感度開発作戦②
――続いて、三・四時限目。
「……ということで。今後は週に一回、ニナヨ神を祀ったこの社で授業をする。ここでおこなうのは、神の思想や功績を綴った啓典の読み合わせと、賜魔術の精度を上げるための瞑想および精神統一だ」
学院の敷地内にある、巨大な神社の本殿。
畳が続く広い空間に、今、愛神科の生徒たちが正座していた。
香と木材の匂いが混じる雅な香りに、みな神聖な気持ちに包まれている。
「邪神が封じられて五百年。明確な時期は不明だが、いつの日か復活するだろうと云われている。その時に備えるために創られたのが、この学院だ。お前ら神律師の進路は、政治家に外交官、警察の特殊部隊と様々だが、有事の際には国を護る最高戦力になることを肝に銘じておけ」
そう。それこそが神律師の使命であり、この学院の存在意義だ。
みな、そのことを承知の上で入学している。
だからこそ、ヒメカは……使命を果たすのに必要な貰魔力を稼ぐため、懸命に作戦を実行する。
「……メガネ君」
隣で正座しているリィトを、ヒメカがちょんっとつつく。
そして、
「……脚、痺れちゃった。揉んでくれない?」
スカートをちらりと捲りながら、崩した脚を彼の前に晒した。
(見よっ。このもちっとスベスベな肌、くびれた足首、流線形を描くふくらはぎ、ほど良い肉付きの太もも! たまらないっしょ? ほらほら、女の子の脚触るのなんて初めてでしょ? ドキドキしちゃうでしょ?)
ふふん、と鼻を鳴らし、反応を待っていると……
リィトは、すちゃっと眼鏡のブリッジを押さえて、
「痺れたんなら……ここを押すといいよ」
そう、落ち着いた声で言って……ヒメカの足の裏を、ぐりっと指圧した。
「いっ……」
(ったぁあああっ! なにソコ?! なんのツボ?!)
「脚に疲労が溜まっているね。ここはどう? 気持ち良い?」
「あっ、待っ……て。やばっ……それ、気持ちぃ……っ」
「女の子は冷え性になりやすいから……血流を良くするこのツボもおすすめだよ」
「ぅあっ、それダメッ……くすぐったくて……なんか変っ……!」
――『キュン』『キュン』
「……ヒメツカワ。神聖な場所で喘ぐのはやめろ」
「ぬぁあああっ! 違うんですこれは! んっ、ちょ、メガネ君っ……もぅやめてぇえっ!!」
――昼休み。
ここでキメる! と、ヒメカは鼻息を荒らげる。
「はい、あーんっ」
学食のテーブルに向かい合わせに座り、ヒメカはリィトにれんげを差し出した。
ライゼント学院の学食はとにかく広く、高級なカフェのように洒落ている。
メニューも豊富で、生徒たちからの人気も高い。
しかしリィトは、ヒメカが差し出す料理に、困惑の表情を浮かべた。
「……えっと。それはなに?」
「なにって、麻婆豆腐に決まってんじゃん!」
「……麻婆豆腐って、そんなに赤いっけ?」
「辛さ選べるってゆーから最辛にしてもらったの。あたし、辛いの大好きだから!」
(それに、辛くて熱いものを食べれば身体が火照って『キュン』しやすくなるかもしんないしね! 女の子からの「あーん」なんて、男子ならみんな好きでしょ? おいしさとありがたさに胸を高鳴らせろ!!)
「あたし、メガネ君ともっと仲良くなりたいんだ。だから、あたしの好きなものを食べてほしいの……ね?」
甘えるように言って、もう一度れんげを突き付ける。
リィトは数秒固まってから、覚悟を決めたように喉を鳴らし、
「………………いただきます」
ぱくっ。
と、麻婆豆腐を口にした。
ヒメカは内心ガッツポーズをする。
「ど? おいしいでしょ? 間接キスだよ? ドキドキする?」
ワクワクしながら尋ねると、リィトはぷるぷる震え出し……
「………………ッ!!」
「ん?」
「………ングッ…………………………ありがとう、おいしい」
顔を赤くし、汗をダラダラ流しながら、そう答えた。
その反応をときめきの前兆だと思い込んだヒメカは、ぱぁあっと顔を綻ばせ、
「でしょでしょ? もっと食べる? あーんしてあげるよ!」
「いや、もう大丈夫……ヒメツカワさんの分がなくなっちゃうから」
「そう? 遠慮しなくていーのに!」
「うん、本当に大丈夫ありがとう。お礼に……僕のもあげるよ」
そう言われ、ヒメカはリィトの皿を見る。
彼が昼食に注文したのは……
生クリームが三十センチほど盛られた、クソデカ三段パンケーキだった。
「僕、甘党なんだ。ヒメツカワさんはパンケーキ好き?」
「す、好きだケド……そんなエグいのは食べたことないカモ」
「だったら食べてみて。すごくおいしいよ」
そう言って、リィトはナイフで切り分けたパンケーキをフォークに刺すと、
「はい……あーん」
……まさかの、『あーん』返しをしてきた。
ヒメカは頬を染める。
よく考えたら、『あーん』が初めてなのは、ヒメカの方だ。
「い、いいよ、自分で食べれるしっ。ってかひと口デカくない?!」
「これを一気に口に入れるのがおいしいんだよ。ほら、早くしないとクリームがこぼれちゃう」
は、恥ずかしい……しかし、リィトと仲を深め、ときめきを引き出すためにはやるしかない。
ヒメカは、照れながらも目を閉じ……
「あ……あーん……」
口を開け、リィトが差し出したパンケーキを食べようとする。
が、三段の生地ともりもり生クリームが大きすぎて、とてもじゃないが口に入りそうにない。
「駄目だよ、もっと口開けないと……全部入らないよ?」
(なにその言い方っ! なんか、イケナイコトしてるみたいじゃん!!)
「んぁっ……」
口をめいっぱい開け、ヒメカはなんとかパンケーキを頬張った。
口の中に広がる甘い味、香ばしいバターの風味。
たしかにおいしい。おいしいけれど……
「ふ……クリーム、ついちゃったね」
少し笑いながら、リィトがヒメカの唇の端を、親指でそっと拭った。
その途端、ヒメカの鼓動がバクバクと加速する。
(……は? は?! こんなん恋愛漫画じゃん! ってか、唇触られたら、昨日のキスの練習思い出しちゃうから……っ!!)
――『キュン』『キュン』『キュン』
(んあぁああっ、あたしのバカっ! またメガネ君にときめいちゃってんじゃん!!)
「…………るい」
「……え?」
「メガネ君ばっか胸キュンさせてきてズルいっ! 一体どんなエロゲやったらそんな経験値上がるの?! あたしにも貸してよ!!」
「ヒメツカワさん、声がおっきい。あと、偏見だからね」
「くっそうっ……明日こそ覚えてろよ!!」




