戦う理由
――神律師となった僕は、ツバキさんの元で賜魔術の訓練を受けた。
中学に通いながらツバキさんを手伝う形で、邪神徒を追跡・捕縛する任務をこなした。
邪神から人々を救う、愛の神の使者。
空っぽだった自分がヒーローになれたような錯覚に陥るけれど……本当は違う。
僕を突き動かす原動力は、そんな崇高なものではなかった。
* * * *
中学を卒業し、僕は特待生としてライゼント学院に入学した。
父親の元を離れ、寮生活も始めた。
明日はいよいよ入学式。
というタイミングで、
「――リィト。君に、伝えておきたいことがある」
ツバキさんが、不敵に笑いながら言った。
彼女の下に就いて九ヶ月。互いの為人はだいたい把握している。
ツバキさんは真っ直ぐで熱い人だが、時々ギャルらしい破天荒な一面を発揮する。
彼女がこういう笑みを浮かべる時は、大抵後者なのだ。
またとんでもない無茶振りをされるのではと少し警戒していると、ツバキさんはニッと笑い、
「君のバディが決まった。先に情報を渡しておく」
そう言った。
バディとは、在学中に行動を共にしながら貰魔力を高め合う相棒のこと。
僕が籍を置くことになる愛神科独自の制度だ。
その情報を、こんなに楽しそうに発表するなんて……ますます嫌な予感しかしない。
僕の視線に宿る疑念を感じ取ったのだろう、ツバキさんは手をヒラヒラと振り、
「安心しろ。私と同じ、メッカワなギャルだぞ? 扱いには慣れているだろう?」
「そんな自覚はありませんが」
「名前はヒメカ・ヒメツカワ。筆記試験の結果は最下位。これまでに蓄えた貰魔力の数値は……0だ」
「………………え」
……聞き間違えか?
筆記試験の結果はともかく、貰魔力が0はありえない。
そういう適性のない人間は神に認められず、賜魔術を扱えない――つまり、この学院に入学できないはずだから。
僕の疑問に答えるように、ツバキさんは「ふふん」と鼻を鳴らし、
「だが……別の数値が常人のそれを遥かに上回っている。見てみろ」
そう言って、タブレットを差し出した。
受け取った僕の目に飛び込んできたのは、満面の笑みでピースをする女の子の写真。
ピンク髪に派手なメイクの、ギャルだ。
その下に、これまでの経歴と入試の結果、そして神律師としての数値が記されているのだが……その内容に、思わず目を見張った。
[Accord Scale:0]
[Anti Accord Scale:999999]
「……アンチ・アコードスケール……?」
「そう。賜魔術は他者を攻撃する力。対して逆・賜魔術は、他者を絶対的に受け入れる力。つまり、そこに表示されているのは『愛する力』の強さ――通称『与魔力』だ」
「スルチカ……そんな概念があるだなんて知りませんでした」
「普通なら知る必要のない数値だからな。賜魔術を使うには己の貰魔力だけ把握していればいい」
「しかし、こうして記録している以上、逆・賜魔術にも使い道があるということですよね?」
「その通り。与魔力による逆・賜魔術には……邪神アメノを無力化する力があるんだ」
僕は目を見開く。
その反応を見て、ツバキさんは口の端を吊り上げる。
「知っての通り、アメノは人間の憎しみや怒りを糧とする。だからこそ、それら負の感情を受け入れ愛する力が天敵となるのだ」
「なるほど……だから五百年前、ニナヨ神がアメノを封じる切り札になったのですね」
「そういうことだ。つまりヒメカは、私たちの希望になり得る人材。だからリィトのバディとして側に置くことにした。仲良くなれるよう、上手く立ち回ってくれ」
ニカッと笑うツバキさん。
まったく、簡単に言ってくれる。
ただでさえあの一件以来女性不信気味なのに、ギャルという対極な人種と仲良くなれだなんて……やはり無茶振りだ。
「ちなみに、この与魔力の数値は正確ではない。カンストしてこのように表示するしかなかっただけだ」
「なっ……」
「例年の新入生の与魔力平均値は約200……それを考えれば如何に異様な数値かがわかるだろう。もっとも、貰魔力が0であることも充分異様だがな」
「何故、彼女にそのような特性が?」
「わからない。こればかりは生まれ持った才能としか言えないだろう。或いは……別の可能性も無きにしも非ず、だが」
「……まさか」
含みのあるセリフに、面白がるような視線。
ツバキさんの言わんとしていることは、僕にもわかった。
しかし……それを口にするのは、あまりに畏れ多い気がして。
「……ま、それも追い追いわかるだろう。とにかく、バディとしてしっかり頼むぞ。何せ貰魔力0だからな。いろいろと助けてやってくれ」
けろっと笑うツバキさんに、僕は明日からの学院生活を不安に思いつつ……「わかりました」と答えた。
* * * *
――そうして僕は、ヒメカと出会った。
実際に対面した彼女は、やはりギャルだった。
服装もメイクも振る舞いも、まごう事なきギャル。
けれど……知れば知るほど純粋無垢な、普通の女の子だった。
そして、恐らく……いや、間違いなく恋愛経験はゼロ。
そのせいか、誰にでも簡単にときめいてしまうようで、バディである僕も例に漏れずその恩恵に預かった。
ヒメカに齎される貰魔力の数値は異常に高かった。
通常、一回の『キュン』で貯まるのは1ポイントなのに、ヒメカの場合は50から100ポイント。
これもカンストする程の与魔力を有していることに起因するのか。
貰魔力を貯める器が大きいとされる僕にとっては、この上なく相性の良いバディだ。
無論、ツバキさんはそこまで織り込み済みだったのだろうけれど。
ヒメカの明るく人懐っこい性格のお陰で、僕たちは想定を遥かに上回る早さで距離を縮めた。
そうして、彼女の部屋に招かれるまでになったわけだが――
「…………あたしが、変える」
ヒメカが、僕の目を見つめる。
「あたしが、リィトに『ときめき』を思い出させてあげる! 元カノのことなんか忘れるくらい……めっちゃくちゃに、キュンキュンさせたげるよ!!」
そう言って、笑う。
夏の日の向日葵みたいに、眩しく笑う。
……確かに、ヒメカは魅力的だ。
メイクを抜きにしても可愛いし、何より純粋で嘘がない。
明るく正義感の強い、最高の女の子だと思う。
こんな子と付き合うことができたら、きっと幸せだろう。
けれど……僕にはもう無理だ。
知ってしまったから。
愛に溺れる怖さと、裏切られた時の絶望を。
どんなに素晴らしい相手でも、僕は……
もう、誰とも恋をする気にはなれない。
それに、僕ではヒメカに釣り合わない。
ツバキさんに憧れて、誰かを護るために神律師になったヒメカと僕とでは、根本的に違うから。
僕が邪神徒と戦うのは、正義のためなんかじゃない。
僕を突き動かすものは、ただ一つ。
――復讐心。
いつかツバメと対峙し、復讐する。
そのためだけに生きている。
だから……
「このまま、ヒメカちゃんの部屋に泊まらせてもらうしかないけど…………僕のこと『キュン』てさせられるかどうか、試してみる?」
君のときめきは、いつかの復讐のために貯めさせてもらう。
それまで……どうかよろしくね。
ギャルで初心なヒメカちゃん。




