私、池井・A・環は突然死んでしまいます☆
池井・A・環という名のこの少女は、幼い頃より老若男女誰もが憧れる麗しい容姿を持っていた。桃色の美しいゆるふわな髪の毛は天使の羽のよう。
対称的に瞳は青く、サファイアのように煌めいていて、一度見詰められただけで気絶してしまいそうになる程の破壊力を秘めていた。
当然、そんな美貌を持つ彼女は数多くの男子から初恋を奪い、数多くの男女から告白をされて、そしてその度に数多くの男女を悉振り続けてきた。
環の理想が高過ぎる。
告白してきた者達が釣り合わな過ぎる。
そんな問題では無い。それ以前の問題だった。
環は『人間』に興味が無かった。
彼女の視界に映る人間は親・家族・親戚・友達・クラスメイト・先生・動物・漫画やアニメのキャラクターに至るまで、全て等しく顔が『へのへのもへじ』の落書きのようにしか見えていなかった。
物心ついた頃にはそうだった。何が原因なのかも分からない。
そんな彼女が惹かれた存在……。
――『異形頭』。
身体は人間なのだが、文字通り『頭』が異形の物となっている人外。
その種類は多種多様で、環は直ぐに沼にハマっていく。現実の人間には一切心惹かれなかった彼女が、どっぷりと。
異形頭のキャラクターには『へのへのもへじ』になる目も鼻も口も無い。顔を顔と認識出来ない彼女が初めて認識出来た顔なのだ。
しかし、彼女はふとした瞬間に寂しさを感じてしまう。
現実に異形頭なんて存在しないのだから。
カップル、夫婦、羨ましいという感情を今までは感じなかった彼女だが、相手が現実に存在し触れられるという事実だけで今はとても羨ましいと思ってしまう。
「私も……素敵な異形頭さんにお姫様抱っこされたりしたいです……」
環はとても乙女思考だった。
そんな彼女だったが、当然彼女を良く思わない人間も存在する。
「……ッ!!
なんであの女ばかり……ッ!!
あの女が来るまでは私が……ッ!!」
環に負の感情を向けるこの少女は
『矢貴 桃智華』。
綺麗な金髪にピンクサファイアの瞳。裕福な家の生まれで育ちも良く、男女共に人気の存在だった。
しかし高校へ上がると同時に彼女の人生は一変する事になる。
進学した事で環と同じ学校の同じクラスになってしまった。
桃智華から見ても環は可愛らしく映った。密かにライバル心を抱く程に。
……しかし現実は違っていた。
誰も桃智華には見向きもせず、皆が環を好きになり告白をする。環の周りには何時も大勢の人間が居た。
対して桃智華は教室の窓際の一番後ろの席で独りになっていた。人生で初めての感覚だった。
今まで自分から何かをしなくても何時も周りに大勢の人間が居るのが当然だった桃智華は、自発的に話し掛ける事もせずに生きてきた。故に話し掛ける術も友達の作り方も何も分からなかった。
中学の頃には散々話し掛けて来ていた取り巻き達でさえ環に夢中で目もくれない。
――なのに。それなのに、その当の環は周りの人間達に興味を抱く訳でもなく、全ての告白を断り、会話は返すが楽しそうでも無く、あまつさえ……桃智華が高校へ入学し一目惚れをしたイケメンの先輩の事さえも見事に振ってみせたのだ。
「……先輩を……振るなんて……ッ!!」
桃智華は環の桃色の髪を見る度にイライラしていた。
桃智華は自分の名前を誇りに思い大切にしている。その名に入る『桃』の髪……。
持ち物に、書類に、テスト用紙に自身の名を綴る度にあの女の顔が脳裏にチラつく。
大好きな筈の自分の名前を綴る度にあの女への嫉妬が、妬みが、僻みが、憎しみが、恨みが、怒りが、沸々と湧き上がる……。
積もりに積もった「ソレ」はやがて容器の限界を超えて爆発する。
「……ねぇ、ちょっと良いかしら」
放課後。奇跡的に環の周りからは誰も居なくなっていた。限界を超えていた桃智華は初めて他人に自ら話し掛けた。
「……?はい、良いですよ」
金髪の『へのへのもへじ』に話し掛けられた環は微笑みながら答える。この学校に金髪は桃智華しか居ない為クラスメイトだと認識はしていたものの、他人に興味の無い環は名前すら知らなかった。
二人は人目を避けるように学校の裏庭へと移動した。
「あの……お話というのは告白でしょうか?でしたら私は――」
「――ッ!!
ふざけないでッ!!」
当たり前のように告白されてきた環に悪気は無かったが、桃智華の逆鱗に触れる。
「先輩の事もそうやって振ったのッ!?
チヤホヤされて思い上がらないでッ!!」
「え……あの……」
環は視線を逸らし暫し考え込むと再び視線を絡ませる。
「先輩って……何方ですか……?私、他人の顔も名前も覚えるの苦手で……誰が誰なのかも分からなくて……先輩って名乗って来た方は男性も女性も結構居たので……」
「……ッ!!
私を馬鹿にしてるのッ!?
貴女さえ居なければ――ッ!!」
怒りの余り思わず手を振りかぶる。
「おいッ!何してるんだッ!」
後ろから聞こえた声に桃智華は振り向き目を見開いた。
「……せ、先輩?」
血の気が引いた。
一番見られたくない人に見られた。
「退けッ!」
桃智華は好きな先輩に突き飛ばされ校舎の壁に背中を打った。
「――痛ッ!!」
「池井さん、大丈夫!?何かされた!?怪我はしてない!?」
好きだった先輩は環に駆け寄り本気で心配していた。
「……私は大丈夫です。もう帰るだけなので、それでは……」
環は何事も無かったかのように下校していく。
先輩にあんなに心配して貰えていたのに、嬉しそうな素振りなんて微塵も見せない。
「……君。もし次、池井さんに何かしようとしたら僕が許さないよ」
「え……あ……ッ」
先輩の冷たい目。ゴミを見るかのような、明らかに敵意の込められた目……。
去っていく先輩の背中を見ていると視界が歪む……。
――ポタッ。ポタッ。
地面が水滴で濡れていく。
桃智華は自身が涙を流している事も気付けない位に傷付いていた。
桃色の綺麗な夕暮れが校舎を淡く照らしていた。
校舎裏では桃智華が膝を抱えてうずくまっていた。帰る気力すら無くなっていた彼女は迎えの車をメッセージアプリで帰らせると、ずっと座り込んでいた。
「……もう終わりだわ。
先輩に嫌われた……もう……全て終わり……」
涙が涸れる程泣いた為、目許は赤く染まり、涙の跡が残っていた。
「はぁ……」
深い溜め息を吐いた、その時。
――ピロン♪
スマホの通知音。
何もやる気が起きない桃智華は直ぐには確認しようとはしなかった。
どれ程の時間が経っただろうか。
ふとスマホを確認すると、新着のメッセージの通知だった。
しかし不可解な事に相手は不明……。
不思議に思いながらも今の彼女にまともな判断能力は存在しなかった。
不用意にもそのメッセージを開いてしまう。
『アナタは「呪い」を信じますか?』
メッセージから何処かのページへと飛ばされると黒の背景に赤い文字でそう綴られていた。その赤は血のような粘度と不気味さを感じるモノだった。
しかし桃智華は『呪い』という二文字に心惹かれてしまう。
構わず下へとスクロールしていく。
『スクロールしたという事は興味がお有りのようで。
「呪い」はフィクションの世界の迷信では有りません。
本当にこの現実世界に存在するのです。
憎い相手に罰を与える事が出来るのです。
必要とあらば、「呪殺」する事さえも可能なのです』
桃智華は『呪殺』の文字を見た瞬間にスクロールしていた指を止める。恐怖を感じた訳では無かった。
実際に環が死んだ後の世界を考えていた。
先輩は泣くのかしら?他の生徒は?先生方は?
もしあの女が消えたら、私の周りにまた大勢の人が溢れるのかしら?
先輩は……今度こそ振り向いてくれるのかしら?
桃智華は全く気付いて居なかったが、『環を殺すという事への躊躇いは微塵も無かった』。
『「呪殺」に興味、有りますよね?
全て分かります。
誰かを呪殺したいと思う事は至極当然なのです。
そして呪殺は「殺人」では有りません。
相手の死を願い、呪うだけなのですから』
呪殺を肯定する文面に桃智華は完全に狂ってしまっていた。
「そうよ……あの女が悪いのよ……私は何も悪くない……悪くないの……ッ!!」
『方法はとても簡単です。
呪殺したい相手の『髪の毛』を一本用意して下さい。
有りきたりだと思いましたか?
でも髪の毛が一番手軽で一番効果的なのです。
さぁ髪の毛を用意しましょう』
「髪の毛を用意……探さないと……教室にあるかしら……」
桃智華はふらふらと心配になるような不安定な足取りで教室へと歩いていく。
桃智華は気付いて居なかった……。
――見ていたページの文面が『リアルタイムで次々と綴られていっていた』という事に。
「無い……無い……何処にも無い……」
教室、環の席の下を膝をついてまで探してみても髪の毛は見付からなかった。既に教室は掃除された後だった。ゴミ袋も既に捨てられている……。
「……あぁ、あるじゃないの……」
桃智華は教室の後ろの環のロッカーの前に立っていた。当然鍵が掛けられている――
――筈なのだが。
ガチャッ!!
何故か鍵は掛かっておらず、ロッカーが難なく開いてしまう。
「……無用心ね」
……ガサゴソ。
袋から体操服を取り出す。洗濯はされているが、袋の内側は……。
「……みーつけた♡」
桃色の髪の毛。
毎日毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日考えていたあの女の髪の毛を見間違う筈も無い。
桃智華は体操服をロッカーへ戻すとスマホを開く。
『髪の毛を用意出来ましたか?
用意が出来たら、いよいよ儀式を始めましょう。
呪い殺したい相手への憎しみを込めながら、髪の毛をスマホの画面の上に置いて下さい。
強く、強く、呪い殺す事を、念じて下さい。
相手が死んだら嬉しいですよね?
殺せたら愉しいですよね?
念じるのです。
呪う。呪う。殺す。殺す。呪う。呪う。殺す。殺す』
「……呪う……呪う……殺す……殺す……」
桃智華の綺麗な瞳は完全に光を失っていた。
『呪う。呪う。呪う。呪う。殺す。殺す。殺す。殺す』
「呪う…呪う…呪う…呪う…殺す…殺す…殺す殺す」
『呪う。呪う。呪う。呪う。
――殺せ!!』
「呪う呪う呪う呪う
――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
――死んでよ環ぁぁぁあああああああッ!!」
その瞬間、スマホの画面がエメラルドグリーンに光り輝く。
『ギャハハハハハハハハハハ!!
キミの願いを叶えてやるよォ!!』
電子の悪魔が桃智華の強い呪いの念により世界の壁を越えて顕現してしまう。
しかしその声が桃智華の耳に入る事は無かった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
桃智華はか細い声で呪いの言の葉を紡ぎ続けていた。壊れた人形のように……。
『ギャッハハハハハハハハハハァッ!!
視えるッ!!髪の毛を通して、キミの姿がァ!!
ボクが直接――!!』
環は家にいた。自室でスマホを弄り異形頭のイラストを漁っていた。
「異形頭さん……会いたいです……」
「――来世では会えるとイイね♪」
スマホの画面がエメラルドグリーンに光り輝いた刹那、画面から出て来た電子の悪魔は環の左胸へと手を伸ばし、そっと添える。
環は身動き一つ出来なかった。何が起きたのか。何をされようとしているのか。何も理解出来ないまま、凄まじいエメラルドグリーンの煌めきが視界を覆い……
何も理解出来ぬまま環の15年という短い人生は幕を下ろした。
設定
池井・A・環
幼い頃より老若男女誰もが憧れる麗しい容姿を持っている。天使の羽のような桃色の美しいゆるふわな髪の毛が腰あたりまでの長さ。お洒落に興味も無くモテたい訳でも無いので言い方を変えると無造作ヘア。
対称的に瞳は青いサファイアのように煌めいている。初恋キラー。告白は全て断っている。
他人の顔が全て『へのへのもへじ』に見えるが病気の類では無い。
異形頭が大好きで性癖。
矢貴 桃智華
綺麗な下乳の長さの金髪で毛先を丁寧に巻いている。ピンクサファイアの瞳はとても美しい。裕福な家の生まれで育ちも良く、才色兼備で男女共に人気の存在だった。しかし環と同じ学校に入学した事で自分の立場を全て奪われてしまう。
先輩
桃智華の初恋で一目惚れの相手。桃智華は他人に自分から話し掛けれない為、名前を知る術が無く名前を知らない。環は他人に興味が無いので知りたくもない。誰からも名前を知られていない只のイケメンの先輩。青み掛かった爽やかな髪をしている。部活等に入っているのかすら知られていない。
電子の悪魔
別世界からの望まれぬ来訪者。右眼に眼帯、青黒い髪に顔面と耳に多数のピアスをしているヤバイ女。白眼と咥内が漆黒。エメラルドグリーンの四角い電子エフェクトが身体の周りに纏わりついている。
電子の世界を行き来する能力が有る。




