胸キュン宣言!
「……あたしね、親がいないの。ちっちゃい頃、神社のお祭りを一人で歩いてるところを保護されて、そのまま施設で育った。よく覚えてないケド……きっと、親に捨てられたんだと思う」
言いながら、ヒメカは思い出す。
自分が育った施設のことを。
「施設の職員さんも、一緒に暮らすきょうだいたちも、みんないい人だった。優しくて、あったかくて……親がいなくてもぜんぜん平気だった。けど……」
ぎゅっ……と、ヒメカはらぶたんを抱き締める。
あの時と、同じように。
「あたしが五歳の時……きょうだいの一人が、おかしくなった。真っ黒な涙を流しながら泣き叫んで……全身から、黒い靄みたいなのを出してた」
「それって……」
「うん。あの時は、何が何だかわかんなかったケド……たぶんリィトと同じ、アメノが齎した『絶望』だったんだと思う」
あの時のきょうだいの泣き声は、今もヒメカの耳に残っている。
悲しみ、憎しみ、絶望……抱えきれなくなった黒い感情を吐き出すかのように悲痛な絶叫。
「あたしは、泣き叫ぶその子を宥めようとした。大丈夫だよって、泣かないでって、らぶたんと一緒に抱き締めた。ケド、黒い涙も靄も止まらなくて……でも、でもね」
ヒメカはリィトを見る。
そして、その目をキラキラと輝かせる。
「そこに、ツバキ様が来てくれたの。ツバキ様は賜魔術を使って、その子を落ち着かせて、黒いのを追い払ってくれた。本当にかっこよくて……今でも忘れらんない」
目を閉じるだけで、ヒメカの瞼にはっきりと浮かぶ。
ヒールを鳴らしながら歩み寄り、頭を撫でてくれたツバキの笑みが。
「ツバキ様は、あたしに言ってくれた。あの子がギリギリで踏み止まれたのは、あたしの『愛』のお陰だって。これからも困っている子がいたら、その愛でみんなを助けてあげてほしいって……そう言われたんだ」
それから、ヒメカは胸に手を当て、顔を上げる。
「その時、決めたのっ。あたしはツバキ様みたいな神律師になる。困ってる人を助けられる、 メッカワで最強なギャルになる、ってね! 昔、ギャル神律師が男食いまくって貰魔力稼いでたから、怖いイメージついちゃってるのは知ってるケド……ツバキ様みたいな正義のギャルがいるってコトを世間に知らしめるためにも、このカッコをしてるってワケ!」
言って、ヒメカは拳をぐっと握り、
「リィトのおかげでようやくわかった。ツバキ様はずっと、邪神アメノや邪神徒と戦ってたんだね。くぅっ、やっぱカッコよすぎ! あたしも邪神徒と戦って、アメノの復活を阻止しなきゃ!」
「それは駄目だよ。本当に危ないから……」
「そうと決まれば、リィト! 早いとこあたしに『キュン』してよ! 貰魔力がなきゃ、いつまで経っても賜魔術使えないんだから!」
「あの、僕の話、聞いてる?」
リィトの忠告を完全に無視し、ヒメカは四つん這いになってリィトに近付き、
「ねぇねぇ。リィトはさ、女の子に何されたらときめく? あたしにできることなら何でもしたげるよ? ほらほら、遠慮なく言ってみ?」
と、にまにましながら躙り寄るが……
リィトは、困ったように首を振り、
「申し訳ないけど……僕はもう、何をされてもときめかないと思うよ」
「はぁ? なんで? やっぱ不感症なの?」
「まぁ……ある意味、そうかも」
という予想外の答えに、ヒメカが「へっ?」と声を上げると……
リィトは、くすっと――見せたことのない笑みを浮かべて、
「だって……大抵のことは、経験済みだから」
そう、言った。
ヒメカは……目を豆粒のように小さくする。
「け……けーけんずみ??」
「そう。僕ね――恋人がいたんだ。十歳年上の、大人の女性」
「なっ……!」
ヒメカは、驚愕に身体を仰け反らせる。
しかし、それを逃さないと言わんばかりに……今度はリィトの方がヒメカに顔を寄せ、
「元カノには、いろんなコトを教わったよ。デートの作法。気遣いの仕方。そして……女性の悦ばせ方」
「っ……?!」
「ヒメカちゃんが想像しているコトから、想像すらできないコトまで、ぜーんぶヤッた。だからもう……滅多なコトじゃときめかないんだ」
スッと細まる、妖艶な視線。
その台詞と色気に、ヒメカは……顔を真っ赤にしながら、ぐるぐると目を回す。
(こ、こいつっ……童貞陰キャメガネみたいな雰囲気出してたクセに……高一にして経験値マックスの、恋愛強者だったってコト?! あたしの色仕掛けに動じなかったのも、キスに異様に詳しかったのも、ぜんぶ元カノと経験済みだったから……!!)
リィトは、朱に染まったヒメカの頬に、そっと手を伸ばす。
「さっき……僕は邪神徒に騙されて絶望した、って言ったでしょ?」
「う、うん……」
「……その騙した張本人が、元カノだよ。彼女は、邪神徒の幹部だったんだ」
ヒメカは……目を見開く。
(リィトの元カノが、邪神徒の幹部……? 邪神アメノの復活を目論む、悪い奴らのリーダー、ってコト?!)
リィトが、自嘲するような表情で続ける。
「恋愛感情を利用して近付き、最後に裏切って絶望させる……そうして邪神アメノの復活に必要な負の感情を集めるために、僕は利用されたんだ」
「そんな……」
「……これでわかったでしょう? 僕はもう、誰にもときめかない。大体のことは経験済みだし、何より、女性不信気味なんだ。ヒメカちゃんはとても魅力的な女の子だけれど……君の貰魔力稼ぎには貢献できそうにない。本当にごめんね」
頬を撫でる、柔らかな手。
その所作から、リィトが本当に女性慣れしていることが伝わってくる。
しかし、一見余裕そうに見えるその笑みには……
諦めたような切なさが、垣間見えた。
「…………っ」
ヒメカは、リィトの手を振り払うと……
彼の胸ぐらを、ガッと掴み、
「…………あたしが、変える」
「え……?」
「あたしが、リィトに『ときめき』を思い出させてあげる! 元カノのことなんか忘れるくらい……めっちゃくちゃに、キュンキュンさせたげるよ!!」
そう、力強く言った。
リィトは、言葉を失う。
流石の彼も、ヒメカのこの台詞は予想外だったようだ。
しかし……その動揺は一瞬だった。
リィトは、すぐにまた余裕の笑みを浮かべると、
「……どうやって?」
「……えっ」
「僕のこと……どうやってときめかせてくれるの?」
胸ぐらを掴むヒメカの手に、自分の手を重ねながら、尋ねた。
もちろん、ヒメカに具体的な策などない。
何しろ、リィトとは対照的に、恋愛経験皆無なのだから。
「え、えと……それは…………」
じっと見つめるリィトの視線に、再び目を泳がせていると……
――ピーンポーン、パーンポーン……
寮の廊下で、音楽が鳴った。
これは……門限を報せるチャイムだ。
「……門限、過ぎちゃったね」
リィトが、面白がるように言う。
その笑みにすら、ヒメカはドキッとする。
「男子寮の門も閉まっちゃったし……僕、もう帰れないや」
「…………え゛」
リィトは、ヒメカはぐいっと引き寄せると……
彼女の耳に、唇を近付け、
「このまま、ヒメカちゃんの部屋に泊まらせてもらうしかないけど…………僕のこと『キュン』てさせられるかどうか、試してみる?」
なんて、囁いてくるので……
ヒメカの心臓は、ついに限界を迎え…………
――『キュン』
リィトのバイタリストが、鳴った。
それは、ヒメカがリィトにときめいた音。
リィトは、思わず吹き出す。
「……ぷっ」
「だあぁああもうっ、笑うな! こーなったら何が何でもリィトを『キュン』ってさせてみせるし! 笑ってられるのも今のうちだかんね!!」
ヒメカはビシィッ! とリィトを指差し、怒り混じりの決意表明を、高らかに宣言した。




