なんか、むかつく
――ヒメカの希望で最初に乗ったのは、ジェットコースターだった。
……そう。いきなり絶叫系に乗らされた。
僕は苦手ではないので問題なかったけれど、ヒメカの方は大変だった。
乗る前はハイテンションではしゃいでいたのに、急降下した後はずっと泣き叫んでいたし、最後の方は吐き気を催していた。
「……ジェットコースター、苦手だったの?」
「おぇ……そーいえば苦手だったカモ……お腹ん中が浮くカンジが無理で……忘れてた」
忘れるとかある?
たぶん、嫌なこともぜんぶ楽しい記憶に上書きされるタイプなんだろう。羨ましい。
「ヒメカちゃんが絶叫系苦手なのはちょっと意外だったよ。大丈夫? はい、お水」
「ふふ……ギャップ萌えでしょ? 『キュン』とキた? おえ」
いや、キュンより心配の方が勝るよ。
グロッキーなヒメカの様子を見つつ、次は平和なアトラクションをいくつか回った。
鏡の迷路とか、人形が動いているのを見るだけのゴンドラとか。
「っしゃ、ふっかーつ! 次、お化け屋敷行こ!」
すっかり顔色が戻ったヒメカに連れられ、お化け屋敷に入る。
薄暗い部屋の中、機械仕掛けの幽霊が驚かせてくるチープなやつだ。
結論を言えば、これもジェットコースターの二の舞だった。
最初こそ気合い十分だったヒメカだが、次第に僕の手を握る力が強くなり、
「……ど、ドキドキすんね!」
「そうだね」
ごめん、全然しない。
バイタリストの心拍数、間違いなく正常値。
「大丈夫だよリィト、あたしがついてるからね! お化けが襲って来たらあたしが護って……ギャーッ!!」
あ、君が護る側なんだ。早速ビビってるけど。
っていうかめっちゃ抱き付いてくるじゃん。胸ぐいぐい当たってるけどいいの? これ。
「ボサボサの白髪……シワシワの肌……ボロボロの歯っ……セルフケアを怠った女のユーレイ、まじ怖い!!」
「そういう恐怖?」
怖がり方はよくわからなかったけれど、なんとかゴールに辿り着くことができた。
明るい外の空気に触れ、ヒメカは深呼吸する。
「っはぁー……シャバの空気うんま!」
「それはよかった」
「次、あれ行ってみよ! なんかシューティングできるやつ! リィト、昔ゲーセンでやってたんでしょ? 腕前見せてよ!」
怖がっていたのも束の間、ヒメカは再び僕の手を引いて駆け出す。
遊園地に来てから、彼女はずっと僕と手を繋いでいた。
最初は無意識なのか、友達感覚なのかと思っていたけれど……握る手はどこか遠慮がちで、汗ばんでいた。
……たぶん、いや、間違いなく緊張している。
僕にときめきを思い出させるために、頑張って手を繋いでくれているのだ。
やけにはしゃいで見えるのも、恥ずかしさを誤魔化すため。
なんて健気でいじらしい。
君の初デートを奪うのが僕なんかで申し訳ないくらい。
僕は、ヒメカの手をしっかりと握り返す。
その途端、彼女はぴくんっと身体を跳ねさせ、僕を見る。
「ど……どしたの?」
ほらね、頬が赤い。
僕は面白くなってしまって、思わず笑みを浮かべながら、
「手……こうやって繋ぐんだよ」
いつか教わったみたいに、指と指を絡め、きゅっと握り締めた。
所謂、恋人繋ぎってやつだ。
その途端、僕のバイタリストが『キュン』と鳴る。
本当に、チョロすぎて心配になる。
「ま、待って! あたし、いま手汗やばくて……!」
「いいよ」
「え……」
「ヒメカちゃんの汗なら……いいよ」
これも経験済みのセリフ。
案の定、
――『キュン』『キュン』『キュン』
鳴り響く電子音。
耳まで真っ赤になるヒメカ。
それを可愛いと思いながら、僕は自己嫌悪を募らせる。
甘いセリフを並べて、無垢なヒメカから貰魔力を稼ぐなんて……これじゃあ、僕を弄んでいたツバメと同じじゃないか。
だけど、ヒメカの方は違う。
ツバメの言いなりになって溺れていたあの頃の僕とは違う。
ヒメカは喉を鳴らすと……
僕の顔を怪訝そうに見つめ返し、こう言った。
「リィトって………………もしかして、汗フェチ??」
……ほらね。僕のネガティブな思考ごと蹴散らしてくれる。
そんなところにいつも救われている。
「……うん、そうかもね」
「わ、ヘンターイ。まっ、セーヘキは人それぞれだもんね。んじゃ、この後もいっぱい汗かくから、今度こそあたしに『キュン』してね!」
そうして、また走り出す。
無邪気な笑顔を振り撒いて。
……もし、あの日出会っていたのが、ツバメじゃなくてヒメカだったなら。
そんな無意味な想像をしそうになる脳を、精一杯無視して。
「……善処するよ」
少しのワクワクを感じながら、彼女と駆けた。
* * * *
「――これこれ! シューティングバトルフィールド!」
辿り着いたのは箱型の屋内施設。
レーザーガンで互いを撃ち合う対戦型のアトラクションだ。
「こういうの、サバゲーっていうんだっけ? 一度やってみたかったんだよね!」
「僕もこれは初めてだ。楽しそうだね」
「ふふーん。お互い初心者ならいい勝負できるんじゃない? あたしの華麗なガン捌きで撃ち抜いてあげんよ!」
ばきゅん、と撃つ真似をするヒメカ。
ウィンクも完璧。撃たれた演技でもした方がよかっただろうか。
中に入って受付をして、ルール説明を受ける。
制限時間は十分。センサー付きのベストを着て、互いの胸や背中を狙ってレーザーガンを撃つ。
命中するとポイントが貯まり、終了時に最も点数の高かった人が優勝。
他の参加者もいるから、計六名で対戦することになりそうだ。
ベストを着けて、銃を持ってフィールドに入る。
隠れるための壁がいくつもあり、まるで迷路だ。
ポップな模様がブラックライトに照らされて、蛍光色に光っている。
「三、二、一……バトル、スタート!」
アナウンスが響き、ゲームが始まった。
僕は壁に身を潜め、足音を探る。
ふいに近付いて来た一人にレーザーを当て、ポイントを獲得。
すぐに逃げて行くので、僕は別ルートから移動した。
続けて、鉢合わせた別の人と撃ち合い。
これも難なくポイントをもらう。
中学時代、学校にも行かずゲーセンでシューティングゲームをやっていた経験が活きているようだ。
ヒメカは大丈夫だろうかと考えた、その時。
元気な足音が、背後から聞こえた。
姿勢を低くし、振り向き様に撃つ。
案の定、ヒメカが「ぎゃーっ!」と叫んだ。
「もー! ぜったいヤれると思ったのに!」
「ごめん。ヒメカちゃんの足音、わかりやすくて」
「ガサツってコト?!」
「聞き馴染みがあるってことだよ」
などと言い合っていたら、声を聞きつけた別のプレイヤーが狙って来た。
「……! 危ない!」
僕は咄嗟にヒメカちゃんを背に隠す。
そして、急所を一発で撃ち抜き、撃退した。
「ふぅ……危なかった。あまり騒がない方がいいかもね」
――『キュン』
予期せず鳴った電子音に振り返る。
ヒメカは、顔を紅潮させながら震えていた。
「あ……ありがと。助けてくれて」
ぼそっと、照れたように呟くヒメカ。
今のは、ときめかせようと思ってやったわけじゃない。
ただ、ゲームプレイの一環として護っただけ。
なのに、ヒメカは……こんなにも簡単に『キュン』としてしまう。
胸を押さえ、弱々しく俯く彼女。
その可愛らしい姿に、僕は……
何故か、妙な苛立ちを感じてしまい。
「…………チョロすぎ」
ヒメカの顔をぐっと覗き込みながら……囁く。
「……誰にでもそうなの?」
「へっ……?」
「僕じゃなくても……相手が誰でも、ヒメカちゃんは……こんな簡単にときめくの?」
……僕、何を聞いているのだろう。
何に苛ついているのだろう。
「り……リィト……?」
ヒメカの瞳が、ネオンを反射して揺れている。
……ほら、困らせている。
早く、謝らなきゃ。
と、我に返った……その時。
「――あぁっと! イチャついてるカップル発見! オレへの当てつけか?! 撃退撃退ー!!」
そんな賑やかな声――且つ聞き覚えのある声が近付いて来た。
レーザーガンを片手に、首から下げた小型カメラに向かって実況をする男……
「……って、アレ? ヒメちゃむに、カミナっち?」
「まじ……? ホトヤンじゃん!!」
……そう。
現れたのは、ユーウォッチャーのホトヤンこと、財神科のホトギ・クラガノ。
思いがけない遭遇に、ヒメカは興奮気味に叫んだ。




