多分、この子の笑顔が、テクスチャではなくて、天然物だからだろう。

「さて、準備するか」

 彼女をしばらく一人にしてしまうが、我慢してもらおう。友人に会いに行かなければならない。霊達が、そう教えてくれている。そうして、桜と花粉が飛び交う季節の、うららかな時間が過ぎていった。





 

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