感度開発作戦①
「ねぇっ、メガネ君でしょ!?」
一限終わりの休み時間。
ヒメカは、演習場の近くの校舎裏にリィトを連れ込み、壁ドンをかました。
「賜魔術使ってあたしを助けてくれたの! お嬢様を受け止めた雪だるま、君が作ったのにそっくりだったもん!!」
ぐっと顔を近付け詰め寄ると、リィトは「えっと」と言葉を探した後……降参したように呟いた。
「……ごめん、勝手なことして」
「あ、謝んないでよ。むしろ感謝してんだから……助けてくれてありがとっ。つーか大丈夫だったの? 貰魔力、けっこう使っちゃったんでしょ? あんなことに使わずに、とっとけばよかったのに」
ヒメカにとっては一大事だったが、他人から見ればたかがメイクだ。そのために自分の貰魔力を消費するなんて、シンプルにもったいないと、ヒメカは思っていた。
しかしリィトは、きょとんとヒメカを見返し、
「だって……綺麗だから」
「…………え?」
「ヒメツカワさんのメイク。綺麗だよ」
「なっ……!!」
顔を真っ赤にし、身体を仰け反らせるヒメカ。
その手首を、リィトが掴んだ。
そして、そのままぐいっと引き寄せて、
「保湿、下地、ベースメイク、ポイントメイク、つけま、シェーディング……ヘアメイクも合わせると、かなり時間をかけているよね?」
「へっ……?!」
「メイク時間だけじゃない。ここまで上手くなるのに何度も練習して、時間もお金もたくさん費やしてきたでしょ? ヒメツカワさんのこの顔は、努力の結晶――すごく綺麗だと思う。だから、あんな風に辱められるべきじゃないと思ったんだ」
ヒメカの心臓が、ドッ、ドッ、と跳ね上がる。
(ちょっ、待っ……う、嬉しいっ! どうしよ、めちゃくちゃ嬉しいっ!! つーか、いつまで手首掴んでんの?! 意外と手おっきいのズルいっ……ドキドキすんじゃん!!)
――『キュン』
(わぁあああっ! またメガネ君に貰魔力あげちゃった! ご、誤魔化さなきゃ!!)
「あ、ありがと……てゆーかっ、メイクのコトめっちゃ詳しいじゃんっ。もしかして、美容に興味あったりする?」
「ううん、自分ではしたことないよ」
「自分では……? まぁ、とにかくっ。今日は助けてくれてありがとっ。でも、これからは自分でなんとかするから! っつーことで……」
――ガシッ。
と、今度はヒメカがリィトの肩を掴み、
「……ちょーだい」
「……え?」
「だからっ、あたしにも『キュン』して、貰魔力ちょーだいよ! じゃなきゃあたし、いつまでたっても賜魔術使えないし!」
「えぇ……」
「『えぇ……』ってナニ?! 今あたしのこと綺麗って言ってくれたじゃん! 『キュン』できるハズでしょ?!」
掴んだ肩をガクガク揺らすヒメカ。
傍から見れば、完全にカツアゲ現場である。
リィトは眼鏡が落ちないように押さえながら、相変わらずぼそぼそと答える。
「ど、どうかな……僕、そういうの鈍いから」
「やっぱ不感症ってコト?!」
「……ヒメツカワさんはもう少し言葉を選んだ方がいいと思う」
「だったらあたしが感じるようにしてあげる! あの手この手でメガネ君を刺激して、キュンキュンのビンビンにしたげるよ!!」
「僕の忠告、聞いてた?」
「よしっ。そうと決まれば……メガネ君の感度開発作戦、開始だ! えいえいおー!!」
――ということで、二時限目。
「もはや常識ではあるが、神は現代科学によって存在が証明されている思念体だ」
愛神科の教室に、担任ミカモの声が響く。
「思念体とは、実体を持たない精神エネルギーのこと。その神が、自らと近しい精神を持つと認めた人間のみが神律師となり、賜魔術を扱えるようになる。お前らの場合は、ニナヨという『愛の神』に選ばれたわけだ」
ミカモが講義する中、ヒメカは作戦のために動く。
隣の席で真面目にタブレットにメモを走らせるリィト。
そこに、ヒメカはぐいっと身体を寄せ、囁く。
「ねね。あたしのタブレット、調子悪くてさ……メガネ君の一緒に見してくんない?」
もちろん、リィトに近付くための嘘だ。
しかしリィトは善意から、すぐに「いいよ」と答えた。
「思念体である神は、この国の全域に意志を張り巡らせることが可能だ。つまり、どこにもいないが、どこにでも存在している。また、何らかの媒体に憑依して我々の前に姿を現すこともある。その代表的な出来事が、五百年前に起きた『邪神大祓い』だ。ニナヨ、ミスミ、シラヤの三柱が人の姿を借り、人民を導いて邪神を封じた。その戦いがきっかけとなり、このライゼント学院の前身が設立されたわけだ」
リィトが綺麗な字で書き留めるのを横目に、ヒメカはくすっと笑う。
そして、
「はぁ……あっつ」
小声で言いながら、ブラウスのボタンを一つ外し、
「なんか教室暑くない? あたし、汗かいてきちゃった」
胸元を扇ぐフリをして、胸の谷間をリィトに見せつけた。
(ふふーん、胸にはけっこう自信あるんだ。形も大きさもグラドル並み。パッドなしでこの谷間なんだから! メガネ君のことだからゲームでは見たことあるかもしんないケド、生の谷間なんて見たことないっしょ? ほらほら、どう? ドキドキする?)
などと、ニヤニヤしながら『キュン』が鳴るのを待つが……
「………………はい」
――ぽんっ。
ヒメカの机の上に、何かが出現した。
それは……昨日見たのと同じ、小さな雪だるまだ。
雪の結晶を振り撒きながら、冷気を放っている。
「これで少しは涼しくなるかな。あまり襟元をパタパタしない方がいいよ。そんな綺麗な身体、簡単に見せたらもったいないから」
と、リィトが囁くように耳打ちするので……ヒメカは、耳まで紅潮させる。
(き、『綺麗な身体』って……! つーか、またあたしのために貰魔力消費してくれたの? 優しっ……ダメだって、ンなコトされたら……!)
――『キュン』
「こら、ヒメツカワ。うるさいぞ。授業中に胸キュンすんな」
(だってだって! メガネ君がぁっ! うぅっ、こんなハズじゃ……えーい、次つぎッ!)




