邪神と信徒
突然飛び出した憧れの人物の名に、ヒメカは耳を疑う。
「つっ、ツバキ様に……救われた?!」
「そう。中三の夏、僕はある出来事をきっかけに、深い悲しみと憎しみに堕ちた。そのせいで『アメノ』の餌になる寸前まで追い込まれた。それを助けてくれたのが、ツバキさんだったんだ」
「アメノ、って?」
「五百年前に封じられた邪神……負の感情を司る神だよ」
「え……」
――邪神。
ミカモの授業でも聞いた、人類に仇なす神だ。
今は封印されているが、いつの日か復活すると云われている。
だからこそ、その日に備えるため、ライゼント学院が設立された。
ヒメカたち神律師は、邪神アメノに対抗するための戦力でもあるのだ。
「ってことは……邪神の封印はもう解かれてんの?! え、ヤバくない?!」
「いや、本体はまだ封印されたままだよ。でも、神というのは実体のない思念体だから、封印し切れなかった僅かな思念が『断片』として各地に残っているんだ。断片は寄り集まって人々の絶望を喰らい、本体を蘇らせるための力を蓄えている。今、この瞬間もね」
「そんな……」
初めて知らされる事実に、ヒメカは息を飲む。
想像だにしなかった。
邪神が断片という形で世に蔓延っていることも、リィトにそのような過去があることも。
「僕たちがニナヨ神の神律師であるように、アメノもその精神に同調する人間を選定する。そうして選ばれ、アメノの信徒となった人間は、『邪神徒』と呼ばれている」
「フェイスフル……」
「邪神徒は邪神アメノに心酔し、復活させるために人々の絶望を集めている。僕は、その邪神徒の一人に騙されたんだ。そうしてアメノの養分にされそうになったところを、ツバキさんに助けられた」
邪神に対抗するための神律師がいる一方で、邪神に同調する者たちもいる。
それが、邪神徒。
世間ではあまり知られていない勢力の名だ。
「その後、僕はニナヨ神に認められて、神律師になることができた。邪神徒に対抗するため、賜魔術の訓練を受けさせてもらって、今に至る……というわけなんだ」
「そっか……それで入学前からバイタリストを持ってたんだ」
賜魔術の制御に長けているのも、ツバキの元で早くから訓練していたため。
様々なことに合点がいき、ヒメカはふっと肩の力を抜く。
「……大変だったんだね、リィト。アメノの影響とかは、もう大丈夫なの?」
「うん、メンタルの異常はもうないよ。ただ、邪神徒の息がかかった者がどこにいるかわからないから、普段は顔を隠しているんだ。一度は絶望しかけた僕を、邪神徒がまた狙いに来るかもしれないからね」
「そっか……その『絶望』って、けっこうヤバい症状なの?」
「うん。思考と精神が真っ黒に塗り潰されて、身体の内側が不快感で満たされて……黒い靄や涙となって溢れ出てくるんだ。あんな思いは、二度としたくない」
……それを聞いた瞬間。
ヒメカは、はっとなる。
何故なら――それと似た状況を、その目で見たことがあるから。
(まさか……ここで、あの時の答え合わせができるの?)
急に黙り込んだヒメカを、リィトが心配そうに覗き込む。
「……ヒメカちゃん? 大丈夫?」
その視線を受け、ヒメカは……心を決める。
(……リィトは、過去を打ち明けてくれた。だから、あたしも……同じように、すべて打ち明けよう)
ヒメカは立ち上がると、らぶたん――桃色のブタのぬいぐるみを手に取り、
「その、アメノの『絶望』ってやつ……あたし、見たことあるかも」
「え……本当?」
「うん。あたしも、リィトと同じ……ツバキ様に救われた人間だから」
そうして、ヒメカは……
自身の過去について、語り始めた。




