夢と憧れ
彼女の名は、媛津川緋愛花――
否。真名ではなく、ここは『ヒメカ・ヒメツカワ』と呼ぶべきか。
現代においては珍しい、最高にして最強な、メッカワ☆ギャルである。
ギャルのファッションやメイク、マインドが流行していたのは、今から数十年前。
当時、ギャルは『恋愛強者』の代名詞だった。
特にここライゼント学院には、愛神科という恋愛力を重視する学科がある。
他者から得たときめきによる精神エネルギー――『貰魔力』を魔法に還元するのが、愛神科の生徒たちだ。
だから、愛神科に所属するギャルたちは、持ち前のコミュ力であらゆる男をときめかせ、『貰魔力』を搾り取ったら次の獲物へ、ということを繰り返した。
そのため、ギャルに対する世間のイメージは、『恥も節操もない獰猛な肉食獣』となってしまった。
そうなると、もうときめきどころではない。
ギャルな見た目でいるだけで避けられるのだから、『貰魔力』など集められるわけがない。
そうしてギャルは、次第に鳴りを潜め……今ではほぼ絶滅してしまった。
しかし、そんな現代において、ヒメカ・ヒメツカワは完全無欠のギャルファッションで武装をしている。
何故か。そこには、幼少期から抱く譲れない夢と憧れがあった。
「――諸君! 入学おめでとう! 理事長のツバキ・イナリヅカだ!!」
国立ライゼント学院高校。
神に認められた魔術師――神律師を育成する特別学校。
その入学式が、今まさに執り行われている。
巨大な講堂の壇上で、マイクなしで覇気ある声を発しているのが、理事長の稲荷塚椿妃――否、ツバキ・イナリヅカ。三十二歳だ。
「今日から君たちは、このライゼント学院の一員だ。愛神、財神、健神、それぞれの学科に分かれてはいるが、学科を跨いだプログラムも多く用意している。皆、神に認められた立派な神律師だ。互いを尊敬し、尊重し、助け合いながら学院生活を送るように!」
ビビットなメイクに、ピンクと黒を基調にしたタイトなスーツ。
アッシュブロンドの長髪をポニーテールに結った、かなりの美女。
彼女もまた、かつての『肉食獣』の一人……ギャルの生き残りだ。
そんな鮮烈とも言える理事長の姿を、ヒメカは、他の新入生とは異なる熱視線で見つめている。
その脳内の興奮を文字に起こすと、こうだ。
(ぎゃーーっ!! 生ツバキ様キターーーー!!!! こんな近くでご尊顔を拝めるなんて、まじ入学してよかった! 顔ちっさ! 足なっが! 股下二十メートルあんじゃん!! ああっ、まばたきの度に爆風が生み出されそうなバチバチまつげ! いっそ吹き飛ばされたい! あの鋭いアイラインのはじっこにブッ刺されたいいいい!!!!)
……そう。ヒメカはとある出来事をきっかけにツバキに憧れ、時代遅れなギャルイズムに傾倒しているのである。
「本格的な授業は明日から始まる。この後、各学科の担任を紹介するから、困ったことがあれば我々教員陣を遠慮なく頼ってくれ。以上!」
実に彼女らしい、竹を割ったような挨拶を終え、ツバキは壇上を去る。
その様を、ヒメカは最後までうっとりと見つめた。
* * * *
そうして迎えた翌日。
いよいよ本格的な授業が始まる初日だ。
前日同様、ヒメカは学院の寮からエアスケーターを滑らせ、軽快に登校する。
昨日、男と衝突した路地の前を通りかかり、立ち止まるが……そこには誰もいなかった。
(上から降って来た、あの黒髪の先パイ……横顔しか見えなかったケド、カッコよかったなぁ。同じ愛神科っぽいし、学院に通ってたらその内会えるかな?)
そんなことを考えながら、長い坂を上り、学院に辿り着く。
豪奢な門を潜ると、大勢の生徒が校舎へと向かっていた。学院敷地内はエアスケーター禁止のため、ヒメカは車輪しまい、厚底モードに切り替えた。
周りを少し見回しただけで、ヒメカはここが普通の学校ではないことをあらためて思い知らされる。
まず目についたのは、圧倒的な美しさを放つ二人の女子生徒。
紺青の長髪に、涼しさの漂う切れ長の目。そして、スラリと無駄のないスタイル。
世界的な双子モデル、クルル・イスルギとクロロ・イスルギだ。
同世代からは『ルルロロ』の愛称で親しまれ、インフルエンサーとしても注目を集めている。
続いて、カメラで自撮りしながら、賑やかに喋っている男子生徒。トレードマークは、襟足だけを青く染めた茶髪。
動画配信者ホトヤンこと、ホトギ・クラガノだ。
体当たりな検証動画や感情豊かなゲーム実況が人気の、超有名ユーウォッチャーである。
そして、中でも最も目を引くのが……
スーツ姿の男性たちをリードで繋ぎ、散歩させるように引き連れている、日本人形のような女子生徒。
(……え? あれって、見て大丈夫なヤツ?)
と、ヒメカが首を傾げていると、周りの生徒の囁きが聞こえてくる。
「嘘だろ……ミコシバ財閥のご令嬢・ミコ様じゃないか?! 噂通り、本当にオス豚を引き連れてやがる……さすがセレブだぜ……!」
それを聞き、ヒメカは納得する。
あの小柄で可憐な少女は、ミコ・ミコシバ。
国内で知らぬ者はいない大財閥・ミコシバ家の令嬢だ。
ちなみに、ヒメカのエアスケーターのメーカーもミコシバである。
だからといって、複数の成人男性をペットのように引き連れていることには疑問が残るが……
他にも、アイドル、俳優、スポーツ競技のメダリストなど、名だたる有名人たちが、ヒメカと並んで登校している。
ここは、魅力と財力と身体能力を極めた生徒が通う、特別学校。
何故なら……それらの力はすべて、彼らの魔力に変換されるから。
(さっすがライゼント学院……校舎に向かうだけでこんなに有名人を見られるなんて! みんな何学科なんだろ? 仲良くなれるといいなーっ)
錚々たる顔ぶれに怯むどころかワクワクを高めたヒメカは、上履きに履き替え、三階へと向かう。
そして、彼女の所属する愛神科の教室を、意気揚々と開けた。




