迷探偵☆ヒメカ
――ライゼント学院の寮は、世間一般の学生寮に比べ、実に自由だ。
部屋は清潔で、広さも充分。
食堂の食事は美味であると評判。
そして……隣接する男子と女子それぞれの寮は、生徒間の了承と受付の申請さえ通せば、互いの部屋を訪問可能。
さらに言えば、宿泊までできてしまう。
それもすべて、愛神科という愛に溢れたクラスを抱えるが故の特性だ。
ということで。
それぞれの寮で夕食を食べた後、
「――おじゃまします」
ヒメカの部屋に、リィトが訪ねて来た。
自ら招いておきながら、ヒメカは(ほ、ホントに来た……!)と身体を強張らせる。
「テキトーに座って! 今お茶いれるから!」
緊張を誤魔化すように言うと、リィトがスッと紙袋を差し出し、
「……これ」
「ん?」
「プリン。よかったらデザートに」
と、手土産を提示した。
ヒメカは動きを止め、唖然とする。
(ウソでしょ……急に誘ったのに、手土産まで持参するとか、高一男子のすること?! この異常なまでの気遣いの良さ……間違いない。メガネ君って、やっぱり……!)
「あ、ありがと! プリン超好き! スプーン持ってくるね!」
ダメダメ、動揺するな。いろいろ確かめたくて、彼を呼んだのだから。
そう言い聞かせながら、ヒメカは水出し麦茶をコップに注ぎ、ローテーブルに置く。
「はい、お茶! わ、プリンおいしそ! いただきまーす!」
向かい合わせに座り、プリンを食べ始める二人。
暫し、咀嚼音だけが部屋に響く。
「………………」
「………………」
(……いや、気まずっ!! まぁ、あたしが誘ったんだし、あたしから話切り出さなきゃ始まんないか……)
などと、ヒメカが考えていると、
「……ぬいぐるみ、好きなの?」
「へっ?」
「部屋にいっぱいあるから」
先に、リィトが口を開いた。
恐らく、気を遣って話を振ったのだ。
「う、うんっ、めっちゃ好きっ。このブタのぬいぐるみは『らぶたん』! ちっさい時からずっと一緒で、ここはあたしが縫い直したんだ! こっちのコはお店でひとりだけ売れ残ってたから、お小遣いはたいてお迎えしたの! こっちはゲーセンで一目惚れして……」
……はっ。
と、ヒメカは一方的に話していることに気付き、切り上げる。
「あ……あはは。あたし、何にでも愛着持っちゃうから、部屋中モノだらけなんだよねぇ。もらったものとか思い出のものとか、なかなか捨てらんなくて」
その言葉通り、ヒメカの部屋はモノで溢れていた。
ベッドやソファーの上はぬいぐるみだらけ。
壁には写真や、誰かからの手紙、カラフルなメモや手描きの絵が飾られている。
棚の上にはピアスにリング、ネイルチップや化粧品がずらりと並び、まるで小洒落た雑貨屋のようだった。
それらを見回し、リィトは感心したように言う。
「物を大事にするのは良いことだよ。それに、綺麗に片付いてる」
「そ、そおかな?」
ぎこちない笑顔を返すヒメカ。
そこでまた、会話は途切れてしまった。
こんなはずではなかった。
せっかくリィトが部屋に来てくれたのに。
彼を誘ったのは……伝えたいことがあるからなのに。
(なにビビッてんだ、ヒメカっ! ギャルならビシッと、言いたいコト言わなきゃ!!)
……こほん。
ヒメカは意を決し、一度咳払いをする。
「……あ、あのさ」
そして、少し声を上擦らせながら、リィトの顔を遠慮がちに見つめ、
「い、今さらなんだケド…………『リィト』、って呼んでもいい?」
用意していたそのセリフを、なんとか絞り出した。
直後、ヒメカの顔が、ぶわっと紅潮する。
「ほらっ、あたしらバディだしさっ。その……あたしのことも、名前で呼んでいいからっ。そんくらい、当たり前でしょ?」
余裕の笑みを浮かべているつもりなのだろうが、思いっきり引き攣っている。
心臓の高鳴りが、表情から丸わかりだった。
(うわ、うわ、言っちゃった! でもでも、おねーさんにもらったアドバイス、ようやく実行できた! さっきメルりんに名前呼ばれた時、やっぱ嬉しかったもんね。仲を深めるには、名前くらい呼び合わなくちゃ!)
唐突なヒメカの言葉に、リィトはまばたきをしてから……少し笑って、こう答えた。
「じゃあ…………僕も『ヒメカちゃん』、って呼ばせてもらうね」
……瞬間。
ヒメカの鼓動が、ドッ! と停止する。
(ちゃ……『ちゃん』付け?! ギャルに向かって、まさかの……『ちゃん』付け?!)
――『キュン』
途端に鳴る、リィトのバイタリスト。
ヒメカはときめきを誤魔化すため、バタバタと手を振る。
「ちがっ、今のは……なんつーか、逆に?!」
「なんの逆?」
「とにかくっ。……リィト。そのまま……動かないで」
……そして。
ヒメカは、リィトを招いたもう一つの目的を実行する。
リィトは、言われた通りにじっとしている。
もしかすると、ヒメカが何をしようとしているのか、勘付いているのかもしれない。
ヒメカは、おずおずと手を伸ばすと、リィトのメガネを静かに外した。
それから、ゴクッと唾を飲み込み……リィトの前髪を、ゆっくり上げた。
初めて出会う、リィトの瞳。
……否、初めてではない。
何故なら、そこに現れた顔は――入学式の朝に出会った、あの男子生徒のものだったから。
「やっぱり……あたしら、入学式の朝に会ったよね? 屋上緑地から降って来た男の子、リィトだったんでしょ?」
露わになった顔を見つめ、尋ねると……リィトは観念したように頷いた。
「……うん。いつかこうなるとは思っていたけど……思ったより早かったね」
リィトの返答を聞き、ヒメカは確信する。
そのまま、神妙な面持ちで身を乗り出し……リィトに、こう言った。
「つまり、リィトって…………留年生なんだね??」
ぱちん、と指を鳴らすヒメカ。
リィトが「ん?」と聞き返すと、ヒメカは続けて、
「だって、おかしいコトだらけだったもん! キスのテク異様に詳しいし、賜魔術使い慣れてるし、あたしの色仕掛けにぜんぜん『キュン』してくんないし! ホントは二年目の留年生だから慣れてたんでしょ? だから配布前にバイタリスト持ってたんだ! 前髪とメガネで顔隠してるのも、二年生と校内で鉢合わせた時に気まずいからっしょ? でなきゃ、こんなイイ顔面を隠す理由がないもん!」
恐らく、こういうのをドヤ顔と言うのだろう。ヒメカは胸を反らし、「名推理」と言わんばかりに鼻を鳴らした。
そのままリィトの言葉を待ってると……彼は、目をぱちくりさせた後、
「えっと…………留年はしていないよ」
申し訳なさそうに、答えた。
ヒメカはこくこくと頷き、
「うんうんっ、やっぱりそうで…………って、え?! してない?!」
「うん。君と同じ一年生で間違いないよ」
「は?! じゃあ、なんで入学式の前にバイタリスト持ってたの?! 賜魔術も使いこなしてたし……!」
「それは……」
前髪を分けたため、リィトの目線がよく見える。
青みがかった綺麗な瞳が、言葉に迷うように揺らいでいた。
「……そうだね。予定より少し早いけど……いい機会だし、ヒメカちゃんに教えることにするよ」
リィトは、少し姿勢を正してから、
「……九ヶ月前、僕は救われたんだ。理事長のツバキさんに」
そう、切り出した。




