邂逅3
「やあ。君にとっては勝手の知らぬ他人の家というものは落ち着かないだろうが、まあ無理矢理リラックスしてくれたまえ。約束のディナーはもう完成しているから、すぐに出すよ。少しだけ待っててくれたまえ」
僕は今女性の部屋にいる。白の壁紙に黒の家具で統一されたモノクロームの部屋。なんとなく現代のコントラストアートを連想させる。悪く言えば無機質だけれど。でも、清潔感が素晴らしい。僕はとりあえず、黒のカーペットの上に佇む、背の低いテーブルの前に座る。上座の位置にはなるが、玄関側にキッチンが配されてるため、こちらの方が女性にとって便利だろうから。
「待たせて悪いね。それではディナーを始めよう。君はお酒は飲めるかい? 年齢でなく、肝臓的な意味で。私はワインが好きでね。よかったら乾杯しようじゃないか」
「ええ、大丈夫ですよ。それなりに強い方だと思います。是非、乾杯しましょう」
料理が並べられた。ステーキである。ライスも茶碗ではなく平皿に盛られている。あの人はワインを注いでくれている。材料は不明だが、パッと見ると少し高めのレストランで食事をする気分になる。そういえば彼女の名前も知らないことに、今更気付く。金髪碧眼、長身痩躯、おっぱいもまあまあ。僕の大好きなタイプ。だめだ、気が早いぞ、息子。
「どうしたんだい? ぼけっとして。一人暮らしの男の子には豪勢な食事だろう? 私という美人もいるからね」
どうやら彼女は準備を終え、僕の呆けた顔を見てにやにやしていたようだ。いけないな。下心は見え見えか。それにしても彼女は何をしても様になる。指を組んでこちらを眺めているだけでも、どこか大企業の社長が悪巧みをしているようにすら感じる。
「いえ、何でもありませんよ。緊張しているだけです。今日は本当にありがとうございます。ところで、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「アデレイド・エルフィンストン。見ての通りの外人さ。出生はイギリス。まあ、このやり取りは二回目なのだけれどね。昔はアディーとかアデルとか呼ばれていたね。君も好きなように呼んでくれたまえ。日本に来てからはエルさんだのアデさんだの呼ばれることが多いから、参考にしたまえ」
何故だろう。今更ながら気付いたけれども、この人はすごく高貴な目線から会話をしている。良家の生まれなのかもしれない。ただ、イヤミったらしくない、清楚で誠実な印象を受ける。僕がこの人を何だか悪い人だと思えないのはその所為だろうか。
僕も自己紹介を返し、しばし雑談をする。主に僕の生活についてだけれど。この人・・・アデさんは余り自分のことを話したがらないようだ。その雰囲気を察した僕は、とりあえず自分のことについて話している。ときおりさり気なく質問をしてみるが、スルリとかわされてしまう。だけど、アデさんとの会話は楽しい。彼女の話は含蓄がある。本当に見た目どおりの年齢なのかと疑ってしまうくらいに。僕の生活に気さくに、そして厳しくアドバイスをくれた。しかし、本題はそこではない。僕の欠落した記憶についてだ。
「ところでアデさん。数日前の夜なんですが、一体何があったのですか?」
切り出し方を考えても、良い案が思い浮かばなかったので、単刀直入に言ってみる。僕は婉曲なことが嫌いだ。いつもストレートに話を切り出してしまう。それは僕の悪いところでもあり、良いところでもあると認識しているけれども。さて、振る刀の切れ味はどうだろうか。
「ああ、君をオトして血を吸わせていただいたんだ。改めて礼を言おう。ごちそうさまでした」
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整頓と掃除とはどう違うのだろうか。整頓は並べ替え、掃除は汚れ落としという具合なのかな。ならば、僕は今その両方をする必要があるようだ。
頭が混乱しているが、簡潔に言おう。アデレイド・エルフィンストンは吸血鬼だ。おとぎ噺や、世界史でしかお目にかかれないような存在。考え方によっては希少価値のある存在だ。だけれど、僕のイメージしていた吸血鬼とは違って、彼女に血を吸われても僕は吸血鬼にはならないし、日光浴をしても消滅しない。日焼けサロンにすら行くらしい。彼女はニンニクが大好物であるし、アクセサリーも十字架をあつらえてあるものを好む。もちろんシルバー製だ。曰く、
「私が自分のことを吸血鬼だと言うのはね、それが一番近いイメージだからさ。私はこれをある種の病気だと捉えている。血液系のね。ご先祖様は健常な人間の血を飲んで自分の血を薄めようと努力していたみたいだけれど。私にとって吸血行為は、君たちにとっての性行為と一緒さ。なんとなくムラムラきてやってしまうものなんだ。一般に吸血鬼の弱点となるモノは私たちには無効だ。普通の人間と同じように生活できる。ただ、寿命がとても長くなってしまうこと、子供が産めないことが困っていることといえば困っていることさ」
ということである。ちなみに歳を聞いてみると、
「レディーに歳を聞くのかい? 君の実直さは良いところだけど、デリカシーを持ちたまえ。私は大体六百歳くらいだと覚えておきたまえ。こんなに長く生きていると、誕生日すら忘れてしまう。母親の顔も思い出せないね」
とのことだ。
要するに僕は、世間一般の人が十回くらい生まれ変わっても体験できないような出来事に巻き込まれたらしい。だけれど、料理は美味しかったし、アデさんは嫌いじゃない。二回程度しか顔を合わせたことがないけれど、僕はもっとアデさんのことを知りたいと思うし、忘れていることを思い出させてあげたいとも思う。何にせよ、興味深い体験ができて僕は幸運だと思う。
以上が、吸血鬼と僕の出会いだ。