キスの実技演習
(…………………………マ????)
ヒメカは、固まる。
そして、すぐにピンとひらめく。
(あ、なんかキスって名前の魚いるよね! アレのことかな? 釣りの授業?)
「口付け。接吻。口吸い。ちゅー。海外では挨拶代わりにする風習もあるが、ここニッポンでは主に好意を示したり、性的興奮を高めるための手段として用いられるな」
(違った! がっつりKISSだった! 嘘でしょ?! そんなの授業でやっていいの?!)
「お前ら愛神科の生徒にとって、恋愛スキルは貰魔力に直結する重要な力だ。キスはその最初歩。よって、バディと練習してもらう」
(うそ……大事に取っておいたファーストキスの相手が、今日出会ったばかりのメガネ君だなんて……!!)
「ただし、貞操観念や衛生的観点から粘膜接触に抵抗のある者は、今から配るビニール手袋を使え。唇の代わりに指を使って、口内のイイトコロを研究しろ」
ヒメカは、戦慄する。
愛神科に所属する以上、ときめきに絡む授業があることは覚悟はしていた。
しかし、それにしたって、しょっぱなからフルスロットルすぎだ。
配られたビニ手を取り、隣のメガネ君……リィトを見遣る。
ここは、ギャルとしての余裕を見せたいところ。
「あ……あはっ。メガネ君、キスとか初めてっしょ? 今日は指にしとこっか?」
からの、からかうようなスマイル。
これならギャルの威厳を保ちつつ、リィトを気遣う優しさを見せつつ、キス回避もできる。そう考えた。
リィトは、前髪の奥にあるであろう両の目でヒメカを見つめ、しばらく黙り込んでから……
「……そうだね。その方がいいと思う」
やはりぼそっと、そう答えた。
そうこうしている間にも、教室が騒がしくなってきた。
まず、双子モデルのクルルとクロロが、躊躇いもなくディープなキスを始めたのだ。
その美しくも艶かしい接吻に、周囲の生徒が釘付けになる。
「よ、よし。俺たちも……」
「わ、私もがんばる……!」
感化されたクラスメイトたちも練習し始め、そこら中から『キュン』『キュン』という電子音が聞こえてくる。
まずい、完全に出遅れた。
ヒメカは焦りを滲ませ、リィトに言う。
「じゃ、じゃあ……あたしが先に触るね。君はじっとしてて?」
少しの余裕を演じながら、ヒメカはビニール手袋を嵌め、彼と向かい合う。
椅子を寄せ、膝と膝をつけて……本当は、それだけでドキドキしている。
両手を伸ばし、リィトの頬を包み込んでみる。
男子の頬に触るのなんて、初めてだった。
当然だ。ギャルな見た目に反し、ヒメカには一切の恋愛経験がないのだから。
「い……いくよ? 大丈夫っ、こわくないからね」
ごきゅっ……と唾を飲み込み、ヒメカは親指で、リィトの唇に触れた。
――ふにっ。
それだけで、ヒメカは毛を逆立てんばかりに緊張する。
(んにゃぁああっ! やわらかっ! ビニ手越しでも皮膚の薄さわかるっ! でも、動かさなきゃ……まだ触っただけ。こんなの、キスの練習じゃないっ)
「くっ……口、開けてみて?」
一方のリィトは、すんと落ち着いている。
目が隠れてるため表情は読めないが、ヒメカに言われるがまま、おとなしく口を開けた。
見えたのは綺麗な歯と、ピンクの舌。
ヒメカの胸に、一気に生々しさが込み上げてくる。
ヒメカは左手を頬に添えたまま、右手の人差し指を立てる。
そしてそれを……リィトの口内へ、差し入れた。
――っちゅ。
(あっ……し、舌に触っちゃった……なんか、すごく粘膜……っ!)
「は……はいっ、とりあえずここまで! 初心者なんだし、徐々に慣れていかなきゃね!」
やばかった。
もう心臓ばっくばくである。
(まぁでも、初めてにしては上出来だよね? ギャルの威厳は保てたっしょ。メガネ君も緊張しちゃって『キュン』鳴らなかったカンジかな? 初日だし仕方ないよね!)
ふぅ、と息を吐き、ヒメカは気を取り直すように言う。
「んじゃ次、君がやっていいよ。好きに触って?」
攻守交代。ここでもギャルの余裕を演出する。
(ま、メガネ君もあたしと同じで触り方わかんないっしょ。経験なさそうだし。やっぱあたしがリードしたげなきゃね、バディとして!)
ん、と顔を差し出し、にこっと笑ってみせる。
リィトは、パチンッとビニ手を嵌めると、
「それじゃあ…………優しくするね」
そう言って――ヒメカの顎を、くいっと持ち上げた。
思わず驚くと、リィトは親指で彼女の下唇に触れ……
――つぅ……っ。
羽毛でくすぐるがごとく、柔く、なぞるように、指の腹を滑らせた。
「唇の皮膚は、人体の中で二番目に薄いって言われているんだ。だからこうして、掠めるように撫でてやると……ゾワゾワってするでしょ」
などと冷静に解説してるが、ヒメカの方はそれどころではない。
言い知れぬ痺れが全身に走り、身体がビクビク跳ねて堪らないのだ。
(これ、まじでやばっ……こそばゆいというか、なんというか……っ)
――『キュン』
リィトのバイタリストが鳴る。
ヒメカのときめきが送られ、貰魔力が溜まった音だ。
しかし彼は、構わずヒメカの口を開かせてくる。
「次、ナカいくね。たぶんわかりやすいのは上顎……ほら、ここ。指で撫でられると……気持ちいいでしょ?」
――『キュン』『キュン』
「最後、舌だけど……甘みを感じるのは舌の先端なんだって。だから、舌先同士を触れさせるのもいいし……貰魔力を狙うならこう、深いのもイイと思う」
舌先を弄ばれ、かと思えば、舌の根を掻き回され……
ヒメカはよだれを垂らしながら、目をチカチカさせる。
――『キュン』『キュン』『キュン』
リィトのバイタリストが鳴り止まない。
知らない感覚に、ヒメカはただただ身体を痙攣させ…………
「……はい、おしまい。……大丈夫?」
ぱっと手を止められ、ようやく我に返った。
(……はっ。あれっ? あたし今、どうなってた? なんか、すごいコトされてたような……)
リィトに顔を覗き込まれ、ヒメカは涎を拭いながら、
「ご、ごめ……なんか…………寝てたかも??」
と、さすがに苦しすぎる言い訳で誤魔化した。
(このメガネ君……いったい何者?! こんな陰キャオーラ放っておきながら、わりと躊躇なく口のナカいじられた気がするんですけど?! ……あ、もしかして)
ぽんっ。
と、ヒメカはひらめいたように手を打ち、
「もしかして…………こういうの、えっちなゲームでいっぱい練習した? 最近のって没入感やばいんでしょ? 君、そういうの好きそうだもんね!」
なんて、あっけらかんと言い放った。
その悪気のないセリフに、リィトは……暫し言葉を失ったのち、
「…………そういう偏見は、よくないと思うよ」
やはり控えめな声で、ぼそっと窘めた。




