はじめてのお泊まり
「…………ん……」
ヒメカは、目を覚ます。
朝だ。アラームより先に起きてしまった。
(うぅん……いま何時ぃ……?)
と、スマホに手を伸ばしかけて……固まる。
…………隣に、リィトが寝ていたから。
「………………は??」
そこで、ヒメカの脳裏に、昨夜の記憶が一気に蘇った――
* * * *
寮の門限を過ぎたため、リィトは本当にヒメカの部屋に泊まった。
交代でシャワーを浴び、ヒメカの部屋着を貸し、そして……
二人で同じベッドに、入った。
もちろんヒメカは、心臓バクバクだった。
だが、風呂上がりのしっとりした姿を見せても、可愛らしい部屋着姿を見せても、リィトは無反応だったため、『キュン』を引き出すにはもう同衾するしかなかったのだ。
「り、リィト……もう少し、その……近くにいってもいい……?」
なけなしの勇気を振り絞り、ヒメカは隣にいるリィトに言う。
するとリィトは、眼鏡のない目を柔らかに細め、
「寒いの? ほら……おいで」
そう言って……ヒメカを胸に抱き寄せた。
ゼロ距離で感じる彼の体温。
ふわりと漂う、同じソープの香り。
ドキドキさせるつもりが、女慣れした態度に完全に返り討ちにされ……
ヒメカは全身を沸騰させ、リィトのバイタリストを『キュンキュンキュンキュン』と轟かせた。
わかりやすすぎる反応に、リィトは「ぷっ」と吹き出す。
「だぁああもうっ! 笑わないでってばぁ!」
「ごめんごめん。ヒメカちゃんが、あまりに可愛くて」
「かっ……! えっ、まじ?! あたし、可愛い?!」
「うん、可愛いよ。まるで、サンタを信じている子どもみたいに純粋で」
「え? 信じるもなにも、サンタさんはいるじゃん」
「…………そうだね、ごめん」
リィトが言葉を飲み込んだことに気付かず、ヒメカはぱっと彼を見上げ、
「ねぇねぇっ。リィトはさ、サンタさんにもらったものの中で、何が一番嬉しかった?」
と、ワクワクした顔で尋ねた。
サンタに纏わる楽しい記憶を思い出し、緊張を忘れたらしい。
……本当に、子どもみたいだ。
そう言いたげな笑みを浮かべ、リィトは答える。
「いや、僕の家は…………」
「…………?」
「……ううん。そうだな……ゲームとか、かな」
「へぇー。リィトってほんとにゲーム好きなんだ。あたしの偏見かと思ってた」
「君が言ったような類いのはプレイしたことないけれど、ゲームは好きだよ。中学の頃は、よくゲームセンターにも通っていた」
「そうなんだ! どういうので遊ぶの?」
ヒメカが、興味津々に尋ねる。
リィトは、記憶を辿るように視線を上に向け、
「いろいろやったよ。シューティングとか、音ゲーとか、対戦ものとか……」
「対戦って、格闘ゲームのこと?」
「いや、カードを使ったり、将棋やオセロみたいな知能ゲームもあるんだ。例えば……」
……と、リィトがいくつか例を挙げていると。
いつの間にか、ヒメカは目を閉じ……寝息を立てていた。
「……嘘でしょ」
あまりの寝つきの早さに、リィトは目を疑う。
だが、ヒメカは既に夢の中。
そのツッコミに対する返事も、当然ない。
「………………」
リィトは、呆れたように笑った後、
「……おやすみ。ヒメカちゃん」
そう言って、彼女に優しく毛布をかけ直した――
* * * *
(――そうだ……あたし、いつの間にか寝ちゃってたんだ……!)
すべてを思い出し、ヒメカは赤面する。
念のため、着衣を確認するが、服が乱れている様子はまるでない。
本当に……同じベッドに寝ておきながら、一ミリも手を出されなかったらしい。
(いや、むしろそれでいいんだケド……でもでもっ、こんなメッカワなギャルと一緒に寝て、興奮しないトカありえる?! 女慣れしてるどころの騒ぎじゃなくない?! せっかくお風呂の後にメイクもし直したのに!!)
安堵と怒りと情けなさでぐちゃぐちゃになり、ヒメカは脳内でのたうち回る。
やがて、「はぁ」と息を吐き、
(……まぁいいや。とりあえずリィトが起きる前に、メイク落としてこよ)
と、音を立てないよう、そっとベッドから降りた。
そうして洗面所に向かう前に……ふと思い立ち、枕元を見る。
そこには、リィトの眼鏡が置いてあった。
「……………………」
ヒメカは、何かを思いついたような顔をしてから、その眼鏡をぱっと回収した。
洗面台に立ち、ヒメカはメイクを落としていく。
当然、メイクをしたまま寝るのは肌に悪い。普段なら絶対にしないのだが、リィトの前ですっぴんになるわけにもいかず、風呂上がりにわざわざメイクをし直したのだ。ギャルの矜持、というやつである。
つけまつ毛を外し、オイルでメイクを落とし、たっぷりの泡で洗顔する。
生き返るような爽快感に、ヒメカは雫を散らしながら顔を上げた。
「ぷはーっ。さっぱりし………………」
……と、そのタイミングで。
鏡に、自分以外が映ってることに気付く。
ヒメカの背後……リィトが、壁に背を預けて、鏡越しに彼女を見ていた。
「おはよ、ヒメカちゃん」
悪びれることなく微笑むリィト。
ヒメカは……わなわなと震え出す。
(さ……サイアクッ! すっぴん見られた!? いや大丈夫! そのために対策を打ってんだから!!)
「ふっ。メガネならあたしが持ってるよ! コレがないとなんも見えないっしょ?!」
そう。万が一、メイクをし直す前にリィトが起きて来たとしても、すっぴんを見られないよう眼鏡を回収していたわけである。
「あたしってまじ天才! メイクし直すまで返してやらないんだからね!!」
などと、眼鏡を掲げ、勝ち誇っていたのだが……
リィトは、にこっと笑って、
「ごめん。それ、伊達メガネ」
……と、非情な真実を宣告した。
ヒメカは、ぴしっと固まる。
「……だ……て……?」
「いつものメイクも可愛いけど……すっぴんも可愛いね、ヒメカちゃん」
な……ななな、な………………
「……んにゃあぁぁあああああっ!?」
ヒメカの絶叫に、スマホのアラーム音が重なった……




