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邂逅2

 週末。健全な大学生なら、部活やアルバイトに精を出したり、一日を寝て過ごしたり、レポートを書き上げたりしているだろう。もちろん、気の置けない友人と下品な飲み方でお酒を飲んで、下品な話題に華を咲かせることもあるだろう。

 僕の場合は、そのどれでも無かった。この世界は良くできているようで、物事は大抵僕たちが予想している水準の斜め上を行く。ボールを狙ったところに投げれないのと同じだ。近からず遠からず、絶妙に狙いから外れてしまう。

 あの奇妙な夜から数日経ち、あれは夢だったのだと、そう納得していた。それよりも日々の生活が重要だから、学業にアルバイトに奔走していた。そして、久しぶりの休日をどのように過ごそうかと、心地よい布団の温もりの中でぼんやり考えていた時だった。客の来訪を告げるチャイムが、やかましく鳴ったのは。



「やあ。元気にしてたかい。今日から隣に住まわせてもらうよ。どうぞよろしく」

 とても綺麗な女の人が挨拶に来た。ちょっとだけ見惚れてしまう。同時に、パジャマで応対したことを恥ずかしく思う。どうやら隣に越してきたようだが、最初の文言はどういうことなんだろう。とりあえず、挨拶を返す。

「あ、こちらこそよろしくお願いします。ところで、僕とどこかでお会いしたことはありましたっけ」

「いやだな。覚えていないのかい? この間、私は君の家にお世話になっていたのだけれど。ああ、そうそう。美味しかったよ。ごちそうさま」

「え? いえいえ、どう致しまして。じゃなくて! どうやら僕とあなたは面識があるようなのですが、残念なことに僕はそれを覚えていません。よかったら説明してもらえます?」

 何が美味しかったのだろう。僕の家で来客に出せる物といえば、安いインスタントコーヒーくらいしかないのだけれど。確かに、この女性にはコーヒーが似合いそうだ。もしくは紅茶。僕は料理が苦手だし、ここ最近何かを調理した覚えは無いし。

「ああ、覚えていないのか。やっぱりというか、そういえばというか。そうだね。君は今晩予定はあるかい? よければ夕食を一緒にどうだろう。私は料理が得意でね。引越し祝いを兼ねて懇親会をしようじゃないか」

「え? あ、はい。僕は今日は一日中暇ですから、大丈夫です。って、いやいや。僕とあなたの関係について説明は? どうしてそんなにフレンドリーなんですか?」

「一度にする質問は一つにしたまえ。二つも三つもするものじゃないよ。円滑なコミュニケーションの基本だ。前にも話しただろう? さて、一つ目の質問だが、それは今晩の食事の時にするのが良いだろう。君には記憶が無い夜があるはずだ。その悶々とした疑問を解決させてあげよう。二つ目。私は気に入った人とは必ず食事を共にしてみるようにしているんだ。こればっかりは性格と生活習慣でね」

「なるほど。ありがとうございます」

 なんとなく、悪い人じゃ無さそうな気がする、というのが現時点で抱いた印象。それはこの女性が余りに気さくだからでもあるし、容姿がとても美しいからでもありそうだ。

 その後、ディナーの詳細な約束を交わし、僕は部屋に戻った。単刀直入に言おう。僕は女性の部屋に、それも夜に訪問する運びとなった。会話からもしかしてとは思っていたものの、まさか本当にお呼ばれするとは。僕も捨てたものではないかもしれない。胸がドキドキする。僕も女性経験が無いわけでも・・・あった。いわゆる童貞ボウヤだ。しかし接吻くらいはしたことがある。あれは高校の時の・・・じゃない。感傷に耽っている場合じゃない。どうしよう。髪が伸びすぎているし、切りに行こう。髭も剃らなくちゃ。ああ、最近散財をしていなかったし、服も買いに行こう。今日は忙しいけれど、素敵な休日になりそうだ。

 かくして僕の怠惰な休日は、僕をおめかしする休日に変身を遂げた。


----------------


 夕暮れ時。初冬の寒空に木枯らしが吹き、色を変えた木の葉のコンフェティが舞う。僕はその中を、ポケットに手を突っ込んで歩いていた。もちろん、新しい冬シーズンの洋服が入った紙袋を提げながら。頭はスパイキーショートとかいう、いかにも今風といった髪形に変貌を遂げ、美容師に適量のワックスでスタイリングしてもらった。後は着替えを済ませれば、僕もちょっとだけオシャレさんの仲間入りを果たすことができるかもしれない。お金は天下の回りものだから、たまには豪勢に使ってみようと思ったものの、染みついた貧乏性は中々抜けないものだ。購入した中で高価な物は新しいジャケット一着のみで、後はタートルネックのTシャツやニットなど、安価で温かそうな物。染みというものは、いくら入念にクリーニングしようとそう簡単には取れない。

 約束より早く準備が整ってしまったためか、安らぎの我が家にいるというのに居心地が悪い。落ち着かないのだ。ワクワクしているのか、ドキドキしているのか。カップラーメンにお湯を注いだ時の、あの空白時間に似ている。空白を見ると、落書きしたくなるのが人間の性だ。何かをして、気を紛らわせたくなる。ということで、掃除を開始した。しかし、狭い居住スペースだから、すぐに終了してしまう。散らかった衣服を片付けるだけだし、キッチンは常に清潔を心がけている。結局瞑想にふけることにした。目を閉じて、いわゆるキャッキャウフフな状況を妄想するだけなのだけれど。

 チャイムが鳴った。例の女性だ。胸の高鳴りが一層激しくなる。しかし、出陣の時だ。漢になれ、僕。お父さん、お母さん。僕は今日、大人になります。


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