魔法の実戦演習
「――では、これより賜魔術の実戦演習をおこなう」
翌日。授業二日目。
屋外にある広大な演習場にて、ヒメカは、焦りに焦っていた。
(やばい。やばいやばい、やばいっ! 結局昨日はひとつも貰魔力貯められないまま終わっちゃったし……!)
バイタリストに表示されている魔法の使用可能数値は、変わらずゼロ。
しかも、体温などの数値には問題がないため、やはり故障ではない。
だからこそ、ヒメカは戦慄しているのだ。
(あたし……これまでの人生で、まじで誰もキュンとさせたことないの?! たしかに恋愛経験はないケドも!!)
そんなヒメカを差し置いて、担任のミカモが淡々と授業を進める。
「愛神科のお前らが扱う魔法は、自然の力――水や風、炎や植物といった自然界に在るものを具現化させる力だ。昨日も触れた通り、魔法の使用には貰魔力の消費が必要となり、消費した数値が高ければ高いほど、魔法の威力も増す」
つまり、貰魔力が0な内は、ヒメカは魔法を使えないということ。
授業二日目でいきなり演習場に連れて来られているわけだが、実戦など到底不可能。
ばっちりセットした前髪の下に汗を流しながら、ヒメカはあらためてクラスメイトを見回す。
他の生徒たちは、みな涼しい顔でミカモの話聞いていた。
当然だ。何せここにいるのは、俳優にアイドル、モデルにインフルエンサー……他者をキュンとさせ、ときめきを集める才能に秀でた者たちだ。
そうしたカリスマ性があるからこそ、愛神科に来ている。ヒメカのように貰魔力不足で悩むことなど、まずないのだろう。
その中で唯一、ぱっとしない雰囲気を醸し出す生徒――自身のバディであるリィト・カミナヅキを、ヒメカはちらっと見る。
彼は相変わらず陰のオーラを纏いながら、猫背で立っていた。
(いいよね、メガネ君は。少なくとも、あたしが昨日あげた貰魔力があるワケだし! もうっ、あたしにも『キュン』してよ!)
「…………?」
(あっ、メガネ君がこっち見た! ウィンク! からの投げキッス! どうどう? 今日もヒメカはメッカワだよ? 『キュン』ってクる? あたしのバイタリストが? 鳴ら…………?)
「…………………………」
(…………ない! なんでよ! もしかしてメガネ君、不感症?)
ヒメカが脳内で騒がしくしている間にも、ミカモは説明を続ける。
「今後は、この魔法のことを『賜魔術』と呼称する。賜魔術は極めて感覚的な技術だ。お前らに力を分け与える愛の神・ニナヨへの感謝を込め、顕現させる事象を想像する……ただそれだけだ。逆に言えば、術の精密さと威力は、お前らの想像力に依存する。これからは様々な物を見聞きし、想像力を磨くことを意識するように。手始めに、私が見本を見せる。下がっていろ」
言って、ミカモが演習場の真ん中に立つ。
今日も今日とて、威厳ある口調に似合わず、小柄で愛らしい見た目だ。
その小さな右手を前方に掲げ、ミカモは遠くにある演習場の壁を見据える。
そして、
「――ふぁいやー」
という、気の抜けた声を出した。
直後、ミカモの手のひらに「ボッ」と小さな炎が灯った。まさに、魔法である。
「今消費した貰魔力は5だ。これが1000になると……」
もう一度、手を掲げるミカモ。
と、今度は少し声に気合を込めて、
「――ふぁいなるですとろい・おーばーふれいむ」
――ゴゥッ!!!!
オレンジ色の炎が、火炎放射器がごとく噴き出す。
ヒメカはピンク色の髪を靡かせながら、顔を引き攣らせた。
(離れてるのに熱気やば! みんなもビビッて後退りしてるし! これが貰魔力を1000消費した時の威力……ってか先生、どんだけ貰魔力蓄えてんの? サラッと1000使えるって結構ヤバくない?!)
サラサラの茶髪を靡かせながら、ミカモは炎を収め、振り返る。
「とまぁ、こんな感じだ。ちなみに、別に何も言わなくても賜魔術は顕現できる。私の場合、なんか気分が上がるから、テキトーに必殺技っぽく言ってるだけだ。お前らもやってみるといい。ただし、著作権には気をつけろよ」
という、淡々としたアドバイスに、ヒメカは悶える。
(えっ。ミカモ先生、ただの気分で男子小学生みたいな呪文口にしてたってコト?! なにそのギャップ! カワっ!!)
――『キュン』
「……なんで今ときめかれたのかわからないが……とにかく、次はいよいよお前らの番だ。まずは各自、1から10程度の貰魔力を消費するイメージで賜魔術を発現してみろ」
ミカモに言われ、みな思い思いに練習を始めた。
水を出す者、風を出す者、植物の蔓を出す者……それを眺め、貰魔力0なヒメカは、やはり焦る。
(うぅ、なんかみんなうまくいってそう……メガネ君は? あたしがあげた貰魔力使って、ちゃんとやれてる?!)
と、リィトに目を向けると……
「……すのーまん」
――ぽんっ。
手のひらに小さな雪だるまを顕現させ、ヒメカに見せてきた。
その意味不明な行動に、ヒメカはわなわなと震える。
(はぁ?! なんで雪だるま?! 意味わかんなすぎて……逆にカワイイかよッ!!)
――『キュン』
「……ヒメツカワさん。『チョロい』って、よく言われない?」
「はぁ?! 言われないしっ!」
などと言っていると、ミカモがパンパンッと手を叩いた。
「はい、一旦そこまで。どうだ、なんとなく感覚は掴めたか? んじゃ次。一対一の戦闘演習、いってみよう」
ヒメカは「げっ」と声を漏らす。
みな初めて賜魔術を扱ったばかりだというのに、いきなり戦闘演習をさせるとは。
昨日のキスの実技といい、この教師、やはり授業の進度がおかしい。
「バディ同士で戦うと蟠りが生まれかねない。今後の貰魔力付与に影響が出るとまずいから、ここはバラバラに戦っていこう。誰か、やりたいヤツはいるか?」
いやいや、さすがに誰もやりたがらないだろう。
と、ヒメカは思っていたのだが、
「私、やります!」
いの一番に手を上げる女子生徒が一人。
ローカルアイドルをやっている、メルリ・エンジュだ。
ぱっちりとした目に、口角の上がった唇。綺麗に巻いたツインテールが亜麻色に艶めいている。
メルリは前に出て、ミカモに問う。
「先生、対戦相手は私が指名してもいいですか?」
「もちろん。バディ以外なら誰でもいいぞ」
「なら……そこのキミ!」
ビシッ! とメルリが指差したのは、一人の男子生徒――
ヒメカの隣にいる、リィトだった。
「リィト・カミナヅキ君、よね? 私のハジメテ……キミにあ・げ・る」
ちゅっ、と投げキッス。
そのあざとい仕草とセリフに、ヒメカの方がドキッとさせられる。
(さ、さすが現役アイドル、めっちゃカワイイ! しかも言い回しがなんかえっちくない?! ……はっ。もしかして、いかにもオタクでMそうなメガネ君とバトることで胸キュンを引き出して、貰魔力を貯める作戦?!)
「カミナヅキ。対戦に応じるか?」
ミカモが確認すると、リィトは控えめに頷き、
「……やってみます」
相変わらず小さな声で答えた。
(メガネ君、まじで大丈夫なの……? バディがドM発揮して『キュン』しまくってるとこなんか見たくないからね?!)
メルリとリィトが、演習場の真ん中で対峙する。
と、二人を囲むように、地面に光のサークルが描かれた。
ミカモが賜魔術で顕現した、即席のバトルフィールドだ。
「制限時間は三分。先に相手をその輪の外に出した方が勝ちだ。消費する貰魔力は5から15くらいに留めろ」
「わかりました!」
メルリが元気よく返事をする。
初心者にそんな加減などできるのだろうかと、ヒメカが案じる中、
「準備はいいか? ……はじめ!」
戦闘演習が、開始された。




